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王都【ベルフォン】編
#11 『無の聖剣』
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遡ること、半日前———。
ダインの店を後にしたレイとリュナの二人は、グレンとの聖戦へ備える為、彼女の自室だという日中に訪れたあの部屋へと戻って来ていた。
「あ、そういえば…」
「ん?」
到着直後、思い出したように開口するリュナと、それに振り向いて反応するレイ。
「全然話してなかったけど…結局レイは何の聖剣使いなの?」
「ああ…そっか。言ってなかったよね」
言われてみれば、といった風に、彼はあくまでも悠然として答えた。
「僕のは…『無の聖剣』って言うんだ」
「…『無の聖剣』?」
言葉だけでは想像がしにくいその名前を、リュナは思わず反射的に繰り返す。
すると、それを見たレイはふわりとした微笑を浮かべ、自身に宿した剣である『無の聖剣』を、その手中へと顕現させて言った。
「名前の通り、本当に何でもない剣だよ。強力な技も無ければ、特にこれといった特徴がある訳でもない。…ほら、見た目だって地味だしね」
———確かに、見た目は地味そのものだ。
差し出された剣をまじまじと眺めたリュナは、率直且つ正直ながらにそう思案する。
何の装飾も成されていない柄や鍔の部分に、鈍く燻んだ様な光を放つ剣身。こう言ってはなんだが、無骨という言葉がこれほど迄に似合う代物も、そう無いだろう———、と。
「…ただ、一つだけ。この剣は、ある能力を持っているらしくてさ」
「…!」
突如として声色を変え、何やら真剣な面持ちでそう語り出したレイ。
そして———、こちらへと視線を移したリュナを見ると、一つの間を置いた後、続けて口を動かせた。
「他の聖剣の能力を無効化する…っていうね」
~ ☆ ~
考えろ。考えて———、直ぐに対処法を編み出さねば。
その事態を目の当たりにしたグレンは、自分にそう強く言い聞かせつつ、しかし実際の所は、混乱する脳内を全くもって整理出来ないでいた。
(くそッ…どうなってる!? 俺の攻撃が、全て掻き消されただと!?)
先刻まで場を埋め尽くすようにあった、煌々とした炎の数々。それが今や———、跡形もない。
(何の聖剣だ…!? 何をすれば、こんな芸当がッ…!)
柄にもなく、焦り散らすグレン。
それでもどうにかして分析をしようと、狼狽する頭を必死に回転させ、この状況を打破しようとする———、が。
「隙だらけだよ、王様」
「んなッ…!?」
表情を強張らせたグレン、その眼下には———、いつのまにか急接近していた、先刻弾いた筈の剣をその手に握ったレイの姿。
「い、【炎球】ッ…!」
想定とは異なり、図らずも接近を許してしまったグレンは、半ば自棄糞のようにして攻撃を繰り出そうとする。
しかし、その直前にて。
(…!? 技が出せねえッ…!?)
慌てて振り抜いた『火の聖剣』、それが今、何の反応も示さない。
一方、敵の懐へと入り込むことに成功したレイは、まるでこうなることを分かっていたかのように、怯むことなく『無の聖剣』をグレンに向けて大きく薙いだ。
「がはッ…!?」
武具と武器とがぶつかり合う、割れんばかりの衝突音。
重厚な鎧を身に付けているとはいえ、その衝撃は実に凄まじいものであり、斯くしてグレンはその勢いのまま、舞台の端の方にまで吹っ飛ばされてしまう結果となった。
「お、おい…今の見たかよ!?」
「グレン相手にまともに食らわせるなんて、初めてじゃねえか!?」
「あの男、本当にひょっとするかもしれねえぞ…!」
あの無敗の男が劣勢という、未だかつてない光景を前にした観戦者達からは、そんな希望に満ちたどよめきが伝播し始める。
そしてそれは、同じく始終を見届けていたリュナとダインの二人であっても、また同じことだった。
「…ね? 言ったでしょ? 心配ないって」
「ああ、こいつは凄いぜ…!」
得意げにふふんと鼻を鳴らす少女と、年甲斐もなく興奮に目を輝かせた大男。
今日は何かが起こる筈———、この場にいる誰もがそう確信をした、その直後。
「くそッ…! 畜生がッ…! 殺す、殺してやるッ…!」
———邪気。
そんな多様な暴言の数々と共にゆっくりと起き上がったグレンは、敵であるレイの姿を改めて視界に収めると、握った剣の先を彼へと向けながら言い放つ。
「この俺に何をしたか…分かってんだろうなぁ!?」
「戦いなんだから、攻撃したまでだよ。…もしかして、手加減した方が良かったかい?」
「…ッ! ガキが、言わせておけばッ…!」
あくまでも淡々としたレイの返答に対し、より一層神経を昂らせたグレン。
そんな彼は、掲げた自身の聖剣に再び力を込め始めると、続けてその流れのまま———、
「灰すら残してやらねえから覚悟しろ…【狂炎】ッ!」
芝居のための攻撃から、ただ殺すためだけの攻撃へと。
叫ぶと同時に巻き起こった業火は、先刻までの技とは比較にならない程の熱量を以て———、レイへと襲いかかる。
「力の差に絶望したまま…焼け焦げろッ!」
火はまるで生き物のように形を変え、それは空を駆ける龍のように、はたまた地を這いずり回る大蛇のように、様々な方向からレイを目掛けて迫る。
どんなにこれを対処しようと、大怪我は免れない———、誰の目にもそう映った、そんな攻撃だった。が、しかし。
「………嘘、だろ?」
異常にして非常、およそ人間の域を超えている妙技。
一つでも擦れば大火傷という、尋常じゃない威力を持った炎の軍勢を前にレイは———、その全てを回避するという、何とも化け物じみた手段を以てこれに応じたのだ。
(おいおい…このガキ、冗談じゃねえぞ!?)
目にも止まらぬ速さ、いや、そんな程度のものじゃない。
迫り来る攻撃に合わせて右へ左へ、かと思えば、時に身を翻し、軽い跳躍を交えながら今度は上へ下へと。
それはさながら曲芸のように———、燃え盛る炎の中を踊り舞うように、レイは傷一つ負うことなく全ての回避に成功してみせる。
そして———、
「【無為】」
「…ッ、くそがッ…!」
なんという機敏さか、気づけばグレンのすぐ側へと接近して来ていたレイは、先刻の場面と同様、少しも躊躇することなく把持した剣を薙ぎ払う。
しかし、仮にも二十戦二十勝の男———、グレンが同じ手を食らう筈もなく、技を使えないという場合も考慮した上、今度は振り戻した自身の聖剣でそのまま攻撃を受け止める。
(…ちッ、やっぱりか)
了得。キィンという鋭い音を響かせた後、後方へと大きく飛び退いたグレンは、そこでとある気づきを得ていた。
それは———、レイが今正に掻い潜って来た炎の大群が、またも綺麗さっぱりと消失した為だった。
ダインの店を後にしたレイとリュナの二人は、グレンとの聖戦へ備える為、彼女の自室だという日中に訪れたあの部屋へと戻って来ていた。
「あ、そういえば…」
「ん?」
到着直後、思い出したように開口するリュナと、それに振り向いて反応するレイ。
「全然話してなかったけど…結局レイは何の聖剣使いなの?」
「ああ…そっか。言ってなかったよね」
言われてみれば、といった風に、彼はあくまでも悠然として答えた。
「僕のは…『無の聖剣』って言うんだ」
「…『無の聖剣』?」
言葉だけでは想像がしにくいその名前を、リュナは思わず反射的に繰り返す。
すると、それを見たレイはふわりとした微笑を浮かべ、自身に宿した剣である『無の聖剣』を、その手中へと顕現させて言った。
「名前の通り、本当に何でもない剣だよ。強力な技も無ければ、特にこれといった特徴がある訳でもない。…ほら、見た目だって地味だしね」
———確かに、見た目は地味そのものだ。
差し出された剣をまじまじと眺めたリュナは、率直且つ正直ながらにそう思案する。
何の装飾も成されていない柄や鍔の部分に、鈍く燻んだ様な光を放つ剣身。こう言ってはなんだが、無骨という言葉がこれほど迄に似合う代物も、そう無いだろう———、と。
「…ただ、一つだけ。この剣は、ある能力を持っているらしくてさ」
「…!」
突如として声色を変え、何やら真剣な面持ちでそう語り出したレイ。
そして———、こちらへと視線を移したリュナを見ると、一つの間を置いた後、続けて口を動かせた。
「他の聖剣の能力を無効化する…っていうね」
~ ☆ ~
考えろ。考えて———、直ぐに対処法を編み出さねば。
その事態を目の当たりにしたグレンは、自分にそう強く言い聞かせつつ、しかし実際の所は、混乱する脳内を全くもって整理出来ないでいた。
(くそッ…どうなってる!? 俺の攻撃が、全て掻き消されただと!?)
先刻まで場を埋め尽くすようにあった、煌々とした炎の数々。それが今や———、跡形もない。
(何の聖剣だ…!? 何をすれば、こんな芸当がッ…!)
柄にもなく、焦り散らすグレン。
それでもどうにかして分析をしようと、狼狽する頭を必死に回転させ、この状況を打破しようとする———、が。
「隙だらけだよ、王様」
「んなッ…!?」
表情を強張らせたグレン、その眼下には———、いつのまにか急接近していた、先刻弾いた筈の剣をその手に握ったレイの姿。
「い、【炎球】ッ…!」
想定とは異なり、図らずも接近を許してしまったグレンは、半ば自棄糞のようにして攻撃を繰り出そうとする。
しかし、その直前にて。
(…!? 技が出せねえッ…!?)
慌てて振り抜いた『火の聖剣』、それが今、何の反応も示さない。
一方、敵の懐へと入り込むことに成功したレイは、まるでこうなることを分かっていたかのように、怯むことなく『無の聖剣』をグレンに向けて大きく薙いだ。
「がはッ…!?」
武具と武器とがぶつかり合う、割れんばかりの衝突音。
重厚な鎧を身に付けているとはいえ、その衝撃は実に凄まじいものであり、斯くしてグレンはその勢いのまま、舞台の端の方にまで吹っ飛ばされてしまう結果となった。
「お、おい…今の見たかよ!?」
「グレン相手にまともに食らわせるなんて、初めてじゃねえか!?」
「あの男、本当にひょっとするかもしれねえぞ…!」
あの無敗の男が劣勢という、未だかつてない光景を前にした観戦者達からは、そんな希望に満ちたどよめきが伝播し始める。
そしてそれは、同じく始終を見届けていたリュナとダインの二人であっても、また同じことだった。
「…ね? 言ったでしょ? 心配ないって」
「ああ、こいつは凄いぜ…!」
得意げにふふんと鼻を鳴らす少女と、年甲斐もなく興奮に目を輝かせた大男。
今日は何かが起こる筈———、この場にいる誰もがそう確信をした、その直後。
「くそッ…! 畜生がッ…! 殺す、殺してやるッ…!」
———邪気。
そんな多様な暴言の数々と共にゆっくりと起き上がったグレンは、敵であるレイの姿を改めて視界に収めると、握った剣の先を彼へと向けながら言い放つ。
「この俺に何をしたか…分かってんだろうなぁ!?」
「戦いなんだから、攻撃したまでだよ。…もしかして、手加減した方が良かったかい?」
「…ッ! ガキが、言わせておけばッ…!」
あくまでも淡々としたレイの返答に対し、より一層神経を昂らせたグレン。
そんな彼は、掲げた自身の聖剣に再び力を込め始めると、続けてその流れのまま———、
「灰すら残してやらねえから覚悟しろ…【狂炎】ッ!」
芝居のための攻撃から、ただ殺すためだけの攻撃へと。
叫ぶと同時に巻き起こった業火は、先刻までの技とは比較にならない程の熱量を以て———、レイへと襲いかかる。
「力の差に絶望したまま…焼け焦げろッ!」
火はまるで生き物のように形を変え、それは空を駆ける龍のように、はたまた地を這いずり回る大蛇のように、様々な方向からレイを目掛けて迫る。
どんなにこれを対処しようと、大怪我は免れない———、誰の目にもそう映った、そんな攻撃だった。が、しかし。
「………嘘、だろ?」
異常にして非常、およそ人間の域を超えている妙技。
一つでも擦れば大火傷という、尋常じゃない威力を持った炎の軍勢を前にレイは———、その全てを回避するという、何とも化け物じみた手段を以てこれに応じたのだ。
(おいおい…このガキ、冗談じゃねえぞ!?)
目にも止まらぬ速さ、いや、そんな程度のものじゃない。
迫り来る攻撃に合わせて右へ左へ、かと思えば、時に身を翻し、軽い跳躍を交えながら今度は上へ下へと。
それはさながら曲芸のように———、燃え盛る炎の中を踊り舞うように、レイは傷一つ負うことなく全ての回避に成功してみせる。
そして———、
「【無為】」
「…ッ、くそがッ…!」
なんという機敏さか、気づけばグレンのすぐ側へと接近して来ていたレイは、先刻の場面と同様、少しも躊躇することなく把持した剣を薙ぎ払う。
しかし、仮にも二十戦二十勝の男———、グレンが同じ手を食らう筈もなく、技を使えないという場合も考慮した上、今度は振り戻した自身の聖剣でそのまま攻撃を受け止める。
(…ちッ、やっぱりか)
了得。キィンという鋭い音を響かせた後、後方へと大きく飛び退いたグレンは、そこでとある気づきを得ていた。
それは———、レイが今正に掻い潜って来た炎の大群が、またも綺麗さっぱりと消失した為だった。
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