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第124話 天空宮殿(1) 受胎天使
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緑柱石のごとき光の柱だった。
そこに足を踏み入れれば、もう後戻りはできないだろう。真剣な眼差しでそれを見ていると、
「ポポッ!」
と、後ろから聞こえた。振り向くと神殿の床の上、通常サイズに戻ったデポがこちらを見上げている。
「俺モ行クゾ!」
アレスは首を横に振った。腰を屈めて、有能な使い魔に笑いかける。
「いや、デポはここで待ってて欲しい。万が一俺達が生きて戻らなかったら、デポが帝都に行き皆にそれを知らせて欲しい」
デポは少し寂しそうに、そして心配そうに小さな頭をかしげる。
「……分カッタ。デモ、戻ッテ来イヨ!」
「ああ、勿論!」
アレスは再び、開かれた転送門に向き合う。
無意識に深呼吸し息を整えたアレスの手に何かが触れる。
レリエルの手だ。遠慮がちにアレスの指を掴む。
レリエルは緊張した面持ちで、アレスをじっと見ていた。
「手……その……」
傀儡工房村を襲撃した時、二人で死の霧の中に入った時のことを思い出して、アレスの頬が緩んだ。
「繋ぐか、手!」
「うん!」
レリエルは嬉しそうに破顔した。アレスはその白く綺麗な手を、しっかりと握った。
二人は手と手を取り合い、緑の光の中に入った。
入った瞬間、視界が緑一色に染め上げられた。
冷たい風が体内を吹き抜けていくような感覚にぞくりとし、思わず目を瞑る。
目を開けたら、宮殿の前にいた。
「……!」
転送は一瞬だった。アレスは虚をつかれたような顔をして、周囲を見回した。上空の冷たい空気が肌を刺す。
間違いなくそこは、天空宮殿が建つ丸い円盤の上だった。
レリエルが安堵の息を漏らす。
「よかった、転送成功だ」
「そ、そうだな……」
目の前に、白亜の宮殿。
絵画や遠目でしか見たことのなかったその真の姿を、初めて目の当たりにした。
卵のようないくつもの丸屋根、天を衝く塔、窓枠の透し模様の驚くべき繊細さ。白水晶のような不思議な素材でできたそれは、全てが壮麗だった。
おぞましい天使達の城だというのに、まさに天上の建物のように優美。ここが天国と言われれば、信じてしまいそうだ。
後ろを見れば、王国を見下ろす大展望。家々も森も、冗談のように小さく見える。王国のみならず、原野の向こうに横たわる大都市、帝都の影までも望むことができた。
今アレスが立つ白水晶の円盤のヘリには柵もない。天使にはもちろん柵など必要ないのだろうが。
アレスは生唾を飲み込んだ。
「た、高っ!こっええええ……」
「ちょっと、落っこちるなよ!」
レリエルがぶるりと体を震わせ、手で肩をさすった。
「風除けの咒法はかけられてるようだが、かなり上空だから寒いな。早く中に入ろう」
「そんな冬場のカフェみたいなノリで!?」
「『かふぇ』ってなんだよ……」
二人は宮殿正面の幅の広い階段を昇った。階段は、硬いはずなのにどこか弾力も感じる、不思議な踏み心地だった。やはり地球の鉱物とは何か違うのかもしれない。
階段を昇り切ると、色付いた石を敷き詰めた大きな道が伸びていた。正面扉に向かって。
いくつかのアーチをくぐり、二人は真っ直ぐ、正面の巨大扉の前にまで歩む。
黒くて縦長、縦の部分が異様に長い、不思議な形の扉だった。楕円型だが先端が少し尖る形の扉が、左右に二枚。ちょっと考えて、ああ、と気づく。天使の羽を二枚並べた形なのだろう、と。
触れようとしたら、羽型の扉は内側に勝手に開いた。
音も立てず、その重そうな巨大扉が目の前で開かれる。
扉の内側には、純白の羽と、癖のある長い金髪を持つ、王者のごとき風格の天使がいた。
熾天使、ルシフェル。
ルシフェルはアレスを熱い眼差しで見つめる。
「待っていたぞ、ドゥムジ」
親愛すら感じさせるその眼差しに、アレスは冷たいひと睨みで返した。ひどい侮辱を受けた気分だった。
「……ドゥムジとはなんだ」
「そなたのことだ、ドゥムジ。いや正確には、これから真のドゥムジとして目覚めるのだが」
「俺はお前らの種馬にはならねえ」
ルシフェルは驚いた顔を見せた。目を細め、口角を上げる。
「……既に、知っていたか。さあ中に入られよ」
ルシフェルは鷹揚な仕草で手を宮殿の内へと差し伸べ、招き入れる。
「ああ、入ろう」
アレスは侮辱への怒りを込めた表情のまま宮殿の中に入る。
高い丸天井は、今にも動き出しそうな天使たちの彫刻で飾られている。両脇に並ぶ六角形の巨大な柱は水晶のように透き通り七色の光彩を含み輝く。床全体を植物文様が這っているが、よく見ればそれは色づいた石を一粒一粒埋め込まれて描かれている。途方も無く緻密なモザイク模様だ。
凶悪な侵略生物の城のくせに、なんと言う美しさだろう。
奥に歩みながら、ルシフェルは親しげにレリエルの背中に手を添えた。
「レリエルも、立派に使命を果たしたな」
レリエルは意味が分からない、という顔で聞き返す。
「使命……?」
「ああ、上級天使としての使命をな」
「な、何を言ってるんですか?僕は見てのとおり無色天使です」
「そう、そなたは唯一の、無色天使たる上級天使。そなたは『受胎天使』、神の受胎を助ける者、種を胎に運ぶ役目を負う者だ。そなたの半人間としての力はその使命を果たすために授けられたものだ。本来の地位は大天使に比肩するが、天界開闢の秘密を守るために隠されていた」
「な、何を言って……」
「ここまで来るのは、大変だったであろう?だがこれが掟なのだ。『ドゥムジは受胎天使レリエルの手によって神の宮殿へと導かれなければならない』と言う掟がある。霧の結界を超えて宮殿に至るまでの道筋が既に、ドゥムジとなるための儀式、試練だったのだ」
レリエルはただ呆然として首を振る。
「ルシフェル様の仰ることが全然分かりません……」
アレスが苦々しげに口を挟んだ。
「聞く耳を持つな、レリエル!下らねえ、聞くに値しない妄言だ!お前はお前で、俺は俺だ!」
ルシフェルはふっと笑った。
「まだ運命を受け入れることができぬか?だが案ずるな、すぐに受け入れられよう」
ルシフェルは突き当たりの壁に手をかざした。
アレスに理解できない異言語で呪を唱える。
壁に扉が出現した。その扉を開けると、星空のような空間が現れた。広さを掴めない暗い空間の中、たくさんの光が宙に浮いて瞬いているのだ。
星空空間の中心に、上へ昇る螺旋階段がある。
「さあ、ついて来られよ」
ルシフェルはその階段を昇っていく。
星空を上へと歩むように。
「どこへ連れて行く気だ?」
「もちろん、神の御許へ」
「……分かった。行こう」
不安げに瞳を揺らすレリエルの肩を軽く抱き、アレスは上を見据えた。そして階段を昇り始める。
--------------------------------------------------
22話で「僕は出来損ないだから、目覚めのリズムが誤作動したんだ。つまり、寝てた」と言っていましたが、
実際は誤作動で寝過ごしたのではありませんでした。
神域外活動に向けて肉体と魂を下界に順応させるための準備期間=地球到着後の十日間睡眠でした。受胎天使の仕様です。
そこに足を踏み入れれば、もう後戻りはできないだろう。真剣な眼差しでそれを見ていると、
「ポポッ!」
と、後ろから聞こえた。振り向くと神殿の床の上、通常サイズに戻ったデポがこちらを見上げている。
「俺モ行クゾ!」
アレスは首を横に振った。腰を屈めて、有能な使い魔に笑いかける。
「いや、デポはここで待ってて欲しい。万が一俺達が生きて戻らなかったら、デポが帝都に行き皆にそれを知らせて欲しい」
デポは少し寂しそうに、そして心配そうに小さな頭をかしげる。
「……分カッタ。デモ、戻ッテ来イヨ!」
「ああ、勿論!」
アレスは再び、開かれた転送門に向き合う。
無意識に深呼吸し息を整えたアレスの手に何かが触れる。
レリエルの手だ。遠慮がちにアレスの指を掴む。
レリエルは緊張した面持ちで、アレスをじっと見ていた。
「手……その……」
傀儡工房村を襲撃した時、二人で死の霧の中に入った時のことを思い出して、アレスの頬が緩んだ。
「繋ぐか、手!」
「うん!」
レリエルは嬉しそうに破顔した。アレスはその白く綺麗な手を、しっかりと握った。
二人は手と手を取り合い、緑の光の中に入った。
入った瞬間、視界が緑一色に染め上げられた。
冷たい風が体内を吹き抜けていくような感覚にぞくりとし、思わず目を瞑る。
目を開けたら、宮殿の前にいた。
「……!」
転送は一瞬だった。アレスは虚をつかれたような顔をして、周囲を見回した。上空の冷たい空気が肌を刺す。
間違いなくそこは、天空宮殿が建つ丸い円盤の上だった。
レリエルが安堵の息を漏らす。
「よかった、転送成功だ」
「そ、そうだな……」
目の前に、白亜の宮殿。
絵画や遠目でしか見たことのなかったその真の姿を、初めて目の当たりにした。
卵のようないくつもの丸屋根、天を衝く塔、窓枠の透し模様の驚くべき繊細さ。白水晶のような不思議な素材でできたそれは、全てが壮麗だった。
おぞましい天使達の城だというのに、まさに天上の建物のように優美。ここが天国と言われれば、信じてしまいそうだ。
後ろを見れば、王国を見下ろす大展望。家々も森も、冗談のように小さく見える。王国のみならず、原野の向こうに横たわる大都市、帝都の影までも望むことができた。
今アレスが立つ白水晶の円盤のヘリには柵もない。天使にはもちろん柵など必要ないのだろうが。
アレスは生唾を飲み込んだ。
「た、高っ!こっええええ……」
「ちょっと、落っこちるなよ!」
レリエルがぶるりと体を震わせ、手で肩をさすった。
「風除けの咒法はかけられてるようだが、かなり上空だから寒いな。早く中に入ろう」
「そんな冬場のカフェみたいなノリで!?」
「『かふぇ』ってなんだよ……」
二人は宮殿正面の幅の広い階段を昇った。階段は、硬いはずなのにどこか弾力も感じる、不思議な踏み心地だった。やはり地球の鉱物とは何か違うのかもしれない。
階段を昇り切ると、色付いた石を敷き詰めた大きな道が伸びていた。正面扉に向かって。
いくつかのアーチをくぐり、二人は真っ直ぐ、正面の巨大扉の前にまで歩む。
黒くて縦長、縦の部分が異様に長い、不思議な形の扉だった。楕円型だが先端が少し尖る形の扉が、左右に二枚。ちょっと考えて、ああ、と気づく。天使の羽を二枚並べた形なのだろう、と。
触れようとしたら、羽型の扉は内側に勝手に開いた。
音も立てず、その重そうな巨大扉が目の前で開かれる。
扉の内側には、純白の羽と、癖のある長い金髪を持つ、王者のごとき風格の天使がいた。
熾天使、ルシフェル。
ルシフェルはアレスを熱い眼差しで見つめる。
「待っていたぞ、ドゥムジ」
親愛すら感じさせるその眼差しに、アレスは冷たいひと睨みで返した。ひどい侮辱を受けた気分だった。
「……ドゥムジとはなんだ」
「そなたのことだ、ドゥムジ。いや正確には、これから真のドゥムジとして目覚めるのだが」
「俺はお前らの種馬にはならねえ」
ルシフェルは驚いた顔を見せた。目を細め、口角を上げる。
「……既に、知っていたか。さあ中に入られよ」
ルシフェルは鷹揚な仕草で手を宮殿の内へと差し伸べ、招き入れる。
「ああ、入ろう」
アレスは侮辱への怒りを込めた表情のまま宮殿の中に入る。
高い丸天井は、今にも動き出しそうな天使たちの彫刻で飾られている。両脇に並ぶ六角形の巨大な柱は水晶のように透き通り七色の光彩を含み輝く。床全体を植物文様が這っているが、よく見ればそれは色づいた石を一粒一粒埋め込まれて描かれている。途方も無く緻密なモザイク模様だ。
凶悪な侵略生物の城のくせに、なんと言う美しさだろう。
奥に歩みながら、ルシフェルは親しげにレリエルの背中に手を添えた。
「レリエルも、立派に使命を果たしたな」
レリエルは意味が分からない、という顔で聞き返す。
「使命……?」
「ああ、上級天使としての使命をな」
「な、何を言ってるんですか?僕は見てのとおり無色天使です」
「そう、そなたは唯一の、無色天使たる上級天使。そなたは『受胎天使』、神の受胎を助ける者、種を胎に運ぶ役目を負う者だ。そなたの半人間としての力はその使命を果たすために授けられたものだ。本来の地位は大天使に比肩するが、天界開闢の秘密を守るために隠されていた」
「な、何を言って……」
「ここまで来るのは、大変だったであろう?だがこれが掟なのだ。『ドゥムジは受胎天使レリエルの手によって神の宮殿へと導かれなければならない』と言う掟がある。霧の結界を超えて宮殿に至るまでの道筋が既に、ドゥムジとなるための儀式、試練だったのだ」
レリエルはただ呆然として首を振る。
「ルシフェル様の仰ることが全然分かりません……」
アレスが苦々しげに口を挟んだ。
「聞く耳を持つな、レリエル!下らねえ、聞くに値しない妄言だ!お前はお前で、俺は俺だ!」
ルシフェルはふっと笑った。
「まだ運命を受け入れることができぬか?だが案ずるな、すぐに受け入れられよう」
ルシフェルは突き当たりの壁に手をかざした。
アレスに理解できない異言語で呪を唱える。
壁に扉が出現した。その扉を開けると、星空のような空間が現れた。広さを掴めない暗い空間の中、たくさんの光が宙に浮いて瞬いているのだ。
星空空間の中心に、上へ昇る螺旋階段がある。
「さあ、ついて来られよ」
ルシフェルはその階段を昇っていく。
星空を上へと歩むように。
「どこへ連れて行く気だ?」
「もちろん、神の御許へ」
「……分かった。行こう」
不安げに瞳を揺らすレリエルの肩を軽く抱き、アレスは上を見据えた。そして階段を昇り始める。
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22話で「僕は出来損ないだから、目覚めのリズムが誤作動したんだ。つまり、寝てた」と言っていましたが、
実際は誤作動で寝過ごしたのではありませんでした。
神域外活動に向けて肉体と魂を下界に順応させるための準備期間=地球到着後の十日間睡眠でした。受胎天使の仕様です。
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