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第93話 裁判
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カブリア王国の中央部。
南東に王都を見下ろす小高い緑の丘の上に、カブリアの民が古の時代から聖地としてきたアントゥム神殿がある。帝国含む広範囲の同一宗教圏にて最高神と崇められる、天空神アントゥムを祀る神殿である。
その神殿の真上に、天空宮殿は浮かんでいた。
ミカエルは神殿の前で、じっと天空宮殿を見上げていた。
ピアスをつけたその口から呟きが漏れる。
「感じる。胎動が激しくなってる。……そろそろだな」
そこに兵士が走ってきた。
「ミカエル様!レリエルが神域内に参りました!」
「なに!?人間も一緒か!?」
「いえ、レリエル一人です!」
「一人で、だと?ふん、なに考えてやがる?面白くなってきたじゃねえか」
※※※
三大天使の玉座の間に、後ろ手に手枷をはめられたレリエルが、鎖に繋がれ連行されて来た。
玉座にはラファエルとガブリエルが座し、その前に多くの兵士が整列し、反逆者の挙動を注視していた。
「レリエルを捕らえました!ほら行け!」
乱暴に突き飛ばされたレリエルは、玉座の前に膝をつき、こうべを垂れる。
「……」
無言、無表情で俯くレリエルを見て、ガブリエルが勝利に酔うように目を細めた。
「戻りましたかレリエルさん。あなたにも良心が残っていたんですね」
「久しぶりい、レリエル!派手にやらかしたねえ♪まさか一人だけ戻って来るなんてねえ。ミカちゃんの記録鏡見て来る気になった!?」
ラファエルの言葉に、ガブリエルが呆れたような目をする。
「そんなわけがないでしょう……」
「うん知ってる、言ってみただけ!あんなの見たらむしろ全力で逃げるよね!ガブリエルの『心理戦』の勝ちだねえ。……ってことは、え?ミカちゃんの負け!?」
「誰が負けだって?」
つかつかとミカエルが玉座の間に入って来た。
「おっと、やば」
ラファエルはぺろりと舌を出す。
ミカエルは両手を腰にやり、レリエルの前に仁王立ちした。
「レリエルてめえ!仲間の人間はどうした?」
「彼はもう仲間ではありません」
無表情で淡々と答えるレリエル。
「騙されると思ってんのか!?何たくらんでやがる!」
「なにも……。僕はただ……」
ラファエルが尋ねる。
「お前がここに戻ってきた目的はなに?許して欲しいの?命乞い?」
「……天使の許しはいりません」
目をそむけ、吐き捨てるように呟くレリエル。ミカエルが目を剥いた。
「て、てめえっ!」
「ただ、神様には、裁かれなければならないから……」
神、という単語にガブリエルが満足げにほくそ笑む。
「そうですね。あなたはあの人間に、どこまで情報を与えたのですか?」
「……」
「答えられないんですか?」
レリエルは床の一点を見つめ、囁くように言う。
「だから僕は、裁かれなければいけないんです」
ラファエルは感心したように吐息をつく。
「へー。なんか覚悟決めちゃってんじゃん♪つまり相当深い情報を教えちゃったんだ、処刑覚悟で」
ミカエルはふん、と鼻を鳴らして腕を組んだ。
「よーし分かった。裁判官ミカエル様が裁いてやろう。判決!反逆者レリエルを羽切りの刑に処す!」
「……!」
レリエルが一瞬、びくりと震える。だがすぐ無表情に戻った。既に腹は決まっている、とでも言うように。
ラファエルが後頭部で手を組んで、あはっと笑った。
「最高刑出たあー!ミカちゃんすんごいの出してきた!」
羽切りは死刑を超える天使の最高刑だった。
羽を切られた天使は、身体中に激痛を伴う腫瘍が発生する。人相すら分からなくなるほどの醜悪な腫瘍で全身膨れ上がり、しかし命に別状はない。ただ死ぬまで痛みに苛まれるのである。
殺してくれと叫び続ける醜い化け物。
生き地獄そのものの、最悪の刑罰であった。
ガブリエルが冷たい眼差しで言う。
「レリエル、よろしいですね」
「はい。どんな裁きも受け入れます」
ラファエルが興味津々といった感じでレリエルに聞いてくる。
「覚悟のわけが知りたいなぁ。どうして反逆なんてしたの?チビ羽ちゃんにつらく当たって来た天使への復讐?」
「違います、復讐なんかじゃありません!ただ、僕は、僕が反逆した理由は……」
レリエルは苦しそうに、だんだんと小声になる。
「天使は神以上に誰かを想ってはならない、なのに僕は……」
ラファエルの目が、なぜか輝く。
「あっ、そういうこと!チビ羽ちゃん、恋しちゃったのかあ♪天使と人間の道ならぬ恋ってやつー?」
「恋……」
レリエルはきゅっと唇を噛みしめる。痛みに耐えるようにうなだれた。一つ結びの乱れた後れ毛が落ちかかってレリエルの顔を隠す。
ガブリエルが嫌悪に顔をしかめる。
「やめて下さいラファエルさん。矮小羽と人間の恋なんて、想像するだけで気持ち悪いです」
ミカエルが嬉々として指示を出した。
「じゃあ早速、刑執行だ!反逆者レリエルを刑場に連行しろ!久しぶりの羽切り、楽しみだぜ。いい絶叫、聞かせろよ……」
「もおー。ミカちゃんマジ、ドSー。って、待って待って!今すぐは早いって、アレスって人間を呼び寄せる囮として使えるよレリエルは。だって恋人同士なんだから。ねえ?」
「ち、違いますけど……」
「囮だあ?ちっ、めんどくせえなあ。分かったよあの人間捕らえるまでは執行猶予してやる!とりあえず牢にぶち込んで……」
その時、耳を劈くような鐘の音が、朗々と鳴り響いた。
ラファエルがはっと顔を上げた。
「宮殿の鐘の音!」
ミカエルが瞳を輝かせて笑う。
「ははっ、ついに!ついに来たか、天界開闢の第二段階、神の再生!」
南東に王都を見下ろす小高い緑の丘の上に、カブリアの民が古の時代から聖地としてきたアントゥム神殿がある。帝国含む広範囲の同一宗教圏にて最高神と崇められる、天空神アントゥムを祀る神殿である。
その神殿の真上に、天空宮殿は浮かんでいた。
ミカエルは神殿の前で、じっと天空宮殿を見上げていた。
ピアスをつけたその口から呟きが漏れる。
「感じる。胎動が激しくなってる。……そろそろだな」
そこに兵士が走ってきた。
「ミカエル様!レリエルが神域内に参りました!」
「なに!?人間も一緒か!?」
「いえ、レリエル一人です!」
「一人で、だと?ふん、なに考えてやがる?面白くなってきたじゃねえか」
※※※
三大天使の玉座の間に、後ろ手に手枷をはめられたレリエルが、鎖に繋がれ連行されて来た。
玉座にはラファエルとガブリエルが座し、その前に多くの兵士が整列し、反逆者の挙動を注視していた。
「レリエルを捕らえました!ほら行け!」
乱暴に突き飛ばされたレリエルは、玉座の前に膝をつき、こうべを垂れる。
「……」
無言、無表情で俯くレリエルを見て、ガブリエルが勝利に酔うように目を細めた。
「戻りましたかレリエルさん。あなたにも良心が残っていたんですね」
「久しぶりい、レリエル!派手にやらかしたねえ♪まさか一人だけ戻って来るなんてねえ。ミカちゃんの記録鏡見て来る気になった!?」
ラファエルの言葉に、ガブリエルが呆れたような目をする。
「そんなわけがないでしょう……」
「うん知ってる、言ってみただけ!あんなの見たらむしろ全力で逃げるよね!ガブリエルの『心理戦』の勝ちだねえ。……ってことは、え?ミカちゃんの負け!?」
「誰が負けだって?」
つかつかとミカエルが玉座の間に入って来た。
「おっと、やば」
ラファエルはぺろりと舌を出す。
ミカエルは両手を腰にやり、レリエルの前に仁王立ちした。
「レリエルてめえ!仲間の人間はどうした?」
「彼はもう仲間ではありません」
無表情で淡々と答えるレリエル。
「騙されると思ってんのか!?何たくらんでやがる!」
「なにも……。僕はただ……」
ラファエルが尋ねる。
「お前がここに戻ってきた目的はなに?許して欲しいの?命乞い?」
「……天使の許しはいりません」
目をそむけ、吐き捨てるように呟くレリエル。ミカエルが目を剥いた。
「て、てめえっ!」
「ただ、神様には、裁かれなければならないから……」
神、という単語にガブリエルが満足げにほくそ笑む。
「そうですね。あなたはあの人間に、どこまで情報を与えたのですか?」
「……」
「答えられないんですか?」
レリエルは床の一点を見つめ、囁くように言う。
「だから僕は、裁かれなければいけないんです」
ラファエルは感心したように吐息をつく。
「へー。なんか覚悟決めちゃってんじゃん♪つまり相当深い情報を教えちゃったんだ、処刑覚悟で」
ミカエルはふん、と鼻を鳴らして腕を組んだ。
「よーし分かった。裁判官ミカエル様が裁いてやろう。判決!反逆者レリエルを羽切りの刑に処す!」
「……!」
レリエルが一瞬、びくりと震える。だがすぐ無表情に戻った。既に腹は決まっている、とでも言うように。
ラファエルが後頭部で手を組んで、あはっと笑った。
「最高刑出たあー!ミカちゃんすんごいの出してきた!」
羽切りは死刑を超える天使の最高刑だった。
羽を切られた天使は、身体中に激痛を伴う腫瘍が発生する。人相すら分からなくなるほどの醜悪な腫瘍で全身膨れ上がり、しかし命に別状はない。ただ死ぬまで痛みに苛まれるのである。
殺してくれと叫び続ける醜い化け物。
生き地獄そのものの、最悪の刑罰であった。
ガブリエルが冷たい眼差しで言う。
「レリエル、よろしいですね」
「はい。どんな裁きも受け入れます」
ラファエルが興味津々といった感じでレリエルに聞いてくる。
「覚悟のわけが知りたいなぁ。どうして反逆なんてしたの?チビ羽ちゃんにつらく当たって来た天使への復讐?」
「違います、復讐なんかじゃありません!ただ、僕は、僕が反逆した理由は……」
レリエルは苦しそうに、だんだんと小声になる。
「天使は神以上に誰かを想ってはならない、なのに僕は……」
ラファエルの目が、なぜか輝く。
「あっ、そういうこと!チビ羽ちゃん、恋しちゃったのかあ♪天使と人間の道ならぬ恋ってやつー?」
「恋……」
レリエルはきゅっと唇を噛みしめる。痛みに耐えるようにうなだれた。一つ結びの乱れた後れ毛が落ちかかってレリエルの顔を隠す。
ガブリエルが嫌悪に顔をしかめる。
「やめて下さいラファエルさん。矮小羽と人間の恋なんて、想像するだけで気持ち悪いです」
ミカエルが嬉々として指示を出した。
「じゃあ早速、刑執行だ!反逆者レリエルを刑場に連行しろ!久しぶりの羽切り、楽しみだぜ。いい絶叫、聞かせろよ……」
「もおー。ミカちゃんマジ、ドSー。って、待って待って!今すぐは早いって、アレスって人間を呼び寄せる囮として使えるよレリエルは。だって恋人同士なんだから。ねえ?」
「ち、違いますけど……」
「囮だあ?ちっ、めんどくせえなあ。分かったよあの人間捕らえるまでは執行猶予してやる!とりあえず牢にぶち込んで……」
その時、耳を劈くような鐘の音が、朗々と鳴り響いた。
ラファエルがはっと顔を上げた。
「宮殿の鐘の音!」
ミカエルが瞳を輝かせて笑う。
「ははっ、ついに!ついに来たか、天界開闢の第二段階、神の再生!」
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