聖剣勇者

明日井晴人

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王都【ベルフォン】編

#06 俺こそがルールだ

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 陽もとっぷりと暮れ、誰の姿も見当たらなくなった、深夜十一時。
 白いローブに身を包んだ青年———、レイと、華奢な体躯に身軽そうな軽装をした少女———、リュナは、二人揃ってこそこそと夜の街を忍び歩いていた。

「そういえば、門が閉まってるって話だったけど、大丈夫なの?」

 ふと思い返し、レイは前方で先導を務めるリュナに問う。

「それは問題ないわ。だって今から使うのは、門じゃないんだからね」
「門じゃない…? それって、どういうこと?」

 聞いてなお、意図の分からなかったレイは、続けて疑問を投げかける。
 すると、リュナはちらりとレイを一瞥し、さも自身ありげな笑みを浮かべた。

「ふっふっふ…今から使うのは、私以外にごく一部しか知らない、秘密の抜け穴なのよ!」
「秘密の、抜け穴…!」

 何やらわくわくしてくる言葉の組み合わせに、レイは密かに心を高鳴らせる。

「この先の広場の一角に、地下通路に繋がる扉があるんだけど、その通路を使えば一気に防壁の外の森林地帯に出れるってわけ!」
「なるほど、確かに秘密の抜け穴だね」
「扉も人目につかないように周囲の地面と擬態させてあるから、本当に知ってる人じゃないと、そうそう見つけられないわ!」

 自分の作ったものを紹介するのがたまらなく楽しいのか、リュナは終始ニコニコとしながら語り続ける。
 対して、そんな彼女を眺めつつ背後を追走するレイは、ていうかそんなものどうやって作ったんだろう———、という抜本的な疑念を抱くが、しかし事ここに至ってはどうでもいいことだとして言い聞かせ、黙って受け流すことにした。

「よし、そろそろよ! 周りに衛兵は…」

 と、ここまでいつも以上に警戒してきたリュナだったが、ここに来て一つ、心にひっかかることが出来てしまう。

(…気のせいだと思ってたけど、やっぱりおかしい)

 路地の出口から顔を出し、広場をキョロキョロと見渡しながらリュナは思った。
 ———曰く、見廻りの衛兵が全くもって見当たらないと。

(いつもだったら居なくても変ではないけど…レイの話が出ている以上、ここまで警戒がされてないのは流石におかしいでしょ)

 言ってしまえば、外部から聖剣使いが侵入しているこの非常事態にも関わらず、何の警戒もされていない。
 ましてやあの国王が、何もしないなど考えられない。

(…でも、レイを逃さないといけないのは事実だし…)

 そう思い、今一度、自分の後方を振り返るリュナ。
 そこでは、先達であるリュナの合図を今か今かと待ち侘びているレイの姿があった。

(…ッ、もうやるしかない!)

 半ば強引に覚悟を決め、前方に見据えた、目的地である地下通路の扉へと意識を集中させる。
 あそこへ一秒でも早く辿り着き、扉を開き、レイを中へと入れる———。
 単純と言えば単純な、それでいて緊張の瞬間を想像し、リュナはふう、と一息ついた。

「…行くよ、レイ」
「うん、分かった」

 リュナのその一言に間髪入れずに返事をしたレイは、駆け出したリュナの後を遅れないように走り出す。
 距離にして数十メートル、月明かりに照らされた広場の中を、青年と少女の二人が疾駆する。
 側から見れば目立って仕方ない光景だが、現在時刻は深夜であり、加えて見廻りは誰もいない。
 そうして走り続け———、その結果。

「…着いたね」
「…着いたわね」

 特に何事もなく、辿り着いたのだった。

(…まあ、何もなかったのは良いことだけど…)

 戸惑いながらもリュナは、扉の取手へと手をかける。
 もう少し何かあっても良かったんじゃないか、このまま彼と別れてしまうのか。
 訳の分からない感情がこの瞬間、一気に押し寄せるが、それは全くもって自分の都合である。
 さっさと開けてしまおう。そう思ったリュナが、取手を握る手に力を込め、一気に引き開けようとする。
 ———が、しかし。

「…あれ、あれ?」

 開かない。
 昨日までは問題なく開けていた筈の扉が、今日はびくともしない。

「どうしたの?」
「あ、いや…あれ、おかしいな…」

 何度力を込めてみても、扉が開く様子はない。
 まるで、他の誰かに施錠されたかのような———。

「おいおい、どうしたよ。まさか扉が開かないってんじゃないだろうな?」

 静寂の闇を切り裂くように響いた、ドスの効いた低声。

「…?」
「…ッ!」

 その声にレイは、こんな夜中に誰だろうと、その場を振り返る。
 対してリュナは———、聞き覚えのある声に、背後を振り向くことが出来ないでいた。

「ダメだろ? 国王である俺に内緒で抜け道を作るなんてよ」
「…国王。ああ、君がそうか」

 意地の悪そうな笑顔を見せ、炎のように赤いオールバックの髪を掻き上げた、
 数時間前にリュナから聞いていた特徴全てに合致するそれを見て、レイは目の前の人物が、正にその本人であるということを瞬時に理解した。

「…なんで、あんたがここにいるのッ…!」
「おっと、王に向かってあんたとはご挨拶だな。勝手にそんなもんを作った罪と併せて…こりゃ重刑だな」

 未だに顔を背けたままで、震える声を辛うじて絞り出したリュナ。
 それを聞いて、男は尚もにやけたまま、リュナの足元にある地下通路への扉を見やる。

「そこら中で聞いて回ったよ、少し脅してな。そしたらすぐに口を割ったぜ。毎晩のように広場をこそこそしてるガキがいるってよ。で、調べてみたら案の定ってわけだ。…ったく、国王にこんなことやらすなって話だよな」

 呆れたように嘆息を漏らす男の話に、リュナはグッと拳を握りしめる。
 ここの人間は、皆助け合わなければならない。何があっても、他人を売ることはしちゃいけないぞ。
 彼女の脳内で、恩人からのいつかの教えが、またも想い起こされる。

「…君がグレンだね。僕はレイ、話は聞いてるよ」
「おいおい、今度は呼び捨てと来たもんだ。最近の下民はクソ度胸の奴らばっかりか?」

 リュナと男———、グレンとの会話を遮るようにして、レイが徐に口を開く。

「かなり酷いことをしているそうだけど、本当かい?」
「はッ、誰がそんなこと…俺はな、この国の秩序を保ってやってるんだよ。国が弱けりゃ、迷惑するのはお前ら国民なんだぜ?」
「…ッ、だからって! あんな暴力が横行していいわけないでしょ!?」

 グレンの紡ぐ言葉に、堪らず声を張り上げてそちらへと見向いたリュナ。

「痛ぶって、嬲って、見せ物にして…それのどこが秩序だっていうのよ!」
「…悪い聖剣使いを見過ごすわけにはいかねえからな。そういう意味で、俺はこの国を統治してやってんだよ」
「どの口がッ…!」
「てことで、今日も国の平和を守る為、国王である俺が直々にやって来たって寸法だ」

 激昂するリュナをさておき、グレンは自分勝手に話を進めていく。
 異彩の輝きを放つ外套を夜風に靡かせながら、彼はまた、ドスの効かせた声を無人の広場に響かせた。

「全身を真っ白なローブに包んだ聖剣使いが、今日この下町に居たらしいんだが…お前ら、何か知らないか?」

 そう問われ、レイとリュナの二人は、ぴくりとした反応を示す。

「おい頼むぜ、聞いてんだからよ。なあ…白いローブのお前さんに」

 たらり、とレイの背中を嫌な汗が伝う。
 バレないようにレイはリュナに視線を送るが、対する彼女からの反応は、絶対に何も言うなと言わんばかりの眼圧、ただそれだけだった。

「…はあ、仕方ねえ。おいお前ら、出て来ていいぞ」

 完全に黙秘を貫き通そうとする二人を相手に、やけにあっさりと引き下がったグレンは、何処かへ告げるようにしてそう呟く。
 すると、今まで無人のように見えていた広場に通ずる幾つかの路地の中から、何人もの衛兵達がその鎧姿を現した。

「普通に門へ行ってりゃ素直に出られたかもな。…まあ、下民の浅知恵なんてこんなもんか」
「…くそッ」

 完全に包囲される形となった現状を見て、最初から全てを見透かされていることに気づき毒づくリュナ。
 そんな彼女の姿を見て、グレンはニヤリとした下卑た笑みを、更に猥雑なものへと昇華させる。

「んじゃ…お前、こっち来い」

 と、グレンは唐突に、衛兵達の中の一人を指差して言う。
 そうして言われるがままに駆け寄って来た衛兵に対し、彼は、微塵も躊躇することなく———。

「このガキ、今すぐに殺せ」

 さも当然といった調子で、そう言ってのけた。

「え…!?」
「んなッ…!?」

 眼前にて聞こえたその言葉に、レイとリュナは揃って驚愕の表情をする。

「おいおい、言ったろ? 重刑だって。むしろ喜べよ、この国始まって以来の刑死者になれるんだぜ?」
「な、何言ってんの!? 死刑って、そんな…」
「勝手に国に出入りできる通路を設けたのと、国王に対する不敬罪の二つだ。…こりゃ妥当だな」
「いいや、幾らなんでもやり過ぎだろう。お得意の秩序とやらはどうしたんだ」
「俺は国王だぞ? 俺こそがルールだ。秩序も無秩序も、俺の裁量次第なんだよ」

 滅茶苦茶だ、とレイは続けようとする。が、しかし。

「つーか、こんなところでゴタゴタ言い合うつもりはねえから。…やれ」

 もう何も聞き入れないといった様子のグレンは、そのまま呼びつけた衛兵の肩当てにポンと手を置き、ずしりと重い圧をかける。
 逆らうことは死を意味する、その事実を嫌と言うほど理解している衛兵は、その事実に即した動きで、腰に差した鞘から配給品の片手剣を抜いた。

「この俺に逆らうとどうなるか…思い知れ」

 衛兵の掲げた剣先が、月明かりによって照らされ、鈍い閃光を放っている。
 周囲に散在する衛兵達もまた、レイ、リュナ、グレンの三人と同じく、ただその場に立ち尽くしてその始終を見届けている。
 そして、今正に、か弱い少女の頭目掛けて剣が振り下ろされよう———、と。

「………ハハ、やはり居たな。聖剣使い」

 先刻までの下品な笑みではなく、今度はしっかりとした気品のある微笑でグレンは言う。
 衛兵によって振り抜かれた剣の軌道に、突如として入れられた横槍。
 隣で動いたレイが咄嗟に取り出した———、彼自身の聖剣によるものだった。
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