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第87話 ガブリエル来訪(1) 写し姿
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「ずいぶん遠回りしちまったが、これで本格始動だ」
大使任命式、もとい「授剣の儀」を終え、自宅アパートに帰ってきて、食事も風呂も終えた就寝前。アレスはうんと背伸びしながらそう言った。
神剣ウルメキアを腰に差して玉座の間から出てきたアレスを見て、大臣たちは感嘆し、泣き出す者までいた。「授剣が成功したのか!」「本物の救世主であった!」などと口々に言われ、アレスは恐縮しきりだった。
伝説の神剣を授けられたり、皇帝にレリエルの正体がばれたり、想定外のこともあったがそれはともかく。
気分は高揚していた。まだ敵地突入日をいつにするかは決まっていないが、とにかく道筋がついたのは良かった。
「うれしそうだな」
どことなく沈んだ顔で呟くレリエルに、アレスは複雑な表情を浮かべる。
「レリエルお前さ、本当に宰相になんか変なこと言われてないのか?」
昨日、宰相の部屋に呼ばれて戻って来たレリエルは、明らかに思い悩んでいるように見えた。手紙の代筆を頼まれた、と言っていたが他にも何かがあったようにしか思えない。
でも聞いてもレリエルは頑なに、代筆を頼まれただけ、と言い張った。
「……何もないって言ってるだろ。おやすみ」
レリエルはばたん、と寝室に入って扉を閉めた。
アレスはその扉を見つめて腕組みをする。
「いやいや、絶対なんかあっただろー……」
心配ではあるが、本人も話したがらない以上は置いておくしかない。
アレスにはもう一つ大事なことがあった。
敵地突入前に、もう少し情報が欲しいのだ。そして計画をしっかり練らないといけない。
天界開闢とやらをぶっ潰すための計画を。
明日辺り、なんとかもうちょっとレリエルに情報提供してもらわないとな、と思いながらアレスはソファに身を沈めた。
目をつぶればすぐに睡魔に襲われた。
※※※
ばたんと閉めた寝室の扉に背を預け、レリエルはほうとため息をついた。
ジールに脅迫されてから、もうずっと自問自答し続け、でも答えが出ず、憂鬱だけが心を押しつぶす。
ジールにあんな脅しをされなくたって、アレスが天界開闢について知りたがっていることなど、レリエルには分かっている。
だが。
天界開闢とは何か、それをアレスに教えた結果、何が起きるか。
考えると身が竦んだ。アレスは神と話し合うつもりでいるらしい。天使と交渉するつもりでいるらしい。
ありえないことだった。交渉の余地なんてない。
ならば……。
レリエルはベッドにその体を投げ出した。
堂々巡りの憂鬱な思考の中、やがてレリエルは毛布も被らず、眠りに落ちていく。
※※※
レリエルが規則的な寝息を立てて眠っていた時。
『レリエルさん、レリエルさん』
耳元で声をかけられ、レリエルの意識が眠りから呼び覚まされる。薄目を開けて寝惚けながら答える。
「ん……なに?アレス……?」
『いいえ、違います』
「……え?」
それがもっと若い、子供のような声である事に気づき、レリエルははっと身を起こした。
『起こしてごめんなさい、矮小羽のレリエルさん』
レリエルのベッドの脇に、整いすぎる程整った顔をした、美しい男児姿の天使が立っていた。
肩先で揃えた青い直毛、サファイアのような青い羽根、黒い制帽と、上下揃いの大天使装束。小さな体をきっちり包む上着の中には青いネクタイを締めている。
「大天使のガブリエル様!?」
レリエルは何度も目をこすった。
『夢ではありませんよ』
「どうやってここに!?まだ次元上昇前なのに!」
『これは私の写し姿。本体ではありません』
「そんなことが……」
言われてみれば確かに、その姿は虹のように背後が透けていた。声も水の中から聞こえるようにくぐもっている。
ガブリエルはその姿だけを像として遠方に飛ばすことができる、とレリエルは聞いたことがあった。水魔法の使い手であるガブリエルは、遠方の空気中の水分に、自らの霊体を反射させ、鏡像のように姿を出現させるのだと。
(やはり三大天使、すごい……。恐ろしいのはミカエル様だけじゃない……)
レリエルは警戒の色を滲ませ、ベッドのシーツをぎゅっと握った。
ガブリエルはレリエルのそんな様子に、笑みを浮かべる。人形のような冷たい笑みではあったが。
『大丈夫、何もしません。この姿はただの写し姿ですから、私は何も出来ません。今日はただ、レリエルさんにお話があって来ました』
「僕に話!?」
『一体いつまで、人間のそばにいるつもりですか?』
「え……?」
予想もしていなかった質問に、レリエルはうろたえる。
「イ、イヴァルト様が僕を殺そうとしたんです。それで逃げて……」
『もうイヴァルトはいませんよね。戻って来たらどうですか?』
「戻る!?僕がそちらに戻るんですか?」
ガブリエルはこくりと頷く。
『はい。あなたが、こちらに』
その時、レリエルの首に下げた細いピラミッド型のペンダントつまり天使感知器が、いきなり青く明滅を始めた。
寝室のドアの向こう側、居間に淀んだ悪気が突如出現したのが分かった。
「死霊傀儡!」
『ミカエルさんも精が出ますね。お隣の部屋に来ているようですね』
居間の方からアレスが何か声を発しているのが聞こえた。
「アレス!」
レリエルはベッドから降りようとした。共に戦わねば、と。
が、
『駄目です、許しません。まだお話の途中ですよ?』
冷たい口調でぴしゃりと言われ、その目を見たレリエルは凍りつく。この子供姿の大天使は、眼力だけで人を支配するような迫力を持っていた。
「ガ、ガブリエル様……」
※※※
大使任命式、もとい「授剣の儀」を終え、自宅アパートに帰ってきて、食事も風呂も終えた就寝前。アレスはうんと背伸びしながらそう言った。
神剣ウルメキアを腰に差して玉座の間から出てきたアレスを見て、大臣たちは感嘆し、泣き出す者までいた。「授剣が成功したのか!」「本物の救世主であった!」などと口々に言われ、アレスは恐縮しきりだった。
伝説の神剣を授けられたり、皇帝にレリエルの正体がばれたり、想定外のこともあったがそれはともかく。
気分は高揚していた。まだ敵地突入日をいつにするかは決まっていないが、とにかく道筋がついたのは良かった。
「うれしそうだな」
どことなく沈んだ顔で呟くレリエルに、アレスは複雑な表情を浮かべる。
「レリエルお前さ、本当に宰相になんか変なこと言われてないのか?」
昨日、宰相の部屋に呼ばれて戻って来たレリエルは、明らかに思い悩んでいるように見えた。手紙の代筆を頼まれた、と言っていたが他にも何かがあったようにしか思えない。
でも聞いてもレリエルは頑なに、代筆を頼まれただけ、と言い張った。
「……何もないって言ってるだろ。おやすみ」
レリエルはばたん、と寝室に入って扉を閉めた。
アレスはその扉を見つめて腕組みをする。
「いやいや、絶対なんかあっただろー……」
心配ではあるが、本人も話したがらない以上は置いておくしかない。
アレスにはもう一つ大事なことがあった。
敵地突入前に、もう少し情報が欲しいのだ。そして計画をしっかり練らないといけない。
天界開闢とやらをぶっ潰すための計画を。
明日辺り、なんとかもうちょっとレリエルに情報提供してもらわないとな、と思いながらアレスはソファに身を沈めた。
目をつぶればすぐに睡魔に襲われた。
※※※
ばたんと閉めた寝室の扉に背を預け、レリエルはほうとため息をついた。
ジールに脅迫されてから、もうずっと自問自答し続け、でも答えが出ず、憂鬱だけが心を押しつぶす。
ジールにあんな脅しをされなくたって、アレスが天界開闢について知りたがっていることなど、レリエルには分かっている。
だが。
天界開闢とは何か、それをアレスに教えた結果、何が起きるか。
考えると身が竦んだ。アレスは神と話し合うつもりでいるらしい。天使と交渉するつもりでいるらしい。
ありえないことだった。交渉の余地なんてない。
ならば……。
レリエルはベッドにその体を投げ出した。
堂々巡りの憂鬱な思考の中、やがてレリエルは毛布も被らず、眠りに落ちていく。
※※※
レリエルが規則的な寝息を立てて眠っていた時。
『レリエルさん、レリエルさん』
耳元で声をかけられ、レリエルの意識が眠りから呼び覚まされる。薄目を開けて寝惚けながら答える。
「ん……なに?アレス……?」
『いいえ、違います』
「……え?」
それがもっと若い、子供のような声である事に気づき、レリエルははっと身を起こした。
『起こしてごめんなさい、矮小羽のレリエルさん』
レリエルのベッドの脇に、整いすぎる程整った顔をした、美しい男児姿の天使が立っていた。
肩先で揃えた青い直毛、サファイアのような青い羽根、黒い制帽と、上下揃いの大天使装束。小さな体をきっちり包む上着の中には青いネクタイを締めている。
「大天使のガブリエル様!?」
レリエルは何度も目をこすった。
『夢ではありませんよ』
「どうやってここに!?まだ次元上昇前なのに!」
『これは私の写し姿。本体ではありません』
「そんなことが……」
言われてみれば確かに、その姿は虹のように背後が透けていた。声も水の中から聞こえるようにくぐもっている。
ガブリエルはその姿だけを像として遠方に飛ばすことができる、とレリエルは聞いたことがあった。水魔法の使い手であるガブリエルは、遠方の空気中の水分に、自らの霊体を反射させ、鏡像のように姿を出現させるのだと。
(やはり三大天使、すごい……。恐ろしいのはミカエル様だけじゃない……)
レリエルは警戒の色を滲ませ、ベッドのシーツをぎゅっと握った。
ガブリエルはレリエルのそんな様子に、笑みを浮かべる。人形のような冷たい笑みではあったが。
『大丈夫、何もしません。この姿はただの写し姿ですから、私は何も出来ません。今日はただ、レリエルさんにお話があって来ました』
「僕に話!?」
『一体いつまで、人間のそばにいるつもりですか?』
「え……?」
予想もしていなかった質問に、レリエルはうろたえる。
「イ、イヴァルト様が僕を殺そうとしたんです。それで逃げて……」
『もうイヴァルトはいませんよね。戻って来たらどうですか?』
「戻る!?僕がそちらに戻るんですか?」
ガブリエルはこくりと頷く。
『はい。あなたが、こちらに』
その時、レリエルの首に下げた細いピラミッド型のペンダントつまり天使感知器が、いきなり青く明滅を始めた。
寝室のドアの向こう側、居間に淀んだ悪気が突如出現したのが分かった。
「死霊傀儡!」
『ミカエルさんも精が出ますね。お隣の部屋に来ているようですね』
居間の方からアレスが何か声を発しているのが聞こえた。
「アレス!」
レリエルはベッドから降りようとした。共に戦わねば、と。
が、
『駄目です、許しません。まだお話の途中ですよ?』
冷たい口調でぴしゃりと言われ、その目を見たレリエルは凍りつく。この子供姿の大天使は、眼力だけで人を支配するような迫力を持っていた。
「ガ、ガブリエル様……」
※※※
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