禍ツ天使の進化論

空月 瞭明

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第133話 任務完了

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 どれだけの時間、眠っていたのかは分からない。
 とにかくアレスは、気絶していた。
 
 はっと目を覚ますと、黒い砂漠のごとき場所の中心に、たった一人で横たわっていた。

 起き上がって、周囲を見回す。
 見渡す限り、何も無かった。ただ黒く焦げた土だけ。
 あの世だと思った。
 自分は死んで、死後の世界に来てしまったのだろうと。

 だがぐるりと顔を巡らせ見上げた方向に、切り立つラック山脈の頂を見て、目をしばたたかせた。

(違う、死んでない。ここは!)

 カブリア王国だ。

 自らのセフィロトを確認した。十一に増えていたものが、十に減っている。
 ゆっくりと、理解する。
 魂自壊セフィラ・カタストロフが成功したのだ、と。

 自分はやり遂げたのだ、と。
 天使は跡形もなく、消え去っていた。
 普通の天使も、あの異形の新生天使達も、彼らの持ち込んだ物質も植物も、全て抹消した。

「やった……!」

 アレスは深い息をついた。
 
 勝ったのだ。人間が、天使に勝ったのだ。

 しかし。まさかこれ程の威力だとは。

 本当に何一つ、残っていなかった。
 天空宮殿も消えているが、カブリア王国の王城も消えている。
 赤い死の霧も消えているが、カブリア王国の長城も消えている。
 街も森も焦土に消え、山は禿山と化していた。

 王国の貴重な宝物、歴史的建造物、美しい自然。全てを失ってしまった。
 これでは一体、王国を救いに来たのか、滅ぼしに来たのか分からないではないか。

 世界を救った英雄は、うっかり大事な壺を割ってしまった子供のように、頭をかいた。

「怒られるかなあ……」

 そんなことを呟いた時。

「クルックー!アレス様、発見ー!」

 上空から、声が聞こえた。

「デポ!?」

 見上げると、飛行するレリエルと、飛空敷に乗ったヒルデと、巨大化デポに乗ったキュディアスとジールがいた。

「てか、みんな!?」

「おー、いたいた!よし、生きてたな!」

 とキュディアスの声。

 驚くアレスの目の前で、一行が地上に降りてきた。

 レリエルが目を潤ませながらアレスの体に飛びついた。

「アレス、生きてた……!すごい光が帝都からも見えて、魂自壊セフィラ・カタストロフだって思ったけど、でもあんまりにも大きすぎたから、もしかしたらお前死んじゃってるのかもと思った!ほんとにほんとに心配したんだぞ!」

「ははっ、まさかすぐ舞い戻って来てくれるなんて思わなかったよ」

 アレスはレリエルの肩をきゅっと抱き、頭を撫でた。
 目に涙をためたレリエルの唇に、優しく自分の唇を重ねる。
 レリエルは幸せそうに微笑むと、アレスから身を離した。
 背後の男たちにアレスを譲るように、下がる。

 アレスは城の男達に向き合った。
 宰相、騎士団長、宮廷魔術師長。
 アレスは背筋を伸ばし敬礼した。

 そして大事な報告をする。

「天使の殲滅とカブリア王国奪還、任務完了いたしました」

 キュディアスが口をぐっとへの字に曲げ、泣きそうな顔になった。

「アレスっ!お前ってやつぁ……!」

 そしてまたも、アレスに熱い抱擁をしかけようと歩み寄る。
 が、すっ、とヒルデがキュディアスを追い越した。

 ヒルデはアレスを固く抱きしめた。アレスは予想外の事にたじろぐ。

「よくやった……!お前は本当に、よくやった。お前はカブリアの誇りだ……!」

 その声が震えていた。ポタリ、と雫がアレスの首元に落ちた。
 ヒルデが泣いている。この男が泣くなんて。

「ヒルデ……」

 アレスは目を細め、友の肩を抱き返す。

「ああ、取り戻したぜ、俺達の故郷!土地以外ぶっ壊しちゃったけど……。ヒルデがいなきゃ出来なかった、ありがとな」

 同郷の友はひさしぶりの故郷の地を踏みしめながら、しばし抱擁し合った。

 やがてそこに、ものすごくすすり泣いている音が聞こえてきた。鼻をかんで、ひくひく泣いて、また鼻をかむ。

 この声はまさか……。

 やや引きながら、アレスとヒルデが身を離してその方向を見ると、やはり、ジールだった。
 ハンカチをぐちゃぐちゃにしながら、大泣きしていた。

「うっ、うっ。ほんとに、ほんとに、よかった!私の全政治人生の中でこれ程うれしいことはありません!なんでもあげますからねっ!どんなご褒美でもあげますから、なんでも言って下さいね!屋敷でも地位でもお金でも美人妻でも、なんなりとご用意しますよ、帝国宰相、割となんでも出来るんで……!あ、一発殴らせる約束も覚えてますよ!どうぞやっちゃって下さいね!」

「あ、ど、どうも、はい……。殴るのはやっぱもう、別にいいです……」

 キュディアスがむせび泣きながら、そんなジールの肩に腕を回した。

「泣きましょう、泣きましょう、今日は思いっきり泣きましょう!本当にアレスは最高の騎士だっ!」

 なんともむさくるしい泣き絵面であったが、そこに可愛らしい声が頭上の東方から聞こえてきた。

「レリエルさぁーん!アレス様ぁー!すごいですシールラ感動ですうぅぅう!」

「おお、なーんもないのぉ、すっかり焼け野原じゃ。さすが救世主の力はとてつもないのぉ」

 ミークが運転する飛空敷に、シールラとプリンケが乗ってこちらに向かって来るところだった。

「わー、お二人ともお願いですから乗り出さないで!これ一人乗りなんですってば!三人だとバランス取りずらい……って言うか、どうして俺が皇帝陛下のお命預かって運転してる感じなんですかー!俺、免許取り立ての新人ですよー!」

 ヒルデが頬をひくつかせた。

「なんだあれは……」
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