聖剣勇者

明日井晴人

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王都【ベルフォン】編

#17 お前が良いんだ

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「昨日も話したと思うが…あいつは、元孤児なんだ」

 空になった杯をカウンターへと置いたダインは、そう言って視線を移動させる。
 その先には———、衛兵達と何やら楽しそうに談笑に興じる、幼い少女の姿。

「両親のことを聞いたことはねえが、ありゃ多分…死別したんだろう。俺が最初に出会った時、あいつは心を閉ざしっ放しだったんだ」
「え…リュナがですか?」

 とても信じられない———、と、レイは思わず目を丸くする。
 一方、ダインはそれを見て、まあそうだよなと言わんばかりの苦笑を浮かべる。

「今でこそあんな感じだがな、当時は何があっても笑わない奴だったよ。食事をしても、話をしても…表情一つ崩さねえから参ったもんだぜ」
「…じゃあ、今は」
「ああ…徐々にではあったが、ああして笑うようになっていったんだ。こう言っちゃなんだがよ…俺とここで過ごしていく中で、あいつ自身、思うところもあったんだろうよ」

 情景。そう語るダインの瞳が、また少しばかり潤み出したのを、レイは確かに見逃さなかった。

「それなら…彼女はここに居た方がいいのでは?」
「…いや、違うんだ。レイ、お前だからこそ頼みたいんだ」

 そう言うとダインは、くるりとその場を向き直ると、今一度、レイと顔を突き合わせるようにして対面する。
 そして———、今度は言い淀むことなく、はっきりとした自分の言葉によって放った。

「お前といる時のリュナを見て、確信したんだ。お前なら…あいつを真っ直ぐ導いてやれる。真っ直ぐに導いて…その過去すらも、清算してやれるってな」
「………」

 簡単には、答えられなかった。
 何故なら———、ダインの気迫が、意気込みが、他のどれより真剣なものだったから。

「…僕に、務まるでしょうか」
「勿論、やれるさ。育てて来たこの俺が言うんだ。心配は要らねえよ。…それにな、意地の悪いことを言わせて貰うが」
「…?」
「俺だって、を引き受けるんだぞ? これでお前が不安だからっつうのは…ちょっと公平じゃないよな?」
「…!」

 ニヤリとした笑みをしてそう言うと、ダインは放置していた自分の杯に、なみなみと酒を注いでいく。
 その様子を呆然としつつ眺め———、レイは、少しの間考えを巡らせた。

(今こうして思えば…僕とリュナは、どこか似ているところがあるのかも知れない)

 似ている、とは、彼の境遇である。
 曰く———、実はレイも、幼くして母親を亡くした身であるということ。

(状況や経緯は違くても…辛さは分かる。助けてくれる人がいるにしても、一人って…本当に辛いんだ。僕の場合、村の皆が居てくれたから何とか立ち直れたけど…リュナは?)

 ダインと出会い、人と笑えるようになったのは、確かに良いことだ。
 だけど———、その前は?

(きっと一人で…たった一人だけで、両親の死と向き合っていたんだ。それこそ…笑顔を忘れてしまうくらいに)

 その絶望は、一体どれほど残酷なものか———、想像に難くない。
 人が一つの感情を失くしてしまうほどだ、それはもう、思い出したくもない過去に違いない筈。
 実際、笑えるようになったというのも、そんな記憶に少なからず蓋をしてのことだろう。
 もしこれで、ダインにも拾われることがなければ———、

(…真っ直ぐに導いてやれる、か)

 彼女には理解者パートナーが必要だ、先刻のダインの発言には、そうした意味があるのだということに彼は気がついた。
 一度目のは、ダインと巡り会えたことによる、感情の回復。
 そして二度目———、次なる役目は、今、レイの手へと。
 ダインはその大役を、彼にこそ託すと、そう言っている訳だ。

「…僕で良いんですね、ダインさん」
「ああ。お前が良いんだ、レイ」

 決心は済んだ、と、隣を見やるレイ。
 するとそれに応えて、今にも溢れそうなまでに酒が注がれた杯を掲げながら、ダインはそう断言した。
 ここまで言われて、引き受けない訳にはいかない。
 国王代理を請けてもらったという負い目もあるにはあるが———、しかしそれ以上に、任されたものの重大さが、レイの心を律させる。
 この先の旅路、一体どんなことが起こるのか、それは誰にも分からない。
 だが———、彼女を一人にすることだけは、絶対にしない。
 それだけは———、してはいけない。

「分かりました…精一杯、やらせて貰います」
「そうこなくっちゃな。お前に頼んで正解だったぜ」

 真剣な表情のレイ、フッと笑んだダイン。
 双方、腹は決まった。
 ならば後は———、杯を交わすだけ。

「「乾杯」」

 カァンという、心地の良い乾いた音が響いた後、二人は杯の中の酒を一気に流し込む。
 一人はこれからの旅の先行きを、そしてもう一人は、これからの二人の行く先を想いながら。
 レイとダイン、そしてリュナ。彼らの運命が動き出すと共に———、決意の夜は更けていく。

   ~ ☆ ~

 時は戻って———、下町広場。

「では、そろそろ行きます。皆さんも、どうかお元気で」
「おう。またな、レイ」
「いつでも帰って来いよ! そん時は盛大に迎えてやるぜ!」
「留守は任せろ! 【ベルフォン】には、俺達がいるからな!」

 最後に一つ、レイが頭を下げると同時に、周囲の者達からはそんな温かい言葉の数々がかけられる。
 ただ一人———、未だ彼らの後方で、顔をやや俯かせた少女を除いては。

「…あの、ダインさん」
「ああ…てっきり自分から言い出すと思ったんだがな。すまんが、念の為地下に入ったら少し待ってて貰えるか?」
「それは構いませんけど…」

 小声でダインとそう交わしつつ、少女———、リュナの方へと視線をやったレイ。
 何を思っているのか、何をしようとしているのか。ここからでは、その表情を読み取ることさえ出来ない。
 そしてそれは、当の依頼主であるダインでさえも、また同じだった。

「最悪、俺が言い聞かせるからよ。それでもダメなら…仕方ねえ、力づくで追い出す形で…」
「い、いやいや! それはマズいです! 第一、リュナが本当に行きたいと思ってるのかも…」

 ばつの悪そうな顔でそんなことを口走るダインに、レイは慌てて制止をかける。
 というのも、昨晩のこと———。聖戦前夜に倣い、再びリュナの部屋を借りて夜を明かした彼だったが、結局その時間を経てしても、リュナからは特に何も聞くことが出来ないでいたのだった。

(ひょっとすると、これ、別に何とも思っていないのでは…)

 自分やダインが舞い上がっていただけの可能性も案じ、心配を抱えながら眠りについたのは、正直なところ否定出来ない。
 ましてや、こんな気弱な思考をする奴に、着いていきたいだなんて———、と。

「…ッ、待って!」
「…!」

 振り絞られた一声。
 その声を、二人は待っていた。

「…どうした、リュナ」
「え、えっと、その…」

 振り返ることなく、ダインは問う。
 それに対し———、声の主であるリュナは、斯くも言い辛そうに声を潜めながらも、何処か曖昧とした言葉を紡いでいく。

「本当に…勝手だっていうのは、分かってるけど…でも、それでも、私は…」
「…何が言いてえんだ」

 を中々言えずにいる彼女へ、ダインは語気を少しだけ強めてみせる。
 すると、それに煽られてか、意を決したようにして俯かせていた顔を上げたリュナは———。

「私…レイと一緒に行きたい」

 一緒に行って、旅がしたい———、と、彼女はそう続けるのだった。
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