正しい恋はどこだ?

嵯峨野広秋

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12月24日

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 カーテンの向こうは、まだ暗い。
 デジタルの目覚まし時計をみると〈4:44〉。おいおい……めっちゃ不吉ふきつな数字じゃないか。
 ちょっと早く起きすぎたみたいだ。
 と言って、二度寝もできそうにないし。

ゆうの夢を見てた気がするな――おぼえてないけど)

 とりあえず起きて、朝食の時間まで勉強することにした。


「アンタ、中身がスッカスカじゃん」


 はは……いつだったか、あいつにそんなことを言われたっけ。
 また同じことを言われないように、少しは努力しないとな。
 こんな、みんなが寝静まってる時間帯に机に向かうなんて、久しぶりだ。
 たぶん高校受験のとき以来だな。


「うっそ!」


 と、当時の勇はおどろいた。
 担任も、あまり態度には出さなかったけど、おどろいた。
 父さんは「そうか」って言って、おどろきはしなかった。
 勇が「バドミントン部が強いから」という理由でえらんだ、偏差値がちょっとだけ高めの高校。
 おれもそこに、進学することにしたんだ。
 おれの成績では合格なんて絶対にムリだって言われたところに。


「信じらんない! やったじゃん、正!」


 合格発表の日。
 ハードな勉強の日々の反動で、体調をくずしていたおれに満面の笑みで報告しにきたあいつ。
「マークシートの神様が、おりてきたんだな」と、ベッドに寝そべったままでおれは言ったんだ。
 そしたら、すぐに、


「バカ! 私のおかげでしょっ!」


 大声でどなられた。
 でも大声だけど、かすかにふるえているような、微妙な感じ。
 おいおい。
 たしかにおまえに勉強とか試験の対策を教えてもらったりしたけど、おれの努力を認めてくれたって……と、寝たまんまで抗議の視線を向けたら、勇の目がうるんでいたのが見えて、何も言えなくなった。


(おまえのおかげだよ)


 実力でもラッキーでもどっちでもいい。
 とにかくおれは、おまえと同じ高校がよかったんだ。
 ここでもう、答えは出てた。
 何も迷うことなく、ためらわず、こわがらず、おれから告白できていれば――――

「あ」
「……おはよ」

 リビングで朝食をとっていると、勇が起きてきた。
 グレーのパーカーに下はショートパンツ。パーカーのたけが長いのか、ショーパンの丈が短いせいか、下になにもはいていないように見えてしまう。

「おはよう。早いな」
「アンタこそ」

 今日、祝日じゃないけど、たまたま家族全員ここにいる。
 だから切り出しにくい。
 いきなり「ごめん」とか言いだしたら、いったい何事かと思われてしまう。
 まずは様子見ようすみか。

「クリスマスだな」
「そうだね」
「おっ。ほら、天気予報が今日は〈くもり〉だってさ。で、夜に雪がふるかもって言ってるぞ」
「ふーん」
「ドキドキしないか?」
「ホワイトクリスマス?」勇は窓のほうへ視線を向けた。「バカみたい……」

 バカってなんだよ、っておれは反論する気マンマンだったんだが、父さんにクリスマス公演の話をふられてしまった。
 がんばれよ、と応援されて、勇のお母さんもエールをくれる。
 明日、ホールの上演を録画した動画を家族みんなで見よう、という話になったとき、勇はもうそこにいなかった。

(おれをけてるのか?)

 だとしたら、強引にあいつの部屋に押しかけるのも考えものだ。
 なやむ。
 緊張もしてきた。
 あの大きなホールでたった一人で舞台に……ナルシストだから「おれをみてくれ!」っていう気持ちはそこそこあるものの、視線の数がケタちがいだ。それに、お客さんは演劇がみたいのであって〈おれ〉が目的じゃない。中には観劇かんげきのベテランだっているだろう。演劇部のみんなも期待していると思う。ハードルはかなり高いところにあり、おれはそれを越えなければならない。

(今さら演技のテクニックとか知ったって、つけ焼きだしな……どうしたらいいんだ)

 そんな緊張を、ときほぐしてくれるヤツらがきた。

「うぇーい」

 ラインがきて、玄関のドアをあけると児玉こだまがいた。黄色いダウンコートをラッパーみたいに着こなしてる。

「わるいな、急におしかけて」

 紺野こんのもいる。こっちはシックな黒のロングコート。
 まあ上がってくれよ、とおれは二人を自分の部屋にあげた。
 時刻は〈10:00〉ぴったり。

「どうしたんだ? おれ……今日は遊びとか合コンはいけないぞ?」
「わーーーってるよ!」児玉があぐらをかいたまま、指をパチンと鳴らす。「打ち入りだべ。打ち入り」
「うちいりって……武士が剣もってやるやつか?」
「それは赤穂浪士あこうろうしだな」と紺野が冷静につっこむ。「カズが言ってるのは、打ち上げの逆の、これから何かをするぞってときにみんなでやる飲み会のことさ」
「飲みって……べつにカタいこと言うつもりはないけど、今日はちょっとな……」
「知ってるぜぃ。じゃーん」と、児玉が袋から何か出す。「これなら、ちょっとはアガるっしょ?」

 シャンパン? いや、これはシャンメリだ。

「おれもカズも用事があって長居ながいはできないが、せめて祝わせてくれ」
「紺野……」
「そーだっつーの。ショーの記念すべき初主演の舞台なんだろ?」
「児玉」

 こいつは紺野より、つきあいが一年長い。
 中学からの友だちも知り合いも一人もいなかったおれに「おめーカッコいいじゃん」と、声をかけてきた出席番号がひとつ前の男。それが児玉だった。
 がしっ、と無言で握手する。
 女グセがわるいとか浮気っぽいとかで女子からの悪評あくひょうは絶えないが、こんなふうに友情にアツい、いいヤツなんだ。
 紺野とも握手したあとで、おれは言った。

「二人とも、ありがとな。でも、わるいけどシャンメリはやめとくよ」
「へっ? 正、これキラいなん?」と、児玉がビンを持ち上げて言う。
「うーん……これ飲むと、あとで少し目がはれたりするだろ? ちょっと充血じゅうけつしたりとか」
「まてよ、正。ひょっとしてアルコールとカンちがいしてないか? これはシャンパンの雰囲気を楽しむだけの、ただのジュースだぞ?」
「ジュースなのは知ってるよ。成分なのか材料なのかは知らないけど、前に勇がそうなったからさ……」

 児玉と紺野が、おたがいにキョトンとした顔で見合っている。
 何秒かしたあとで、紺野が質問してきた。

「…………それって、いつの話だ?」
「おれにはじめての彼女ができて、あいつが祝ってくれたときだよ」

 先に紺野がニヤッ、おくれて児玉がニヤァ~、という表情になった。
 なんだ?
 二人とも「そういうことか」って言いたげな顔してるけど……

「正。幼なじみを大事にしろよ」
「え? おい紺野、どういうことだよ」
「あーあ、一気に食欲なくなったわ。ポテチ一枚も入らねー。ごちそうさん、だぜ……まったく」
「説明しろって、児玉」

 結局、大事なところはハグらかされてしまう。
 そこから二時間ぐらい学校の休み時間みたいなおしゃべりをして、あいつらは帰っていった。
 帰りぎわに玄関で、

「そういえばゆうのヤツが言ってたな。彼氏とクリスマスの予定でモメたって」

 と言われて、おれはすぐにモメたわけがわかった。

「あっ! それ、おれのせいだ」

 紺野の妹の優ちゃんに、今日の公演のチケットをおくったことを伝える。

「なるほど、正が招待したのか。それで昨日、ホールの場所を知ってるかおれに聞いてきたんだな」
「場所を? ってことは、優ちゃんは来てくれるってことか?」
「だろうな」
「……彼氏にわるいことしたな」
「気にしなくていいさ。彼氏のほうには、おれからうまく言っておくよ」

 家の前に立って、二人を見送った。
 ふう……。
 あいつら、これから彼女とデートなんだよな……うらやましいよ。
 リビングでかるく昼食をとって部屋にもどると〈13:00〉。もうこんな時間か。
 クリスマス公演の開始は18時で、現地集合の時間は16時。そろそろ出かける準備をしなければいけない。
 おれは早歩きで、勇の部屋にいった。

(反応がない……。ムシしてるっていうより――)

 やっぱり。
 ドアをあけて中をのぞくと、部屋はカーテンがしめられていて暗かった。無人だ。昼食のとき、家のドアをめする音がしたみたいだったけど、やっぱりあのときに勇は外出していたんだ。
 出かけるね、ぐらい言ってくれよ……。

(プリンでも買いにコンビニでも行ったか? いや、そういえば)

 クリスマスイブの予定について、まえに勇が何か言っていた。
 ふいに窓の外から、うるさい音。バイクの音だ。
 バイク…… 

(勇‼)

 カーテンをあけて、窓もあけて外をみる。
 やはり、乗っているのは星乃ほしのじょう
 家の前の道を、さっそうと、横切るように走ってゆく。
 白いダッフルコートを着た女の子と二人で。

「勇――――っ‼」

 おれは叫んだ。
 届いたのかどうか、一瞬、赤いバイクのうしろに乗る勇の頭がこっちに向いた。
 もう追いかけたって、どうにもならない。
 体がボロボロになっても、あいつらを追いかけたい気分だが…………

(くっ!)

 床にくずれるように座りこんで、力任せにクッションをたたいた。
 おれは、何をやってるんだ。
 なさけない。
 いくらでも、あやまれるタイミングはあっただろ?
 幼なじみだからって、その関係性に甘えていたんじゃないのか?
 おれを本当に嫌いになるはずがない、おれを裏切ることはない――って一人で勝手に思いこんで。

(おちつけ)

 こんなんじゃ、今日呼んだ元カノ全員をウンザリさせてしまう。
 もちろんしょうも。
 おれは、立たなきゃいけない。
 このあと大事な〈告白〉があるんだ。

(……ん?)

 立つとき、勇のクローゼットが目にとまった。両開きの真ん中のところから、服がすこし外にはみ出している。
 直してやるかと、そこをあけると、

(子供服?)

 どう考えても勇じゃ着れないサイズの服だった。
 赤い服。
 赤い……まてよ……

「あら? どうしたの正ちゃん。勇の部屋で」

 あけたままのドアの近くから、おれに声がかけられた。

「お母さん!」おれは服を手にしたまま、母親に詰め寄った。「これ……この服は、勇のですよね?」
「もちろんよ。おぼえてない? むかし、勇はよくこの服を着ていたの」

 お母さんが、ぱちっ、とウィンクした。

「それにね……勇が、正ちゃんとはじめて出会ったときに着てた服でもあるのよ」
「はじめて出会ったとき、ですか?」
「その服で、二階にいた正ちゃんを見上げたんだって」

 ‼
 思い出した!
 そうだ! たしかに、そうだった! 二階から、あいつを見た!
 お母さんに服を手渡して、あわてて部屋にもどる。

(やっぱり。あの場所だ。あそこに翔が立っていた。子どものころの勇と、まったく同じところに――)

 だからあの〈見つめ合い〉は特別だったんだ。
 勇とも、〈見つめ合った〉ことがあったから。
 おれが一目ぼれしたように感じたのは……翔だからということだけじゃなく……遠い記憶の勇がそこにいたせいでもあったのか。
 スマホを手にとった。
 勇にメールする。
「きてくれ」と言いたい気持ちをぐっとこらえて、ただ公演の時間と場所だけを送った。

「正。そろそろだよ」

 片切かたぎりが耳元でささやく。
 出番のときがきた。
 舞台の上に、たった一つのスポットライトが明るく照らされている。
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