禍ツ天使の進化論

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
110 / 141

第110話 北部プラーナ窟(3) 大蜘蛛

しおりを挟む
 北部二つ目のプラーナ窟は、森林の中に突如現れた石の塔であった。
 場所は傀儡村のほど近くだ。 

 アレス達は、山間では空を飛び、傀儡村に近づいて空の人通りが多くなってからは、森の中を進んだ。
 レリエルの速度増加咒法のおかげで、二つ目の目標までも迅速に到達できた。

 石の塔は、高さ二百メートル程に達している。丸い石板を何百枚と積み重ねた塔だ。
 レリエルがその細長い塔を見上げて率直な感想を述べた。

「折れそう……」

「それが折れないんだ。そこが神秘なんだな。森の精霊シャンティーの指、と呼ばれている。森の守り神さ。ここの 希石コアはどこにあるんだ?」

「多分、この塔のてっぺんだろうな」

 アレスは周囲を見回した。 守護傀儡ガーディアンの姿は見えない。どこに潜んでいるのか。

「てっぺんにあるなら、飛ぶしかねえな。慎重に行こう」

 アレスはデポをダチョウ形態から巨大鳩形態に変化させて、またがった。その手にしっかりと空色の剣を握り。
 レリエルと二人、ゆっくりと上昇する。
 やがて森の木々の丈を超え、王国北部の広大な緑の森を見下ろす。
 森を上から眺めてみると、実に目立つ塔だった。森の中心からニョキリと突き出たその塔は、なるほど「指」と呼ぶに相応しい。

 慎重に、塔の半分くらいの高さまで上昇したところで。

「!?」

 アレスの頭に、何か粘ついた糸のようなものが引っかかった。

「うわ、なんだこれ!」

 レリエルも不快そうに頭を払っている。
 どうやらこのあたりに、見えない糸が張られていたようだ。

 と、突然。地上の、塔の前面の土が盛り上がった。
 地中から、二匹の巨大蜘蛛が飛び出して来た。
 羽の生えた蜘蛛二匹が、アレスとレリエルの目の前に躍り出た。
 蝿のように飛ぶ蜘蛛。誠におぞましかった。
 頭部と腹部、二つに分かれた黒い体。赤い目が八つあり、足は八本、羽が二枚。

 空飛ぶ二匹の蜘蛛は、その大きな尻の先端をこちらに向けた。先端から白い糸が放出される。

 アレスは剣でその糸を断ち切り、レリエルは咒法を放った。

火輪の咒アグニ・マーラ!」

 丸い火炎輪が糸を消し炭にした。

「いい火炎魔法持ってんじゃないか、レリエル!」

 言いながらアレスはデポの上に立ち上がる。
 そしてためらいもせず、蜘蛛に向かって飛び掛った。なお地上百メートルの高度である。

「 斬魂剣ザン・セフィロト!」

 虹の光彩を帯びた空色の剣を振り下ろし、一匹の蜘蛛を両断した。続いてレリエルが追撃をする。

「 大破魂メガ・クリファ・セフィラ!」

 一匹の巨蜘蛛が、白い砂となって風と共に森に散布されていった。

「よしっ!」

 と言いながら、万有引力の法則通りに加速落下していくアレス。その口から情けない悲鳴が発せられる。

「でっぽおおおおおおおおお~~~~~!」

 ひゅん、と地上すれすれで、デポがアレスの体をさらった。
 デポにしがみつきながら、

「ふう、助かった!」

「オレ頼ミダッタノカヨ!」

「そりゃそうだ、空の脚はデポだけだ。信じてたぜ!」

「ソウナラ、ソウト、言ッテオケ!何カ 策ガアルノカト思ッタゾ!」

 デポはぶんと舞い上がり、レリエルのいる石塔の中心部あたりにまで上昇した。

 レリエルが火炎輪で、もう一匹の蜘蛛の尻から次々放出される糸を燃やしていた。だが蜘蛛の糸の量と勢いが大きく、防戦に追いやられている様子だ。
 アレスはまたデポの背中に立ち上がりながら、

「んじゃ、もう一回跳ぶから、頼むなデポ!」

「オイ!」

 足でデポの背を蹴って、レリエルと対峙する大蜘蛛に向かって跳躍。

 今度は宙で横になぎ、剣は大蜘蛛の頭部と腹部の間のつなぎ目を、見事に切断した。
 一太刀で大蜘蛛は砂と化して飛散していった。

 だがアレスは、跳躍の勢いがおさまらない。
 目の前に、シャンティーの指と呼ばれる石の塔が迫っていた。

「やべ、ぶつかるっ!」

 石の塔に直撃すると思った直前、ヒュンと飛んで来た影に、その体を さらわれた。
 腰のあたりに何かがしっかり巻きついて、アレスの体を支えてくれている。

 見れば、レリエルであった。
 アレスはレリエルに抱っこされて飛んでいる。

「力持ち……!」

 レリエルは怒った口調で、

「何が力持ちだ!心臓が止まるかと思った!お前は羽生えてないんだから、無茶するな」

 レリエルは飛んで来たデポの背中に、アレスの体を置いた。

「ははは、悪い悪い」

「なんで剣を使うんだ、 セフィロト攻撃魔法を撃てばいいのに」

「いやだって神剣がパワーアップしたんだぜ!?斬れ味を試さないとだろ!」

「そんな理由かよ!?」

「すっげえよ、あっという間に倒せたよ、天使材料の死霊傀儡を!神剣ウルメキア、これいいなあ。ほんといいもん、貸してもらった!」

「お前の為に二千三百年受け継がれてきた剣なんだろ」

「おっ……。おいおい、やめてくれよ、レリエルまでそんなこと……」

 アレスが照れたように鼻を触る。デポが首をかたむけた。

「マンザラデモ、ナサソウダナ?」

「い、行くぞ、てっぺん!」

 アレスとレリエルは、塔の先端に到達した。
 確かに塔のてっぺんに、銀色の玉をのせた黒い箱が置かれていた。

 アレスはまた、デポの上にすくと立ち上がる。落っこちないように集中しながら、 希石コアに斬り付けた。
  希石コアは半分に割れ、黒ずむ。

「ふうー……。この高度で小さい まと切るのこええ……。さっき蜘蛛切った時より緊張したぜ……」

 アレスはへなへなと腰を落として、デポにしがみついた。

「やったな。ただそろそろ、天使も気づき出す頃だと思う」

「……やっぱそうか?急ぐしかねえな!王国北側の 希石コアは二つとも始末した。次はこっから南下だ。南西部、行こう!」
しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

処理中です...