禍ツ天使の進化論

空月 瞭明

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第103話 旅の宿(1) 避暑地

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 二人は再び進み始めた。
 アレスはダチョウ形態のデポに乗って、レリエルは低空飛行で、森の中を行く。
 まずは王国北東部にある「プラーナ窟」を目指すことにした。
 天使との遭遇を避けて進むのに、天使感知器ペンダントはとても役立った。青く光った時は、身を物陰に隠した。すると上空を天使が飛んでいく。地上、森の中で天使に出会うことはなかった。

 特にアレス達の捜索網が敷かれている様子はなかった。
 先ほどから上空の天使達はルヴァーナ監獄方面と王都方面の間を行き来しているので、どうもミカエルが破壊した監獄の後始末に追われているだけのようだ。

「俺たちを探してる感じはしないな」

「何故かルシフェル様が協力してくれたから、しばらく本格的な捜索は行われないんじゃないかな。ミカエル様次第だけれど」

 だいぶ反抗的な態度ではあったが、ルシフェルの命令はミカエルの行動を縛っているようだ。

「だが、希石コアとやらに手出ししたら流石にバレるよな?」

「そうだな……。それにどの希石コアにも守護傀儡ガーディアンが設置されているし、戦闘も避けられない」

守護傀儡ガーディアン……。また死霊傀儡か?」

「ああ、しかも天使の死霊と死体が材料のやつだ」

「厄介だなぁ」

 アレスは空を見上げた。日は沈み、一番星が輝き始めていた。お互い、まだ疲労も取れていない。

「破壊行動は明日にするか……。明日一気にかたをつけよう。今、目指しているプラーナ窟に行く途中に、良いところがあるんだ。野宿もしんどいし、そこで寝床を探そう」

 ※※※

 さる豪奢な屋敷の門前で、アレスは「うん」と力強くうなずいた。
 ここに到達するまでに、既に夜も更けていた。

「ここだ!ここにしよう、寝床」

「なんでここ?」

「一番、立派だ!」

「なんだよそれ!」

「子供の頃から憧れだったんだよ、ミリアーナ湖畔の別荘!ついに来たぞー、夜なのが残念だ。昼見たら絶景だぞここら辺は。風光明媚って奴だな」

「はあ?」

 アレス達は今、カブリア王国の貴族の避暑地として名高い、ミリアーナ湖畔の一角にいた。
 万年雪で化粧されたラック山脈を望む緑の高原と、青い湖。それらが織り成す水と緑の景色は見る者を魅了した。
 夏になると毎年、多くの貴族達がこの湖で舟遊びをし、湖畔のテラスで茶を嗜み、広大な庭でボールゲームに興じていた。

 そういうわけで、湖畔のあちこちには、貴族達のどでかい別荘が鎮座していたのだ。

「どうせ借りるなら、一番いいとこに泊まりたいじゃないか」

 そんな事を言いながら、アレスは風魔法を使ってひょいと跳躍し、門の中に入り込む。レリエルも後に続いた。
 アレスは入り口を探して屋敷周りをぐるりと回ってみた。
 そして一つ、鍵のかかっていない戸口を見つけた。

「よし、ここから入れるぞ。楽しみだなあ、貴族のお屋敷」

「まったくもう……」

 レリエルが呆れて肩をすくめた。

※※※

 天蓋付きベッドが二つ並んだ寝室のカーテンをあけ放ち、アレスは歓声を上げた。
 目の前にミリアーナ湖を望む、いかにも別荘らしい、景観の良い部屋だった。

「見ろよ、湖に満月が映ってる!すげえロマンチックじゃね!?」

「は?水に光が映るのなんて当たり前じゃないか」

「……そう言う感じかー……。駄目だなあ天使は。情緒とかまるでなさそうだもんなあ、お前らの社会」

「じょ、情緒くらいある!天界は本当に美しい場所だったぞ、そんな地味な絵面で感動できるお前には想像もできないだろうな!」

「地味な絵面に美を見出すのが情緒なんだぜ?」

 軽口を叩きながら、アレスはベッドのシーツを剥ぎ取った。

「おお、シーツは埃だらけだけど、一枚剥げば十分、十分!ああやっとベッドで寝れる。ずっと居候に奪われてたからな」

「なんだよそれ、だから僕は別にソファでもいいって言ってるじゃないか!何度言ってもお前が頑なにソファで……」

「それはそうだ、騎士だからな」

「もうほんと、わけが分からない……」

 レリエルは額を抑える。アレスはどかりとベッドに仰向けになった。

「おー、フッカフカ!貴族のベッドすげえ」

 疲れがじんわりと和らいでいった。
 アレスは天井を見つめ、頭を整理させた。

「なあレリエル……」

「なんだ?」

「天使の神様は、永遠の命を持っているのか?」

「いや。神様は『再生』で若返ることが可能だからとても長寿だが、再生の回数には限度があるらしい。だからいつかはお隠れになる」

「神様もいつかは死ぬ、と。でも今、天使は神様の出すプラーナのおかげで生存できているんだろ?そして天使の卵を産めるのも神様だけ。じゃあもし、神様が死んだら、天使は絶滅してしまわないか?」

「しない、神様が死んだらすぐに新たな神様が誕生する」

 アレスは鼻息を漏らすと、手の甲で自分の額を抑えた。
 やはり、神を殺せば解決という話ではなさそうだ。

「……そっか。どうやって誕生するんだ?」

「全ての無色天使の中から選ばれた一人が、神様に変化するそうだ。無色天使が、どうやって神様に変化するのかは教えられてない。熾天使様だけが知っている極秘事項だ」

「無色天使ってなんだ?」
 
「羽が無色透明の天使のことだ。つまり熾天使様と大天使様以外の全ての天使のことだな」

「普通の天使を神に変えちまうのか……。どうやるんだ?知りてえな……。あと第四段階の秘儀ってのは、なんなんだ?」

 神の成熟と神の産卵の間にあるもの。普通に考えれば……「交尾」が当てはまりそうである。

「知るわけないじゃないか、秘儀なんだから」

「やっぱ交尾か?」

「なんだそれは?」

「……」

 アレスはガバと上体を起こす。
 真面目に天使攻略法を考えていたアレスの脳に、まるっきり余計な雑念がモワモワと膨れ上がる。

(天使って交尾的な行為をしないのか!?ああ全部男だからか?唯一の女である神様と交尾できるのはきっと選ばれし一握りなんだろうな。結婚制度がないわけだ。でも『恋』や『恋人』って言葉は知ってたよな。天使同士で恋人になるってことだよなそれって)

「て、天使の恋人同士って何をするんだ?」

「僕が知るわけないだろ」

「キスとかエッチとかしてるんじゃないのか?」

 レリエルが、はっと何かを思い出した顔をした。

「えっち……シールラが言ってたやつ……。ああ!お、思い出した、見たことがある!茂みの中で裸になって抱き合って横になって、上の奴が体をすごい動かしていて、あれは一体何だろうと思ってた!そうか、あれがえっちか!」

 そしてぼそり、と何やら付け加える。

「えっち……天使もしてたのか……」

 アレスは膝を打った。

「してたか!へえ~、そうか、へぇ~。うん、勉強になった」

「そ、そうか」

「すまん。話を戻そう……」

 アレスは気を取り直した。雑念にまみれている場合ではないのだ。

「第四段階のことを知ってそうなのは誰だと思う?」

 第四段階の秘儀がなんなのか暴けば、天界開闢を阻止できるかもしれない。第四段階を止められれば、第五段階の「神の産卵」を止められるはずだ。

「熾天使様はもちろんご存知だろう」

「熾天使だけがなんでも知ってる、と。さっきのルシフェルと、その双子のサタンだな。神と一緒に宮殿にいるんだよな」

 天界開闢の全てを知る熾天使と、神。どちらも天空宮殿にいる。
 やはり目的地は天空宮殿で変わりはないようである。

 あらゆる方法を模索して、なんとしてでも天界開闢を阻止せねば。

(絶対に人類を救う)

 アレスは心の中で固く決意した。
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