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 目の前に見えるのは、それはそれは美しい建物。前世では一度も見たことのなかったきらびやかなそれは、見る者すべての心を奪う。
 イゼルドにおいて、この城以上に美しい建物は存在しない。……私はもう二度と見るつもりはなかったのだけど。

 そう、私はとうとう、イゼルド王国の城に連れ戻されていた。


 もうさ、なんなの?公爵家の馬車に乗ってからもずっと無言。私は断頭台に送り込まれる気持ちだった。
 腕はとてつもない力で掴まれているから、もちろん逃げられないし。これは絶対に痣になってる。

 馬車に揺られている最中に、そういえばと思い出し、マリアベル嬢はどうしたのかと話をふってみれば、黙ってくれとぴしゃり。
 いや何も説明されないまま連れ戻されている状態なのだから、それくらいは聞かせてほしい。
 それとも何か?もう牢獄に入れるか処刑する女に説明することなんてないってか?
 ……自分で考えて不安になった。こ、殺されたりしないよね。

 そうして結局何の説明も受けないまま、私ははるばる城まで連れてこられた。
 城の敷地内に到着後、すぐに馬車の扉が開く。
 さっきまではあんなに楽しかった馬車の旅、今は何十キロも走らされていたかのように、疲労困憊である。

 扉を開けてくれたコーネリアス公爵がこちらを心配そうに見ていたが、アルベルト殿下はそれに答えることはなく、素早く馬車を降りていった。もう溜息しか出ない。

 アルベルト殿下に続き降りようとした私にコーネリアス公爵が手を差し伸べ、エスコートしてくれようとしたので、その手を掴もうとしたのだが、それをアルベルト殿下がまたもや叩き落とした。

 だから、なんなんださっきから!バシバシ人の手を叩いて!ハエでも叩き落とすみたいに!
 腹が立ち睨んでみたが、アルベルト殿下は素知らぬ顔をした挙げ句、馬車から降りかけていた私の腰をがっしり掴むと、勢いよく肩に担ぎあげられた。

 私は荷物か。お腹苦しい……。

 側で見ていたコーネリアス公爵も、さすがにこれは駄目だと思ったのか、アルベルト殿下に声をかけてくれたが、殿下は完全に無視。
 そのまま城に向かって歩きだした。
 コーネリアス公爵は追いかけてこようとしてくれていたが、最終的には何も言わずに私達から視線をはずすと部下たちに指示を出しに行ってしまった。

 お願い……誰か助けて……もうコーネリアス公爵でもいいから着いてきて…。
 最後にちらっと見えた公爵家の御者の彼が、オロオロとこちらを見ていた。オロオロしてないで助けて!本当に!!


 殿下に担がれ運ばれる最中、城内で働く人達に何人も会っているのに、皆気づかないフリをしてお行儀良く礼だけすると、何事もなく通り過ぎていく。

 お願いだ、誰か止めてくれ。

 そうこうしている間に、アルベルト殿下の私室に着いた。
私を担ぎながら器用にドアを開けて中に入ると鍵を閉める。

 …鍵、閉めた。内心めちゃくちゃ冷や汗かいてる。

 そうして恐怖でドキドキしていると、ドサッとベッドに放り投げられた。素早く起き上がろうとした私を阻止するかのように、殿下が私に馬乗りになる。

 こ、これはもしや、このままベッドで殺される…?
 冷や汗がダラダラと流れてくる。
 つい先程まで夢見ていた国外の旅は強制終了。あっという間に連れ戻され、何の話をすることもなく、このまま殺される……?
 コーネリアス公爵がしきりに戻れと言ってたのは、結局こういうこと?じつは全員グルで、私を亡き者に?

 これはもう最悪の中の最悪の展開では?
 それともこれも私の悪役令嬢パワーのせいだってこと?


「……エルメア」
「は、はい」
「私は、君を……」


 片手で両腕を押さえつけられた、もう、もうこれはもうそういうことだ。

 君を、殺す。
 とかそういうことでしょ?もうそういうことだよね?

 アルベルト殿下のもう一方の手が私の顔に近づいてきた瞬間、私は目を瞑って思わず叫んだ。


「殿下、ひと思いにお願いします!いっそ苦しませず!ひと思いに!どうか!!」
「………は」
「息の根を止めるのならば!どうかひと思いに!」


 私は恐怖で叫ぶ。
 その間ずっと目を瞑っていたのだが、何も起こらない。しばらく待ってみたが、やはり何も起きない。
 なんだ?と思って片目だけそろりと開けてみると、アルベルト殿下は驚いた表情をして固まっていた。
 思わずこちらも両目を開いて見つめてしまう。な、なんだその顔。
 しばらく二人で見つめ合っていると、ひどく悲しげな顔をした殿下はのろのろと私から離れた。

 ……なんだか、13年間一度も見なかったような顔を、今日一日で何個も見ている気がする。
 殿下が離れたので、私も上体を起こすと、アルベルト殿下はベッドの端に座り、頭を抱えていた。


「で、殿下?」
「……私は君から、君を殺すような人間だと思われてるんだな」
「え、あいや、それは」
「…………こんなことをしていれば嫌われても仕方ない、でもこれからいくらでも一緒にいられる、信頼はきっと回復できる。
 だから1年は仕方ないと思っていた。……でもここまでか?この1年で?……私が君を、君を殺すと?」


 まあ、ちょっと、思ってる。
 項垂れながら話すアルベルト殿下に対して、そう思ってますとはさすがに言えずにいると、アルベルト殿下は頭をぐちゃぐちゃとかき乱しながら長く息を吐いた。
 そのまま私に顔を向けると、静かに声を出した。


「……先に言っておく、私は君を殺さない」
「え、あ、よかったです……?」
「そして君が一人国外へ行くことも許可しない」
「えっと……殿下?」
「………私は今後、君から離れるつもりはない、知っておいてくれ」


 とりあえず、命の危険は去ったってこと…かな?同時に国外への夢も潰されたが。
 

「……すべて話す」
「……すべて話す、とは?」
「今日起きたこと、今日までのこと、すべてだ」


 そう言って私の目を見たアルベルト殿下は、昔からよく見ていた、いつもの無表情だった。
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