禍ツ天使の進化論

空月 瞭明

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第130話 天空宮殿(7) 新生天使の誕生

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 歯ぎしりするアレスの目の前、二つに分かれたサタンの体が、また真ん中でくっついた。その肉体が綺麗に復活する。
 同時に、霊体化防御エクトプラズマイドがかけられた。

「不死身とはいえ、何度もばらされては面倒なのでな。さあ斬れるものならば斬ってみよ、我が魂を!醜く足掻け、そして絶望を知れ!滅び行く下等生物よ!」

 アレスはサタンを睨みつけた。その硬くて赤い傀儡魂ギミック・セフィラを見据えた。

「ああ、やってやるよ、何度でも!――斬魂剣ザン・セフィロト!!」

 猛然と斬りつける。

 鮮やかな七色の残像と共に、斬って、斬って、斬りまくる。
 己の全てを一撃一撃に込める。

 ビクともしない、その魂に。
 かすり傷一つつけることができない、その敵に、アレスはありったけの思いと力でぶつかった。

 自分はこの敵を倒すために生まれてきたのだと思う。
 その使命を果たすために、ここにいるのだと。

(絶対に、諦めねえ!!)

 その時、神剣ウルメキアが閃光を放った。

「!?」

 アレスは、自らの持つ剣の形状に驚いた。
 細剣が、身の丈以上のある大剣へと変化していた。

 神剣が、アレスの心に答えて再度変化してくれたのだ。
 アレスは神威に胸を打たれ、感じ入った。

 地球が俺に、力をくれた。
 そうだ俺は、地球で生まれ地球で育まれた、地球の子なのだ。
 この惑星で共に進化してきた全ての生命を、俺と繋がる全てのきょうだい達を、守らねばならない。

 サタンが嘲笑する。

「剣が大きくなった、それで?そんなもので私を屠れるとでも!?何億世代にわたる天使の進化の頂点、高次生命体の最高傑作たるこの私を!!」

 アレスはぐっと歯を食いしばる。両手で大剣を振り上げる。大剣が、唸りを上げて振り下ろされた。

 渾身の一撃を、異形の神のセフィロトに打ち込んだ。
 
「うおおおおおおおおおお!」

 空色の大剣が、赤い傀儡魂ギミック・セフィラにヒビを入れる。
 
 サタンの霊体化された目が、かっと見開かれる。

「バカな……!人間ごときが……神たる私の魂を……!」

 身の丈以上の大剣が、とてつもない速さで振り回された。サタンの絶叫が響く。

「ぐぅあああああああああああ」

 十一の傀儡魂ギミック・セフィラが、砕け散る。
 苦悶と衝撃に歪むサタンの口から、呪詛のように言葉が絞り出された。

「おのれ、ならば……次世代に託す……」

 サタンは赤い目を爛々と光らせながら、叫んだ。

「ここに!天界開闢の第五段階!神の産卵が!成されたあああああああああ!!」

 サタンの体が崩れ去った。
 大量の白い砂と化して。

 あとはただ、大雪のように、白い砂が舞い散る。

 やがて、舞い散る白い砂の中。

「アレス!」

 レリエルがアレスのそばまで飛んで来た。

「よかった、ついに勝ったんだな!」

「……」

 だがアレスは険しい顔をして、空中から地上へと舞い散っていくサタンの残骸、その白い砂を見ていた。

「どうした?」

「赤いのはなんだ?」

 白い砂だったはずのものが、舞い落ちながら赤く変化していることに気づいたのだ。

 アレスは大剣と化した神剣ウルメキアを背中にくくりつけると、舞い降る砂に手をのばした。

 手に小さな砂粒が付着する。
 だがじっと見ていると、砂粒が、ぼんと大きくなり、赤くなった。
 ガラス玉のように透き通る、5センチメートル程の赤い玉。

 やはり、ただの砂ではなかった。

 手の中の赤い玉は、ぶよぶよと柔らかいゼリー状だった。そして透き通る赤いゼリー球の中に、真っ赤な丸い芯が透けて見えた。

 まるでカエルの卵のような。

 アレスの額に冷や汗がつっと滲む。

 アレスの手の中で、ゼリー球の中の赤い芯が、二つに分裂した。と思うや、ものすごい勢いで分裂を繰り返し始めた。

 一つだった芯が二つになり、四つになり、八つになる。

 十六になる。
 三十二になる。
 六十四になる。
 百二十八になる。
 二百五十六になる。
 五百十二になる。
 千二十四になる。
 二千四十八、四千九十六、八千百九十二、一万六千三百八十四、三万二千七百六十八。

  もはや数え切れないほど分裂しながらどんどん大きくなり、球体の中でなんらかの形と成る。なんらかの形が蠢く。

 それは人型だった。
 いや背中に羽を生やしているので、天使型と言うべきか。

 アレスの手のひらを覗き込んだレリエルも、ひっと息を飲んだ。

「な、なんだこれ……!」

 透明なゼリー球は、手の中であっという間に水晶玉ほどに肥大化した。
 そしてゼリーを突き破り、小さな天使が這い出してきた。

 丸みを帯びた肥満体の小さな体。赤ん坊の姿であった。

 この赤ん坊天使は、瞳が赤く、羽が黒かった。
 そして死霊傀儡そのものの邪気にまみれていた。

 手の平サイズの赤ん坊天使は黒い羽をはばたかせ宙に浮いた。
 アレスをじっと見つめ、

「オマエ、羽ガナイ!オマエ、ニンゲン……!ケガラワシイ……!フジョウノイキモノ……!殺ス!殺ス!殺ス!」

 そしてアレスに向けて、カッと口を開けた。口の中から、黒い球が発せられる。母親(あるいは父親)であるサタンの腐死咒法、そっくりの技。
 アレスはぐっと目をつぶり、あえてその不気味な術をよけずに受けた。
 黒い球はアレスの額に直撃した。

 威力は、しょせんは赤ん坊レベルだった。
 アレスの額の皮膚が軽く裂け、セフィロトはくすぐったいほど小さなダメージを受けた。

 が、普通の人間がこれを受けたら、即死だ。

 アレスは額を指で拭い、その血を見つめぐっと握り締めた。
 焦燥の色で周囲を見回す。

 赤ん坊天使が、大量に、あちこちに浮遊し始めていた。
 アレスは吐き捨てるように、苦々しげに囁いた。
 
「第六段階、新生天使の誕生……!」

 こいつらはプラーナを必要としない。つまり今すぐ世界中に散らばることが出来るのだ。
 天使にとってはこんなものは天界開闢ではないだろうが、人間にとってはその意味するところは同じことだ。

 大量の殺人天使の世界拡散による、人類滅亡。

「レリエル!降りるぞ!」

「え!?」

 アレスはレリエルの手をぐっとつかむと、地上に急降下した。
 聖なる丘の上に舞い降り、

「デポ!」

 呼ぶとすぐにデポが舞い戻ってきた。アレスの肩にとまり、

「オー、アレス!勝ッタノカ?」

「いや、まだ終わってない。レリエル、光速移動フォトン・スライドは……使っちまったんだよな。転送魔法、あれはできるか?」

「え?ああ、出来る。地上に転送魔方陣を書いて、特定の座標に送るんだ」

「自分自身を送ることも出来るか?」

「うん」

「よし、今すぐやってくれ!レリエルとデポは帝都に避難しろ!」

「えっ……」

「頼む、早く!」

「わ、分かった」

 レリエルは足元の草地に、指で魔方陣を描いていった。レリエルが指をなぞったところに、光で文様が描かれる。円を描き、不思議な文字を描き、図形を描き。

「……出来た」

 足元に緑色の光る円が出現した。

「この中に入れば、帝都に飛べる」

 アレスはほっと息をついた。

「よし、じゃあ行ってくれ」

「お前は何をする気なんだ?」

 アレスは空を見上げた。
 ぷかぷかと浮かぶ小さな異形たちを。
 今はまだ生まれたばかりでここにいるが、こいつらが霧を通り抜け、人間の世界へと放流を始めたら……。

 おしまいだ。

「あの異形の新生天使達を、この場で殲滅する」

「どうやって!?」

 アレスはレリエルの体を引き寄せ、その唇にキスをした。

「!」

「……大丈夫。さあ行ってくれ」

 アレスはレリエルの体を半ば強引に、転送円に押し込んだ。肩にとまるデポの体をを掴んで、レリエルに渡す。
 レリエルがデポを腕に抱きしめながら、泣きそうな顔で言う。

「アレス!お願いだ、絶対に生きて帰っ……」

 言葉の途中で、緑色の光の柱に包まれた。
 眩しい光が消失すると、そこには誰もいない。草地にかすれた光文字の転送魔方陣が残されているだけだった。

 アレスは安堵し、ふっと微笑んだ。
 が、すぐに口元を引き締める。

 上空を見上げた。
 アレスは空へと舞い上がっていく。

 これが最後の、戦いだ。
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