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第17話 まもるべきもの、みつけましょう

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 革命軍の城、石積みの城壁が見えてきた。

 エルレアは雇われ軍師ではあるが、それほど頻繁にここを訪れていない。自分のちからが知られるのを恐れたこともあるが、なにより術師団との二股の生活だ。

 術師団に加わってからは、日中のほとんどをエーレ、男性術師としてすごした。夜にロアの酒場に戻り、三、四日にいちどほどロアの手を借りてエルレアとなり、その夜か、あるいは翌朝に革命軍の城に入る。一日、指導する術師たちに神式、魔式の訓練をつけて、夜にはまたロアの酒場に戻る。

 酒場には革命軍の若いものがついてくることも多かった。エルレアはそれが嫌いではなかった。いっしょに呑み、くだらない話をして笑い、ステージにあがって歌い、店の床でみんなで寝て、ロアに叩き起こされた。

 エルレアにはあの市場より前の記憶がなにもなかったから、革命軍で経験したすべては、彼女が想起して微笑むことができる貴重なおもいでになっている。

 城はゆるやかな坂をずっとのぼっていったところに門を構えていた。一行はそれぞれの想いをのせてそれを見上げた。

 「エーレさま、よろしいですか」

 ユシアが前を向いたままちいさく言う。エルレアの耳には届いている。エルレアもまた、振り向かずにこたえた。

 「もう城が見えている。そろそろエルレアって呼んでもらったほうがいいかな」

 「では、エルレアさま。お分かりかと思いますが、敵の最善手は催眠、洗脳、身体機能の支配です。なぜならどちらの<瞳>を破壊できるのも、それをつくった者の眷属だけ、すなわちあなたさまだけだからです。ほかに眷属を擁している可能性もありますが、<ゼディアの瞳>をその手に有するあなたを操ることがもっとも簡易です」

 「わかってる」

 エルレアは城壁を見据えたままこたえた。

 「あらかじめ支配に対する防御は行う。でも、相手も女神のちからを受けている。なにをされるかは想像がつかない。わたしのちからが及ばない可能性もある。万が一、からだを操られたら……」

 「はい。心得ております。わたくしが、必ず」

 「……それは、俺がいない前提の話ですね」

 レリアンが口を挟む。

 彼は<楽園>で聖女ユシアが配された時点で、その意味を承知していた。戦力の補助の意味もある。しかし、第二の手札としての意味のほうがさらに重かった。

 第一の手札、すなわちエルレアが失敗し、操られることで<ゼディアの瞳>に破壊の危険が及んだ場合、ユシアがその手で彼女を葬ること。

 だからこそ、レリアンは、できるだけながく道化でいたかった。術師団の切先と呼ばれた自分が、泣いて喚いて、それでエルレアが笑ってくれるのであれば、すこしでも事実を先延ばしにできるのであれば、いまはそれが嬉しかった。

  もちろんくだらない誤魔化しだし、状況に対してなんの意味ももたない。レリアンは自分の感情が理解できていない。<楽園>のあと、いや、そもそも王宮でのあのとき、エルレアの顔を間近にみたそのときから、彼は自分自身を見失っていた。そのことにも、エルレアを永遠に失うかもしれないことにも苛立っていた。

 ちくしょう。

 レリアンはひとりごちて、聖女ユシアの方を向いた。

 「第一選択はエルレアが首領ジェクリルに近接して速攻をかけること、その場で<ウィズスの瞳>を消滅させること、それでよろしいですね」

  ユシアがわずかにうなづく。

 「当然、そうです。<ウィズスの瞳>は、ジェクリルが肌身離さず保持しているはず。なんらかの方法でエーレ……エルレアさまがジェクリルに近づき、短時間で決着をつけられれば理想的です。だからこそ、革命軍のエルレアさまがわたしたちを引っ立ててジェクリルのもとに連行するというかたちを取ったのです。ただ……」

  レリアンがすかさず返す。

 「そもそも相手の意図もそこにある可能性が高い。あの王宮攻撃もエルレアを<証>に接触させて自分のところへ引き寄せるために仕組んだはず。だから、我々が身を捨ててでも、ジェクリルを拘束する。動きを封じる。たとえエルレアに<ウィズスの瞳>ごと滅ぼされようとも」

 「わかっているではないですか」

 ユシアがレリアンを揶揄することばも、少しトーンを落としている。

 先ほどからユシアはフードをあげ、顔をのぞかせている。日差しが高く、湿度があることから蒸し暑く感じたのかもしれない。肩までの長さに丁寧に揃えられた黄金色の髪が初夏の陽光をうけてまぶしく輝いている。幼く見える顔。その瞳が薄い青色であることを、レリアンははじめて知った。

 「わたしは、なにがあっても<ゼディアの瞳>をお護りする。そのためにすべてを賭ける。この身に替えても。あなたにもそれを期待します」

 「もとよりです。術師団は、そのためにある」

 ユシアはレリアンのほうに少し顔を振り向けた。レリアンには女性の年齢を的てる技術が乏しかったが、幼いといってよいほどに若いと感じた。二十歳は越えていないと見当をつけた。

 少し息をはき、レリアンに向かって言うともなく、つぶやく。

 「……あなたの神式は、防御に向いてる。一度の神式の発動量が多いけど、面に対して作用する傾向がある。<楽園>であなたを攻撃してよくわかった。そしてエルレアさまは攻撃型。刺突型。ただ、エーレさまでおられる時には防御が優る。ほんとに不思議なおちから」

 「ならば、俺が盾となり、ユシアさまがエルレアの刃となるのが効率的……と?」

 レリアンは聖女の攻撃の迅さ、重さは身に染みて理解していた。<楽園>でのソアのたわむれのような仕掛けに、レリアンはほとんど対応できなかった。

 「状況にもよります。あるじ、ソアさまはあなたたちの戦闘をみながらずっとおっしゃっていました。もったいない、ふたりともちからを半分も活かせていないと」

 「……もしや、あなたがここにいるもうひとつの理由は」

 「おそらく、あるじの意図はそうでしょう。わたしとあなたで、エルレアさまが最もちからを発揮できるお姿になっていただく。状況に応じて」

 エルレアが振り返る。

 「なんとなく、そのことは感じてた。この姿……女性のときのほうが動ける。うまく攻められる。でも、なにかを護ろうととしたときには男性のすがたのほうがしっくりくる。女性の時は前方に、男性の時は下方にちからが働くような気がする」

 そこまでいって、また前を向き、なんということもないような口調で言う。

 「ねえユシア。なんでわたしは性別が変わるのかな。どうして、自分のちからではなくて、誰かのちからを奪ってゆくのかな。なんの意味があるのかな」

 ユシアはすぐには応えず、なにかを確かめるようにエルレアのうなじのあたりを見つめ、口をひらいた。

 「おそらく、原初、ということでしょう」

 「げんしょ?」

 「ひとのはじめ、ということです。おそらくエルレアさまは、精霊の本質そのままでお生まれになった。精霊は、ひとの始祖です。ひとの、雛形です。なににもなれる。一方で、まだ、なにものでもない」

 「……そうなんだ。そうかもね」

 エルレアは少し笑ったように見えた。市井にうまれ、大多数の男性と同じように成長し、生きてきたレリアンにはエルレアのほんとうの気持ちはあまり上手に理解できなかった。

 「なあ、エルレア」

 「ん?」

 口の端をもちあげたままで、エルレアはレリアンの方に顔を向けた。日差しが少し傾きかけている。レリアンからみたエルレアは、革命軍の城、その背後の峻険な峰、それらを照らすしずかで柔らかい初夏の午後の陽光を背景に、まるでひとつの絵画のように、レリアンがみたことがない色をつくっていた。

 エルレアは、呼びかけたにもかかわらずなにも言えずにいるレリアンに、あらためて笑いかけた。

 与えられた使命に身命をなげうつように、なにもかも捨ててしごとを成し遂げるように教育されてきたレリアンが、いまはじめて、それに背こうとしている。

 なにを犠牲にしても、だれに指弾されようと、いまのこの光景を抱いて、ずっといきていきたい、と願っている。

 ◇

 第十七話、でした。
 いつもいっしょにいてくださり、ありがとうございます。

 結果よければすべてよし、とか、結果を優先するべき、とかききます。
 わたしは、でも、結果ということばのいみがよくわかりません。
 
 いま、この瞬間。
 ついさっきの行いの結果。うまれてずっと積んできた思いの結果。
 それはまさに、いま、目の前にあるのではないでしょうか。

 だとすれば、いつでもすべて、善いのではないでしょうか。
 最後の瞬間だけを切り取ることに、どんないみがあるのでしょうか。

 今後ともエルレアを見守ってあげてください。
 またすぐ、お会いしましょう。

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