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第137話 予言の書(1)
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「あの人って、ジールのことだったのか?」
城の廊下を歩きながら、レリエルが聞いてくる。アレスはレリエルと共に帝国宰相の執務室に向かっていた。
「うん、まだもらってなかったご褒美を決めたって言いに行く。あんまり遅くなると忘れられちゃうかもしれないしな!」
ちなみに天使殲滅から一ヶ月半が経っていた。レリエルはうーん、と考える顔をする。
「でも、いっぱいお金をもらったんだろ?欲深過ぎるんじゃないか?」
「よ、よくぶかって。俺たちは人類救ったんだぞ、我が儘くらい言わせてもらう!俺はレリエルと結婚したいんだ!」
宰相の執務室に辿り着き、ドアをノックした。
「第四騎士団所属のアレスです、宰相にお話が……」
ドアが向こうからいきなり開かれた。
「救世主!久しぶりじゃのう!」
ドア開けたのはこの国の皇帝、プリンケだった。長い水色の髪を今日は頭上で縛ってピンク色の大きなリボンをつけている。その背後には褐色美女の護衛騎士、ユウエンがいた。
「へ、陛下!?」
「レリエルもいるのか、ちょうどいい!入れ入れ」
プリンケに促され、アレスとレリエルは宰相室に入室する。
机の向こうに立つジールが、聞いてもいないのに言い訳してきた。
「言っておきますが陛下が勝手にやって来たんですからね!私に用がある時は私の方をお呼びつけ下さいといつも申し上げているのに、陛下がいらしてしまうんです!君臣の礼を弁えてないのは陛下なんですよ!」
「相変わらずうるさい男じゃのう」
「ただでさえ私のこと、幼帝を操る悪の宰相とか思ってる方がいるんですから、皇帝らしく偉そうにしていただかないと困ります!」
「小さい男じゃのう、つまらんことを気にして!それよりちょうど今、レリエルのことを話しておったのじゃ」
「僕のこと?」
「余はどうしても、そなたと大浴場に入りたいのじゃ!」
プリンケの言葉に、レリエルはあからさまに呆れたような態度を示す。
「まだ諦めてないのか?だから、羽が生えてるんだよ僕は。いくら僕の羽が小さくても、あの変な体にピッタリするシマシマの服じゃ隠しようがない、天使だってバレちゃうじゃないか」
アレスがのけぞる。
「レ、レリエル、馬鹿っ!なんだその言葉遣い、皇帝陛下だぞ!」
「構わん、構わん、余は気にしないぞ。言葉遣いも羽も!」
「プリンケが気にしなくても、他の人間は気にするだろ、羽」
そこでプリンケは得意げな顔になる。
「だから余はここにいるのじゃ。ジールと一緒に、どうしたら皆の衆がレリエルの羽を気にしなくなるか、毎日計画を練っているのじゃ!」
ジールはため息をつく。
「そうですよ、最近ずっと私はそのために骨を折ってるんです。まあ段取りはもう出来ました。なんとかなりそうですよ、これでレリエル君は堂々と羽を晒して生活できるようになるんじゃないですかね」
アレスは耳を疑った。レリエルが人間社会で羽を隠さずに生きていけるなんて、想像もしていなかった。生涯レリエルとその秘密を守っていこうと思っていたが、羽を隠さずにいられるなら、それがもちろん望ましい。
「ほ、ほんとですか!?そんなことが可能なんですか!?」
「言ったでしょう、私は割となんでもできるんです、帝国宰相なので。ところでアレス君の御用はなんですか?」
あ、とアレスはここに来た目的を思い出す。襟を正し、少し緊張した面持ちで告げる。
「天使殲滅の褒美、思いつきました。私はレリエルと結婚したいです。同性同士の結婚を認めて下さい!」
プリンケは瞳を輝かせる。傍らのユウエンの騎士服の裾を引っ張り、囁く。
「聞いたかユウエン!やりおるな救世主も、男じゃのう!おお、そうなったら余もユーエンと結婚できるな!」
ジールは頬を引きつらせた。
「あなた方が結婚するためだけに、この国の結婚制度を変えろ、と?」
「お願いします!」
アレスは深々と頭を下げた。ジールはため息をついて布ベールの中の前髪をかきあげる。
「まったくもう、陛下といい救世主さんといい私に難題ばっかり押し付けるんですから……。仕方ありません、面倒ですがなんとか法律変えましょう。同性婚を認めてくれ、って要望はたまに上がってきますし、良い機会かもしれませんね。あ、陛下はだめですよ、お世継ぎを産んで頂かないといけませんので、ちゃんと男性と結婚してくださいね」
「な、なんと意地悪な男じゃ!」
むくれるプリンケを無視したジールは、不意に何やら思いついた顔つきになる。
「アレス君とレリエル君の結婚式……。ふむ、いいかもしれません……」
ジールは急に機嫌の良さそうな笑みを浮かべた。
「世界を救ってくださったアレス君の頼みとあらば、なんだって致しますよ!お任せ下さい、羽を堂々晒して素敵な結婚式をあげましょう!」
「は、はい、お願いします!」
ジールに若干の怪しさを感じつつも、アレスは大きな声で返事する。
レリエルもきっと喜んでいるだろうと思って振り向く。
だがレリエルはなぜか、むしろ不安そうな顔をしていた。
「どうしたレリエル!?」
「僕は別に、羽を人間たちに見せたいなんて思ってない……。僕が天使だって知ったら、人間たちは僕のこと、憎んだり怖がったりするだろう?また僕は……」
「レリエル……」
レリエルの不安はもっともだった。天使社会で矮小羽を理由に差別されていて、今度は人間社会で天使として憎悪の対象になるなんて耐えられないだろう。
そこでジールがふふっと笑った。
「帝国宰相の力を舐めないで下さい。これを見て下さい」
ジールは机の脇の鍵付き戸棚を開けると、筒状に丸められた巻物を取り出した。その巻物を机の上に広げる。
覗き込むとそれは、上質な古代紙に描かれた神話の一幕のような絵だった。絵の背景余白には細かな古代文字で文章が書かれている。
絵の左半分には、大きな天使風の翼を生やした悪魔の軍勢がいる。背中の翼こそ白く大きな鳥の翼でいかにも「天使」風なのに、顔は鉤鼻に尖り耳、角や牙の生えた、凶悪な悪魔そのものの顔をしている。
右側には、その軍勢に立ち向かうように一人の男が剣を構えている。筋骨逞しい英雄の姿で描かれている。
そして英雄の後ろの上空に、小さな白い翼を生やした、女性のような面立ちの天使が飛んでいる。まるで英雄を守護するように。
ジールが説明をする。
「『偽天使の悪魔軍と戦う一人の英雄。守護天使と共に』と題されています。『魔界より来たりし大きなる翼の偽天使の悪魔どもが人類を脅かすも、小さき翼の真の天使に加護されし英雄がそれを討ち滅ぼすの図』と背景の古代文字に書かれています」
アレスはごくりと喉を鳴らす。
「これは一体……」
「古代の予言絵巻です。帝国の宝物庫に保管されていたものです。ここに、大きい羽の天使は偽天使の悪魔で、小さい羽の天使が本物の天使、と予言されていました」
「そんなものが!?」
プリンケがにこにこと解説した。
「余の三十六代前のトラエスト皇帝が、大層な空想癖と絵心があっての!いろんな物語を想像しては絵にしておったのじゃ」
アレスは頭の中で、プリンケの言葉の意味を吟味した。
「……それってただの、皇帝の趣味の道楽絵では……」
「予言の書です」
ジールが厳かに断言した。
「いやいやっ!」
プリンケは楽しそうに話す。
「他にも『赤い翼の悪魔と戦う英雄』やら『巨大髑髏女と戦う英雄』やら『双頭のドラゴンと戦う英雄』やら、面白い絵がいっぱいあってのう!どの絵にも小さい翼の天使が英雄に付き添っておって素敵なのじゃ」
「そんな道楽絵をどうするつもりなんですか宰相!」
城の廊下を歩きながら、レリエルが聞いてくる。アレスはレリエルと共に帝国宰相の執務室に向かっていた。
「うん、まだもらってなかったご褒美を決めたって言いに行く。あんまり遅くなると忘れられちゃうかもしれないしな!」
ちなみに天使殲滅から一ヶ月半が経っていた。レリエルはうーん、と考える顔をする。
「でも、いっぱいお金をもらったんだろ?欲深過ぎるんじゃないか?」
「よ、よくぶかって。俺たちは人類救ったんだぞ、我が儘くらい言わせてもらう!俺はレリエルと結婚したいんだ!」
宰相の執務室に辿り着き、ドアをノックした。
「第四騎士団所属のアレスです、宰相にお話が……」
ドアが向こうからいきなり開かれた。
「救世主!久しぶりじゃのう!」
ドア開けたのはこの国の皇帝、プリンケだった。長い水色の髪を今日は頭上で縛ってピンク色の大きなリボンをつけている。その背後には褐色美女の護衛騎士、ユウエンがいた。
「へ、陛下!?」
「レリエルもいるのか、ちょうどいい!入れ入れ」
プリンケに促され、アレスとレリエルは宰相室に入室する。
机の向こうに立つジールが、聞いてもいないのに言い訳してきた。
「言っておきますが陛下が勝手にやって来たんですからね!私に用がある時は私の方をお呼びつけ下さいといつも申し上げているのに、陛下がいらしてしまうんです!君臣の礼を弁えてないのは陛下なんですよ!」
「相変わらずうるさい男じゃのう」
「ただでさえ私のこと、幼帝を操る悪の宰相とか思ってる方がいるんですから、皇帝らしく偉そうにしていただかないと困ります!」
「小さい男じゃのう、つまらんことを気にして!それよりちょうど今、レリエルのことを話しておったのじゃ」
「僕のこと?」
「余はどうしても、そなたと大浴場に入りたいのじゃ!」
プリンケの言葉に、レリエルはあからさまに呆れたような態度を示す。
「まだ諦めてないのか?だから、羽が生えてるんだよ僕は。いくら僕の羽が小さくても、あの変な体にピッタリするシマシマの服じゃ隠しようがない、天使だってバレちゃうじゃないか」
アレスがのけぞる。
「レ、レリエル、馬鹿っ!なんだその言葉遣い、皇帝陛下だぞ!」
「構わん、構わん、余は気にしないぞ。言葉遣いも羽も!」
「プリンケが気にしなくても、他の人間は気にするだろ、羽」
そこでプリンケは得意げな顔になる。
「だから余はここにいるのじゃ。ジールと一緒に、どうしたら皆の衆がレリエルの羽を気にしなくなるか、毎日計画を練っているのじゃ!」
ジールはため息をつく。
「そうですよ、最近ずっと私はそのために骨を折ってるんです。まあ段取りはもう出来ました。なんとかなりそうですよ、これでレリエル君は堂々と羽を晒して生活できるようになるんじゃないですかね」
アレスは耳を疑った。レリエルが人間社会で羽を隠さずに生きていけるなんて、想像もしていなかった。生涯レリエルとその秘密を守っていこうと思っていたが、羽を隠さずにいられるなら、それがもちろん望ましい。
「ほ、ほんとですか!?そんなことが可能なんですか!?」
「言ったでしょう、私は割となんでもできるんです、帝国宰相なので。ところでアレス君の御用はなんですか?」
あ、とアレスはここに来た目的を思い出す。襟を正し、少し緊張した面持ちで告げる。
「天使殲滅の褒美、思いつきました。私はレリエルと結婚したいです。同性同士の結婚を認めて下さい!」
プリンケは瞳を輝かせる。傍らのユウエンの騎士服の裾を引っ張り、囁く。
「聞いたかユウエン!やりおるな救世主も、男じゃのう!おお、そうなったら余もユーエンと結婚できるな!」
ジールは頬を引きつらせた。
「あなた方が結婚するためだけに、この国の結婚制度を変えろ、と?」
「お願いします!」
アレスは深々と頭を下げた。ジールはため息をついて布ベールの中の前髪をかきあげる。
「まったくもう、陛下といい救世主さんといい私に難題ばっかり押し付けるんですから……。仕方ありません、面倒ですがなんとか法律変えましょう。同性婚を認めてくれ、って要望はたまに上がってきますし、良い機会かもしれませんね。あ、陛下はだめですよ、お世継ぎを産んで頂かないといけませんので、ちゃんと男性と結婚してくださいね」
「な、なんと意地悪な男じゃ!」
むくれるプリンケを無視したジールは、不意に何やら思いついた顔つきになる。
「アレス君とレリエル君の結婚式……。ふむ、いいかもしれません……」
ジールは急に機嫌の良さそうな笑みを浮かべた。
「世界を救ってくださったアレス君の頼みとあらば、なんだって致しますよ!お任せ下さい、羽を堂々晒して素敵な結婚式をあげましょう!」
「は、はい、お願いします!」
ジールに若干の怪しさを感じつつも、アレスは大きな声で返事する。
レリエルもきっと喜んでいるだろうと思って振り向く。
だがレリエルはなぜか、むしろ不安そうな顔をしていた。
「どうしたレリエル!?」
「僕は別に、羽を人間たちに見せたいなんて思ってない……。僕が天使だって知ったら、人間たちは僕のこと、憎んだり怖がったりするだろう?また僕は……」
「レリエル……」
レリエルの不安はもっともだった。天使社会で矮小羽を理由に差別されていて、今度は人間社会で天使として憎悪の対象になるなんて耐えられないだろう。
そこでジールがふふっと笑った。
「帝国宰相の力を舐めないで下さい。これを見て下さい」
ジールは机の脇の鍵付き戸棚を開けると、筒状に丸められた巻物を取り出した。その巻物を机の上に広げる。
覗き込むとそれは、上質な古代紙に描かれた神話の一幕のような絵だった。絵の背景余白には細かな古代文字で文章が書かれている。
絵の左半分には、大きな天使風の翼を生やした悪魔の軍勢がいる。背中の翼こそ白く大きな鳥の翼でいかにも「天使」風なのに、顔は鉤鼻に尖り耳、角や牙の生えた、凶悪な悪魔そのものの顔をしている。
右側には、その軍勢に立ち向かうように一人の男が剣を構えている。筋骨逞しい英雄の姿で描かれている。
そして英雄の後ろの上空に、小さな白い翼を生やした、女性のような面立ちの天使が飛んでいる。まるで英雄を守護するように。
ジールが説明をする。
「『偽天使の悪魔軍と戦う一人の英雄。守護天使と共に』と題されています。『魔界より来たりし大きなる翼の偽天使の悪魔どもが人類を脅かすも、小さき翼の真の天使に加護されし英雄がそれを討ち滅ぼすの図』と背景の古代文字に書かれています」
アレスはごくりと喉を鳴らす。
「これは一体……」
「古代の予言絵巻です。帝国の宝物庫に保管されていたものです。ここに、大きい羽の天使は偽天使の悪魔で、小さい羽の天使が本物の天使、と予言されていました」
「そんなものが!?」
プリンケがにこにこと解説した。
「余の三十六代前のトラエスト皇帝が、大層な空想癖と絵心があっての!いろんな物語を想像しては絵にしておったのじゃ」
アレスは頭の中で、プリンケの言葉の意味を吟味した。
「……それってただの、皇帝の趣味の道楽絵では……」
「予言の書です」
ジールが厳かに断言した。
「いやいやっ!」
プリンケは楽しそうに話す。
「他にも『赤い翼の悪魔と戦う英雄』やら『巨大髑髏女と戦う英雄』やら『双頭のドラゴンと戦う英雄』やら、面白い絵がいっぱいあってのう!どの絵にも小さい翼の天使が英雄に付き添っておって素敵なのじゃ」
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