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止まない雪

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 雪女にブローチの在処まで案内してもらう。
 それができたら苦労はしないし、そもそも彼女が自力で探し出せているのでは? 聞いた誰もがそう思うであろう銀華のアイデアは、しかしそうとしか言いようのない方法だった。

「……本当にこんな方法で見つかるんですか?」

 銀華の手にちょこんと乗ったそれに、棗はつい訝しげな視線を向けてしまう。いつも自信に満ちている銀華が言うのだから大丈夫だろうが、どうにもそれは頼りなく見えた。
 文字――例によってこれもミミズが這っていた――の書かれた紙で折られた、少しいびつな形の折り鶴だ。よく見ると表面は膜のようなもので覆われているらしく、ふわりと舞った雪が触れる寸前、それは染みを作ることなく吸い込まれるように消えていった。

「なんじゃ、妾の術を疑うつもりか?」

「そんなつもりはないですけど」

「それなら、大船に乗ったつもりでいれば良い。……まあ、稲守の外に持ち出されたら妾でも手出しできんのじゃが。こればかりは祈るしかないのう」

 それよりも、と銀華の視線が流れる。釣られて追いかけた先には〈凍り岩〉へ続く山道が伸びており、それだけで彼女の言わんとしていることがわかった。

「響也はまだ戻って来んのか?」

 僅かな苛立ちを伴って発せられた予想通りの言葉に、棗は苦笑いを浮かべた。寒空の下で響也を待つこと早二十分。あれやこれやと話を逸らしてきたが、そろそろ言い出す頃だと思ったのだ。

「まったく、神を待たせるなどいい度胸をしておる」

「おれたちが早く着きすぎただけで、響也さんは何も悪くないんじゃ……」

「何か言ったか?」

「……いえ、何も」

 だからもう少ししてからでも大丈夫だと言ったのに。余裕を持ちすぎて向かうからこうなるのだ。
 言いかけた不満をぐっと飲み込み、代わりに棗は大きな溜め息を吐き出した。

 ――結局、響也が戻ってきたのはそれから数分後だった。

「すみません、お待たせしました」

「ようやく戻ってきたか。あれは渡せたんじゃろうな?」

「ええ。ちゃんと『願う』旨も伝えてあります」

「うむ。手間をかけたな。褒めてつかわす」

 銀華は満足げに頷くと、手のひらの折り鶴にそっと触れた。するとそれは淡い輝きを放ち、ぱたぱたといびつな羽をはばたかせ始める。

「……きちんと繋がっておるな。二人とも、準備は良いか?」

「少し休ませてほしいところですけど……大丈夫です、行きましょう」

「響也さんが平気なら、おれはいつでも」

「そうか。――では、宝探しに出発じゃ!」

 ひと際明るい掛け声と共に、折り鶴が空へと放たれた。
 三人の視線が揃って折り鶴を追いかける。本来なら重力に従って墜落するであろうそれは、しかしぱたぱたと滞空しながら首を西へ東へ。まるで何かを探すように動き回っている。
 しばらく無言で見つめていると、やがて折り鶴は山の麓に広がる雑木林へ吸い込まれるように飛んで行った。

「追うぞ!」

 その声を合図に、三人は折り鶴を追って駆け出した。

 銀華が提案したのは、"術"を用いてブローチを探す方法だった。
 土地神である銀華は様々な術を行使することができる。その中の一つがこの折り鶴を使った術であり、何かを探すことに特化している。ただしその効果は決して万能ではなく、失せものの持ち主――今回で言うところの雪女――が探したい対象を明確に思い浮かべ、「見つけたい」と強く願うことではじめて術が機能する。

 この時、願いと折り鶴を紐づけるために必要なのが願い石だ。
 と言っても、これは特別珍しい石ではない。どこにでも転がっている普通の石に折り鶴と同じ文字を書いた紙、いわば一種のお札を貼り付けただけのものである。
 響也によって雪女の元へ届けられたそれは、彼女の願いを聞き届け、無事に折り鶴と紐づけた。あとは折り鶴がブローチの元まで案内するのを、ひたすら追いかければいいだけだ。

「……どこまで飛んで行くんだろう」

 乱立する木々の隙間を縫うように、折り鶴が飛んで行く。
 降り積もった雪はほぼ一日中落ちる木陰のせいでだいぶ硬くなり、思った以上に足場が悪い。そんな中、三人に配慮することなくすいすい飛んで行くそれを追いかけるのは一苦労だ。幸い、折り鶴がほんの僅かに発光しているため、薄暗い雑木林の中でも見失うことはなさそうだが。

 木と木の狭い隙間を通ったり時々足を滑らせたりしながら、一体どれくらい歩いただろう。
 突然折り鶴が一本の木に激突したかと思うと、墜落したきり動かなくなってしまった。

「まさか、稲守から出ちゃった……?」

 真っ先に頭を過ぎったのは、響也を待っている間に交わした会話だ。
 不安になって銀華の方を見つめると、彼女はゆっくり首を振った。

「いや、ここはまだ稲守のなかじゃ。妾の術が切れたわけではない」

「じゃあ、あの木の近くに……?」

「うむ。おそらく上じゃろう」

「上?」

 自然と目線があがる。そして、それを見つけた。
 四方八方に伸びる枝の、その根元。幹にほど近い位置に作られた針金と枝の塊に、様々な小物が詰め込まれている。鳥のガラクタ置き場とでも呼ぶべきその中に、キラリと光るものが紛れ込んでいた。
 中心に青い宝石が嵌め込まれた、雪の結晶を象ったブローチである。きっと、あれこそが雪女の探していたものだろう。

「あった! でも、なんであんなところに……?」

「おそらく、落ちていたものをカラスあたりが拾ったんじゃろう。今は……どこかに行っておるようじゃな。戻ってくる前に回収するぞ」

「あの高さだと、僕でも手を伸ばしただけじゃ届かないか……棗、登れそう?」

「たぶん」

 適当に頷いて、問題の木の下まで歩み寄る。
 積雪により足場が多少高くなっているとはいえガラクタ置き場は高所にあり、一番背の高い響也で無理なら当然棗に届くはずがない。もしかしたら助走をつけて飛んだら届くのでは? と淡い期待を抱いていたが、どうやってもよじ登る以外の選択肢はなさそうだ。
 靴底に張りついた雪を雑に払い落としてから、ゆっくり、慎重に木を登っていく。手袋をしていても寒さで手がかじかみ、落としきれなかった雪で足が滑る。それでもどうにか、ブローチに手が届く位置までやって来た。
 その時だった。

「…………っ!」

 カァ、カァ、と鳴き声が聞こえたかと思うと、後頭部にボールか何かを投げつけられたような衝撃が走る。見ればいつの間に戻ってきたのか、ガラクタ置き場の主と思しきカラスが棗のすぐ傍をぐるぐると飛び回っていた。
 ――まずい。このままだと、ブローチを回収する前に木から振り落とされる!
 焦る棗を嘲笑うよう、カァ! とひと際大きな鳴き声をあげてカラスが突っ込んでくる。再び走った衝撃に、思わず木を掴んでいた手が離れる。たったそれだけで簡単にバランスは崩れ、ぐらりと身体が傾いた。

「棗!」

「まったく、世話の焼ける……!」

 小さくて丸い何かを銀華が放り投げる。視界の端でキラリと輝くそれがなんだったのか。棗には確認する余裕などなかったが、カラスの気が逸れたことだけは瞬時に理解した。
 ブローチを回収するなら今しかない。このまま身体が倒れてしまう前に掴まなければ。
 必死になって右手を伸ばす。
 ブローチまではほんの数センチ。あと少し――あと少しで手が届く。

「届け……!」

 指先がブローチを掠め、ガラクタ置き場に引っかかっていたそれを弾いた。
 放物線を描きながら、青い輝きが宙を舞う。棗には手の届かない位置に飛んでしまったが、気付いた銀華が慌てて手を伸ばしていたから大丈夫だろう。
 ほっと息を吐き出して、棗は落下していく重力に身を任せた。
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