禍ツ天使の進化論

空月 瞭明

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第123話 アントゥム神殿(4) 己ガ罪ヲ償ウ者

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  守護傀儡ガーディアンは、アントゥム神殿の丸屋根の穴を抜けて神殿の中心部に降り立った。
 アレスとレリエルは後ろ跳びして距離を取った。

 今までの化け物じみた守護傀儡ガーディアンとは違った。生きた天使のような姿。
 見目麗しい男だった。金髪と茶髪の混じる長い髪、整った優しげな顔立ち。細めの体を、大天使の黒装束で包み、制帽を被っている。

 ただ、瞑った目と閉じた口が、糸で縫われていた。

 黒く太い糸が目と口周りの肉をずぶりと貫通し、痛々しげに縫いつけられている。
 まるで何かの戒めのように。

 レリエルが震えた声を出した。

「大天使の、ウリエル様……!かつて天界で、まだ僕が子供の頃に処刑された方だ!なぜ処刑されたのかは誰も知らない……!」

「材料が大天使か、じゃあ強いだろうな」

 閉じたままの守護傀儡ガーディアンの口から、どのようにしてか声が発せられた。

「摂理ヲ乱サントスレバ死ヲ。
秘密ヲ暴カントスレバ死ヲ。
我ハ摂理ノ守護者、秘密ノ守護者。
罰ヲ下シ、己ガ罪ヲ、永劫償ウ者ナリ……」

 守護傀儡ガーディアンは手のひらを前に突き出した。その五指全てが切断されていた。小指から人差し指までは第二関節で、親指は第一関節で。
 まるで拷問を受けた後のように。

 その手の平に光が集まる
 と、手から大量の光の玉が、発せられた

 アレスは眉間にしわを寄せて叫んだ。

「レリエル、避けることに集中しろ!絶対にあの玉にぶつかるな!」

 それに当たれば、並みの天使なら一発でセフィロトを全壊させられる、と直感した。

「わ、わかった!」

 レリエルは持ち前の素早さで、次々放たれる光の弾幕を避けた。
 アレスはその光の玉を剣で弾きながら、突っ込んで行った。

 間合いに入り、虹色に輝く神剣を突き刺そうとする。

 だが。
 アレスに刺される前に、守護傀儡ガーディアンはその姿勢をがくりと崩した。

「なにっ!?」

 ひざまずく守護傀儡ガーディアンの額に、赤いナイフが深々と突き刺さっていた。
 まるで炎を固体化させたようなナイフが。

 振り向くと、魂構成子セフィラ一つのミカエルが、手でナイフを放ったままの格好でそこに立っていた。歯を食いしばり、殺気に満ちた、それでいて泣きそうな顔をして。

「ミカエル!?なんでお前……」

 ミカエルはアレスを無視して守護傀儡ガーディアンに歩み寄った。
 ひざまずく守護傀儡ガーディアンの顔を両手でつかみ、震えながら声を絞り出す。

「ウリエル……!こんな所で、こんな姿に……!ちっくしょう……!」

 守護傀儡ガーディアンの、糸で縫われた瞼がうっすらと開いた。
 糸で縫われた口が小さく動く。

「ミ……カ……エル……」

 かすれた声を出した守護傀儡ガーディアンは、かすかに微笑んだように見えた。

 その全身が、砂のように崩れ落ちる。
 神殿の柱の間から入る風が、砂を運び去っていった。

「……っ、……ぁ、あああああああっ……!!」

 手の中の砂を握り締めて、ミカエルは泣き崩れた。

 事情が分からないアレスは、ひたすら困惑する。

「お、おい……」

 ミカエルは、その場でゆらりと立ち上がった。
 そしてぶんと手を振って、その手に赤い三日月刀を出現させる。

「!」

 アレスは咄嗟に身構えた。

 だがミカエルはアレスではなく、自身の足元の床下に設置されている、希石コアを見据えた。

 そしてその赤い刀を、足元にむかって振るう。
 一振りで、希石コアは粉々に打ち砕かれた。

「えっ!?」

 予想外の行動にアレスがうろたえる。
 ミカエルは神殿の中心部から一歩後ろに下がった。

 神殿の中心部から、緑色の光の柱が立ち上った
 緑の柱は神殿の床から、屋根の丸穴を通り、天空宮殿へとまっすぐ、立ち上っている。

「開いたぞ、転送門。行きたきゃ行け、生贄野郎」

 そう言って、踵をかえす。

「ま、待て、なんで……!」

 アレスは去り行くその背中に問いかけた。
 ミカエルは足を止めた。振り向かず答える。

「天界開闢なんてろくでもねえってことが分かった。お前ら人間もろくでもねえ。熾天使とお前、クソ野郎同士の戦い、どっちが勝つか、見届けてやる」

 それだけ言って、また歩み出す。
 アレスは頭をかいた。手を口にあてがって、声を張る。

「人間と天使、どっちが滅亡しても恨みっこなしだからなー!」

 ミカエルが、はっと鼻で笑った。去り行きながら呟いた。

「……一つ、教えておいてやる。宮殿で人間は『人形』にされるらしいぜ」

 そして背を向けたまま片手をあげ、おざなりに手を振った。

「おお、情報ありがとな!」

 アレスはその後姿に手を振り返し、歩み去るミカエルを見送った。
 だがしばらくして、ふと気づいたようにアレスはひごりごちる。

「……あ、やっぱ人間が滅亡したら、俺は恨むわ」

 レリエルがくすりと笑ってアレスの手をとった。

「じゃあ行こう、転送門の中へ!」
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