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こっそり見えないところでたつ

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 文化祭まで、あと2週間。
 その長さが長いか短いかはさておき、それまでにはさすがに元にもどっているだろう、と二人とも思っていた。

(そうじゃねーと、こまる)

 現在は使われていない旧校舎の、赤い鉄のサビが目立つ非常階段の下。
 一回の踊り場の部分に外側から指をひっかけて、スムーズに懸垂けんすいしているJKがいる。

(ふっ、ふっ、ふっ)

 これは世良せらのトレーニングのひとつだ。
 もちろん、ケンカのための努力である。しかし、地道にがんばっているところを人にみられたくないので、世良は誰も近づかないこの場所をえらんでいた。

「ふーっ……。あと30……」

 そこに足音。

「元気のいいお嬢さんだ」
「あっ」

 反射的に、世良は彼の名前を呼びそうになった。
 この学校の元・番長。180センチをこえる大男。

「失礼」

 かしゃんと金属の音がして、彼の口元から白いケムリがあがる。
 タバコだ。
 未成年は購入できないし、当然、大人に見つかったときのペナルティはかなり重い。にもかかわらず、彼はっている。
 頭は茶色がかったオシャレなソフトリーゼント。

「おまえ、おれがこわくないのか?」
「あん?」

 懸垂をつづけていた世良が、肩ごしに彼に視線を向けた。

「いや、こんな近くで不良がタバコをすいだせば、ふつーは逃げるもんだ」

 ふーっ、と世良とは逆に顔を向けて、白いケムリをはきだす。

「ナニモンだ? 興味がわく。よかったら名前を教えてくれや」
「それよりアンタ、そいつは体に悪いっスよ」
「ははは」

 ソフトリーゼントの頭を「まいったな」という表情で左手でおさえる。

「世良みたいなことを言う。一気にタバコがまずくなった」

 胸元から携帯灰皿をとりだして、まだじゅうぶんに長いそれをほうりこんだ。

「ちょっと、ここに来いよ」

 口調はおだやかで少し笑ってさえいるが、目はおそろしく冷たい。
 それはそうだ、と世良は思う。
 かりにも学校で番をっていた人間が、下級生に「アンタ」なんて言われて聞き流せるわけもない。
 指先から力を抜いて、すたっ、と地面におりた。スカートの中に空気がはいって、クラゲのようにふくらむ。

「おれを……シメようってんですか?」
「女で『おれ』とか言うのは、感心しねぇなあ」
「なーにを言ってるやら。今はあれっスよ、ほら、タヨーセーの時代ってヤツで―――――」

 先制攻撃で最速の右ストレートをあごにたたきこむ。
 そのイメージはみえていた。
 以前は、それで勝った。
 高二の春、おれはこの人を一発でKOしたんだ。それで番長は代替だいがわりした。


「みくぴ~~~~~~~~~~!!!」


 世良の目の前にいる大男の背後で、手をぶんぶんふっているツインテールの女子。
 こっちに走ってくる。
 と、数メートル手前で立ち止まった。

(あ、あれっ⁉ やっとみくぴを見つけたから思わず駆け寄ったけど……こ、これは……人気ひとけのない場所――男女で一対一――どことなくマジな雰囲気――とくれば、もしかして告白?)

 お邪魔しちゃったかな、と美玖の親友のモカはあとずさった。
 男がふりかえる。
 彫りの深い、どこか欧米風のイケメン。モッズの服が似合いそうなクールなソフトリーゼントで、しかも長身。

(か、かっこええ)

 キュンキュンきた。
 モカこと井川いがわ友香ともかは、彼が元・番長であることを知らない。

「邪魔が入ったな」
「はっ。アンタにとっちゃ、ラッキーだったぜ。あとであの女に、ちゃんと礼を言っといてくださいよ」
「クチのへらないヤツだ」

 すれちがう数秒間に、彼と世良はこんな会話をした。
 モカにはそれはきこえず、遠ざかっていく彼の背中がみえるだけ。
 たたた、と世良に近づき、

「フッた? フッた?」

 とブレザーのそでをつかみながら、うれしそうに言う。

「いや……あのなぁ……あの人は」
「ほーんと、みくぴって悠馬ゆうまクンに一途だよねぇ~~~」
「だから、今のは」

 そういえばっ‼ と、モカは急に真剣な顔になった。

「うまくいってる? あの日の告白から、もう何日かたったけど彼とは順調なの?」

 あ、と世良は思わず大口をあけた。

(そうか。こいつは、まだ美玖みくの告白が成功したって思ってるのか)

 そでをつかんでいたモカの手が、すっ、と弱くなった。

「あのね、私に気をつかってるとかなら……べつにいいんだよ? 私だって、ステキな王子様をみつけちゃうんだから」
「モカ」
「それとも、悠馬クンに冷たくされたりしてるの? 見た感じ、あんま彼からラインとかきてないように見えるんだけど……」

 ラインどころか、そもそも告白は大失敗している。
 しかし世良はうろたえない。
 帳尻ちょうじりは、あとで合わせればいいのだ。
 腕を組んで、おちついた面持おももちでこう言った。

「心配するな。うまくいってるに決まってるだろ? もう、やりまくりよ」
「や………………って、えーーーーーっ!!!???」

 世良の知識では、カップルは〈やるもの〉なのである。
 自分はさておき、性欲バリバリのこの年頃で、プラトニックなどおよそありえない。

「や、や、私のみくぴが……は、はっふぅう~~~」
「おい大丈夫か」

 赤面してよろめいたモカが世良に抱きかかえられたそのとき、
 ここにも、赤面している女子がいた。

(めっちゃ、さわってくる)

 放課後の家庭科室。
 顔を上気させた美玖(体は世良)と、もう一人は、

役得やくとくじゃ役得じゃ~」

 ダーク系女子の、クラスメイトの宇堂うどう璃々亜りりあである。

「しかし、さわればさわるほど、鋼鉄のような胸板。うむ。これなら現・番長というのもうなずけるのぅ」
「あの……宇堂サン? できればおさわりはほどほどに……」
「わかっておる」

 二人きりの家庭科室で、美玖はイスにすわっていて、そばのテーブルの上には紙が何枚かとペン。宇堂の手には手芸用のメジャー。

「でわ、お立ちあれ」
「えっ?」
「お立ちを」

 やばい。
 やばすぎ。
 やばさULTRAMAX。

(ちょ、ちょっと待って)

 さっきからの執拗なボディタッチで、いうまでもなく、美玖はギンギンだった。
 服の上からでもわかるほど、下半身は絶好調である。

「いたた、なんかフトモモのところがつっちゃってて。10秒でいいから、時間くれないかな?」
「ほほう」
「ほんとだよ?」
「わたくしはてっきり……陰茎いんけい膨張ぼうちょうで立てぬのかと」

 まっ。
 女子が「いんけい」だなんて……いやいや、そんなことを気にしている場合ではない。
 テキサス……テキサスの広大な大自然を……遠くに青い山があって、手前には西部劇でみかけるよくわからないクサみたいなヤツがころがってて……。

(ん?)

 すっ、とスマホがさしだされた。

「みよ。わたくしの作品なのじゃ」

 コスプレだ。
 アニメやマンガにそれほどくわしくないのでなんのキャラかは不明だが、一目で〈萌えキャラ〉とわかる。派手な髪の色に、非現実的な服装とアクセ、かつ露出多し。 

「すごっ。まじ?」
「あたぼうよ」
「この人はモデルさん? スタイルよすぎ。顔も美人すぎ。てか……これって目の部分、加工してるよね?」
「してないのだな、これが」
「またまた」

 よっ、と居酒屋のノレンをめくるかのぐとく、宇堂が目の下まで垂れている前髪をめくった。
 その右目。
 美玖はおどろいた。
 まったく同じ目だった。このコスプレイヤーさんと。

「え? えーと……、ということは、宇堂さんは……」
「わたくしはかげなるレイヤー。他言は無用ぞ」
「そうなの? バレたほうが、人気者になれるのに」

 意外な事実を知った。
 文化祭で着るセーラー服をレンタルとかじゃなく彼女が〈仕立てる〉っていうことだけでも衝撃的だったのだが。
 びっくりのおかげで、下のほうがおちついてきた。
 美玖は、立ち上がる。

「さて……役得のつづきをば」
「ちょっ!」

 美玖は声をださずにいられなかった。
 あきらかに、宇堂が指をワキワキしていたからだ。
 そしてその、敏感な部分の数センチとなりを、これでもかというほど美玖はタッチされた。

(やっぱりつんかい!)

 この現象を、ミリ単位で採寸する宇堂が気がつかないわけがない。

(……武士の情け)

 と、あえてスルーしたのだ――と、無言の空気で伝わってきて、美玖は情けない思いだった。
 が、すでに立っているときにアレがってきても、そんなにつらくないことがわかった。ポジションをととのえてやれば、あとはズボンの中にタテにきれいにおさまってくれるようだ。
 男の子の仕様しようをひとつ学んだ美玖であった。

・・・

南雲なぐもさん」
「うるせぇ。まずはタバコすわせろや」
「この女なんですが……なんとかなりませんかね、あなたのお力で」
「また女か。今日は、どうも女運おんなうんがわるいようだな」

 むっ、と南雲の片目が細まる。

「おれたちの仲間がこいつにやられまして……ガラを狙ってるんですが、ちっともスキがなくて手を焼いてるんです」
「たしかに、こいつはおまえらの手には負えねぇだろうよ」
「やって――いただけますか?」
「その前に世良だ」
「はい?」

 ふーっ、と白いケムリを、うすぐらい部屋の天井に向けてはきだした。

「おれから番長の座をうばったあいつをヤるのが、先さ」
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