禍ツ天使の進化論

空月 瞭明

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第89話 ガブリエル来訪(3) そういうのが

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 レリエルの悲鳴——ガブリエルに対して言った「お願いだやめて」の声を聞きつけて、アレスは寝室に飛び込んだ。
 はあはあと息を切らし、部屋を見回す。

「どうした!?こっちにも死霊傀儡出たのかっ!?」

 レリエルの無事と、寝室のどこにも死霊傀儡がいないことを確認したアレスは開け放たれた扉の方に振り返った。
 居間から寝室へと、職人天使の死霊傀儡が二体、アレスを追って入り込んで来た。
 その得物は、片方はこん棒で片方はかなづち。生前、工房で使っていた、材料の死体を潰す道具である。

『逃ゲルカ、人間……』

 アレスは剣を構える。

「最後の二体!お前らも新魔剣技で、肉体と魂を同時斬りしてやる!」

 そして新技の技名を叫んだ。

斬魂剣ザン・セフィロト!」

 透き通る神剣ウルメキアが、虹のような七色の光彩を帯び、剣身がダイヤように煌いた。

 後方から飛んできたかなづちをひょいと避け、こん棒を握って踊りかかってきた前方の腹に虹色の剣身を突き刺す。
 剣をひきぬきながら体を蹴飛ばした。こん棒持ちは吹っ飛んで、後方のかなづち持ちに背中からぶつかって倒れた。
 二体の死霊傀儡が重なり仰向けになったところに、飛び掛る。上からその腹に、剣を突き刺して貫通させた。
 二体、同時に剣に貫かれる。苦悶の声が漏れた。

「ゔグウェええええええ」

 引き抜いた剣を逆手に持ち、とどめとばかりにもう一度貫く。死霊傀儡達はぴくりとも動かなくなった。
 
 そして二体の死霊傀儡は、そのまま白い砂と化してしまった。
 セフィロト攻撃を加えていないにも関らず、傀儡魂ギミック・セフィラは消失していた。
 
「よし……」

 とアレスは息をつく。今宵初めて実戦で使った新技の出来栄えに満足していた。
 セフィロト攻撃と剣技を組み合わせた技だった。
 この新技により、剣技でも相手のセフィロトに打撃を与えられるようになった。
 材料が所詮は職人天使だったためか、イヴァルトの死霊傀儡より弱かったとはいえ、十体もの数を屠ることができた。
 この技は大破魂メガ・クリファ・セフィラよりも強大なダメージを相手のセフィロトに与えることができる。相当な威力の魔剣技が出来上がった。

 そして神剣ウルメキア。軽くて動かしやすく、さらに恐ろしい程の斬れ味だった。しかもまるで昔から使っていたかのように、不思議なくらいしっくりと手に馴染んでくれた。
 救世主云々の話はともかく、こんな素晴らしい剣を借りることが出来て良かった、とアレスは思う。
 
 しかし、とアレスはため息交じり呟いた。

「はあ、天使社会なめてたぜ。俺が生かした職人天使、ほとんど処刑されちまったんだな。で死霊傀儡の材料か。狂った連中だ」

「そう、だな……」

 いつの間にかベッドから立ち上がっていたレリエルが、重い足取りで寝室を出る。
 居間には、木っ端になったダイニングテーブルや椅子、ボロボロになってひっくり返ったソファ、粉々になったランプのガラスなどが、散乱していた。
 レリエルは無言で、それらを片付け始めた。

「どうした?元気ないじゃないか」

「別に……。寝起きだから」

「あっ……。だよな!?分かるよそれ、俺もすげえ腹たったわ!日の出前に来訪とかふざけんな非常識か!」

 言いながらアレスも身をかがめて、テーブルの破片など拾い出す。
 やがてなんとか部屋は片付いた。居間の半分が粗大ゴミで埋まっている状態だが。アレスはぶつくさ言う。
 
「ちくしょう家具ほとんど買い換えなきゃじゃねえか。家具買うのって部屋の長さ測ったりしなきゃだから、すげえめんどくさいんだぞ!死霊傀儡なんてわざわざ送ってこなくても、こっちから行くってのに!」

「……」

 レリエルはどこか遠いところを見るような目で佇んでいる。
 アレスはそんなレリエルを見て、眉を上げる。

「やっぱ、なんかあっただろ?」

「えっ!?」

 物思いから引き戻されたかのようにびくりとしたレリエルの頭を、アレスは手で軽くポンポンする。

「本当は、宰相になんか言われたんだろ?」

「ち、ちが……」

 否定しようとして、レリエルの目に涙が滲み出す。

「それとも体調悪いか?ヒルデに診てもらうか?」

 アレスはレリエルの頭をなでなでした。レリエルが狼狽える。

「ぼ、僕のことなんてどうでもいいだろ!」

「無理すんなよほんと。なんでも全部言ってくれよ」

「っ、だから、そういうのが、僕は!!」

 レリエルは顔を真っ赤にして、両腕でドンッとアレスの胸を押した。
 
「なんだなんだ!?」

「僕は嫌われ者の奇形羽だ!誰にも必要とされない、僕が死んでも誰も泣かない、ただあざ笑われるだけ、僕はそういう存在なんだ!」

 必死の形相でそんなことを言うレリエルがおかしくて、アレスの笑みがこぼれた。

「何言ってんだ?そんなわけないじゃないか」

 レリエルは苦しげにアレスの笑顔を見つめ、きゅっと胸の辺りを押さえた。

「もう……いい!」

 レリエルは顔を背けると、窓辺に寄った。この部屋の一番大きい窓。その窓を開け放ち、窓枠に両腕をつき、ぐっと体を持ち上げ、足を掛けた。

 その背中の羽根が立ち上がり、ブルブルと振動を始めた。

「な、何してんだレリエル!?まさかそこから飛ぶとか言わないよな?待てって、お前が天使だってバレたら……」

 レリエルは窓から飛び立った。

「ちょ、ちょっと待てええーーーーーー!」

 アレスは窓辺に駆け寄った。
 上空をあちこちぐるぐる見回したが、レリエルの姿はもうどこにも見えなかった。

「うわあ、飛んでった!あいつ一体どうしたんだよ!?」

※※※
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