禍ツ天使の進化論

空月 瞭明

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第82話 宮廷の夜(5) 宰相のお願い

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 宰相の部屋に呼ばれたレリエルは、ジールに手紙の代筆を頼まれた。
 レリエルは言われた通りの文言をペンで便箋に書き、ジールに渡した。ジールは嬉しそうに、

「ありがとうございます!あとはこれを魔術師長殿に託して、天使さんにお届けするだけ、と」

「それ、どうやって天使に届けるんだ?」

「魔法で小型化してあの気持ち悪い虫に括り付けるんじゃないですかねえ。あ、それはそうと。字がお綺麗ですねレリエルさん!」

「天使の文字を知らないのに、字が綺麗とか分かるのか?」

「分かんないですね!ちょっと人をほめる練習をしてみました」

「……。じゃあ僕はこれで……」

 やっぱりこいつのノリ、嫌い。などと思いながら、レリエルは退室しようとした。

「あ、ちょっと待って!実はもう一つ、レリエルさんにお願いがあるのです」

 レリエルはガッカリする。せっかくこれで終わりかと思ったのに。

「なんだ?」

 ジールは、にいっと作り物のような笑みを作って、言った。

「そろそろ『天界開闢』とは何か、教えてくれません?」

「!」

 唐突な質問に、レリエルの心臓が跳ねる。眉間にしわを寄せ、ジールを睨みつけた。

「嫌だ。なんでお前なんかに教えなきゃならない?」

 ジールはニコニコしたまま言った。

「じゃあ無理にでも聞き出すしかないですねえ」

 不穏な言葉に、レリエルは一瞬ひるんだ。が、すぐに呆れ顔をした。手で三角の印を結んだ。

「——霊体化防御エクトプラズマイド

 挑発するように腕を組む。

「どうぞ、無理にでも聞き出してみれば?」

 ジールはふっと鼻を鳴らして笑った。

「気の早い子ですね。拷問なんてしませんよ。あなたのことはね」

「は?何が言いたい?」

「教えなければアレス君を傷つける、と言ったら?」

 レリエルの顔色が変わる。
 ジールはその動揺を見て取った。満足そうに微笑んだ。レリエルはそんなジールに心底苛立ちながら、

「だ、騙されないからな!そんなこと出来るわけが無い、アレスはお前たちにとって、天使と戦える唯一の戦力だろ!」

「戦闘能力にあまり影響を与えない範囲で、傷つけることは可能です。耳を削ぐとか鼻を削ぐとか」

 レリエルは絶句した。

「お、お前は狂ってる!天使並だな!」

 ジールはレリエルの怒気を孕んだ視線を、楽しそうに受け止めた。

「おや、天使のあなたにそんなこと言われるとは」

「そんなことしたら、お前はアレスに見限られる!アレスはお前の為に働かなくなる!」

「大丈夫、それでもアレス君は働いてくれます。彼はとっても正義感が強いので。彼は命ある限り人間を救うために行動するでしょう。そういうタイプの人なので」

「なっ……!なんて残酷なことを!お前たちにとって唯一の希望だろアレスは!それだけじゃない、アレスは優しくて本当にいい奴だ!あんな善良な人間を平気で傷つけるって言うのかお前は!?」

「それで民を救えるのならば、私はなんだってやります。天使だって人類を滅ぼそうとしてるんでしょう?善良な人間を皆殺しにしようとしているじゃないですか。そしてあなたはおそらく、人類の滅びを止めるなんらかのヒントを知っている。なのに教えない」

 レリエルはびくりと顔を強張らせると、拳を握りしめうつむいた。震え声を出す。

「だま……れ……」

「あなたは人類を、アレス君含めた人類を、見殺しにしようとしている!あなたこそなんて残酷なんでしょう!」

 ジールは芝居がかった仕草で、大仰に腕を広げた。レリエルは顔を歪めて叫ぶ。

「うるさい!黙れ!お前に何が分かる!」

 ジールはふっと笑った。

「すぐに答えを出せとは言いません。一週間だけ悩ませてあげます。一週間後、あなたのせいでアレス君の体が傷つくのを見る羽目になるかどうか、全てあなたの選択次第です」

「くっ……」

 拳を震わせ棒立ちしているレリエルにジールがすっと近く。
 レリエルの耳元にジールは口を寄せ、囁いた。

「あなたが考えているより、帝国宰相の力はずっと強い。私がその気になれば、民草一人を壊すことなんて造作もないことなんです。どんな強い戦士だろうとね。私にはその力があるということだけは、覚えておいて下さい」

 レリエルは霊体化を解除すると、ジールの胸をどんと腕で押して突き放した。
 涙を溜めた目でその冷たい微笑を見上げる。

「僕だって……!僕だってその気になれば今すぐお前を殺せるってこと、覚えておけっ!」

 ジールは愉快そうに首を傾けた。

「レリエル君が殺人なんて犯したら、アレス君にあなたの処刑が命じられますよ。それって彼にとって最悪の悲劇だと思いませんか」

「お前なんて、大嫌いだ!」

「よく言われます」

 ジールは涼しげに笑う。

「つっ……」

 レリエルは顔を背け、無言で扉に向かった。乱暴に開けた扉を、音高く閉める。

 扉が閉まった途端、ジールの顔面に貼り付けていた笑みが消える。
 ジールは射抜くような鋭い目で、その扉をめ付けた。

「良い返事を待ってますよ、レリエル君……」

※※※
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