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第68話 傀儡工房村、襲撃(8) ヨメ
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アレスの視界が真っ白になった。
眩しさに目を瞑り、次に目を開けたときは刈り込まれた綺麗な芝生の上にいた。
巨大デポに股がった状態で。
見回すと、整備された花壇と、噴水と、ベンチと、人々の笑い声。駆け回る子供達。
「ここ……キリア都立公園!?帝都に戻ってきたのか!ああ、アレ、やってくれたのかレリエル……!」
レリエルの方を見ると、芝生の上に仰向けに大の字になって倒れていた。
「レリエルっ!?」
アレスは慌てて巨大鳩から降りて駆け寄った。
「どうした大丈夫かっ」
レリエルは仰向けのままハアハアと息をつきながら、髪をかきあげ苦笑いした。
「あ、だ、大丈夫だ、休んでるだけだ……。光速移動、疲れるから本当はやりたくないんだ。一日に一回しか出来ないし……」
「悪い、無理させちまったな」
「いや、これがあるから僕は襲撃を提案したんだ。いざとなったらこれで逃げてくればいいだろ」
アレスは、ヒルデに勝算はあるのかと問われた時の自信満々なレリエルを思い出した。
「なるほど、これがレリエルの勝算だったわけか。しかしあの赤髪、ミカエルってやつ、そんな強いのか?」
「ああ、とても。羽の色が赤かっただろう?ああいう風に色づいた羽を持つのは、上級天使の特徴だ。ミカエル様は三大天使の一人。事実上、天使の総司令官のような方だ。本来はさらに上位に、双子の熾天使、ルシフェル様とサタン様のお二人がいるけれど、今は三大天使に統治が委任されているから」
「総司令官!?むちゃくちゃ偉い奴じゃないか!あんな若くてなんつうか、やんちゃそうな奴がか!?そっかやっぱり強いのか、そう言われると戦ってみたくもなるが」
レリエルは首を振る。
「やめたほうがいい。ミカエル様は強いだけじゃなくて性格もちょっと……。とにかく関わらない方がいいんだあの方には」
「そ、そうか分かった。体どうだ、まだ辛いか?」
言いながらアレスもレリエルの隣の芝生に腰掛けた。レリエルは帝都の青空を見ながら笑みを浮かべた。
「もう平気だ。それになんだか……楽しかった」
予想外の感想に、アレスは声を立てて笑った。
「ははっ、そうだな!俺もすげえ、すかっとしたよ」
レリエルが胸に手を当て、いたずらに成功した子供のようにくすくす笑った。
「こんなドキドキしたの初めてだ」
「俺たちっていいコンビだな」
レリエルは上体を起こすと、首を傾げた。
「コンビ、ってどういう意味だ?」
何気なく言ったアレスは、困ったように頭をかいた。
「えっと、なんて説明すればいいかな。コンビっていうのはその、仲間同士、かな。一緒に仕事したり、戦ったり、同じ目的に向かって協力したり……。俺たちは今、一緒に共闘してるだろ?」
「僕はお前の仲間?」
「うん、そうだろ、もちろん」
レリエルが、あっと何かに気づいた顔をする。
「もしかして、ヨメって仲間って意味か!?」
アレスは不意打ちを食らって焦る。
「えっ!それはそのっ」
「そうだったのか。アレス、遺伝子注入の時よく僕のこと『俺のヨメ』って言うだろ?なんだろうって思ってたんだ」
「そんなにしょっちゅう言ってるか俺!?」
「仲間って意味だったんだな!」
「え、う……」
嫁と仲間、だいぶ意味が違うのにアレスは口ごもる。
アレスは照れ屋だった。行為中だったら愛を語れるのに、そういう時以外では途端に無骨になってしまう。
夫婦間でしか許されない行為をしていて、アレスの中では気持ちは決まっている。
なのにまだちゃんと、自分の気持ちをレリエルに表明していないことにアレスは気づく。
伝えるべき言葉を、しっかりと伝えてない。
(俺、まだプロポーズしてなかった……。駄目だ俺、全然男らしくない、男失格だ……)
だがレリエルはアレスの自己嫌悪にも気づかず、なぜか眩しそうな目で見つめてきた。
「お前は僕を監視して利用してるだけじゃない、のか?」
瞳を煌かせて尋ねられ、アレスは顔を引きつらせる。
「そ、そんなわけないじゃないか!なに言ってんだよ!俺はお前を……」
愛してるのに、の言葉が恥ずかしくて出てこない。
もう何度も伝えたはずの愛がちゃんと伝わっていないのは、こんな自分のせいだと思った。行為中のどさくさに紛れて言うだけじゃダメなのに。
それでもレリエルは嬉しそうに、合わせた手の人差し指に唇を寄せて、その言葉の響きを確かめるように繰り返した。
「僕はアレスの仲間、ヨメ……」
その髪をそよ風が揺らし、優しく細めた目の長いまつ毛を、暖かい日差しが照らす。
「レリエル……」
(そんなことで、こんなに喜ぶなんて)
愛しさがこみ上げ、同時に胸の奥が痛んだ。
レリエルを監視し、利用している。
それは間違いではない。ジールもキュディアスもヒルデも、当然そのように認識しているし、アレスだって今でもレリエルから天使の情報をもっと引き出したいと思っている。
自分は騎士だから。
騎士としてどうしても、守らねばならないものがあるから。
戦わねばならないから。
(ごめん、レリエル)
だが。それでも。
(それだけのわけないじゃないか……。何でそんなこと言うんだ……。俺はただ……)
「ずっと、こうしてたい……」
人でもなく、天使でもなく、ただのアレスと、ただのレリエル。広い世界で偶然出会って心を通わせた二人きり。ただそれだけの二人として、ずっとそばにいれたらいい。
「え?」
聞き返され、照れ屋な男は誤魔化してしまう。
「い、いや……、あ、あったかくていい天気だな!今日も平和だっ」
「平和……」
噴水で水遊びをする、子供達のきゃっきゃという笑い声が聞こえてきた。
レリエルはその子供達に振り向き、おし黙る。どこか遥か遠くを見るような目になる。
「そうだな、とても平和だ。ここは穏やかで、人間がみんな幸せそうだ」
アレスはうんとうなずく。
「ああ。俺はこの人たちの幸せを守りたい。もう人間が虫けらみたいに殺されるのは見たくないんだ。みんなを守るためなら、命だって惜しくない。俺は騎士だから。人々を守るために戦うのが、俺の仕事なんだ」
朴訥と語るアレスを見つめ、
「そうか……」
とレリエルは吐息をつく。そのまま公園に集う幸せそうな人間たちを静かに見つめた。
なぜかとても、悲しそうに。
※※※
眩しさに目を瞑り、次に目を開けたときは刈り込まれた綺麗な芝生の上にいた。
巨大デポに股がった状態で。
見回すと、整備された花壇と、噴水と、ベンチと、人々の笑い声。駆け回る子供達。
「ここ……キリア都立公園!?帝都に戻ってきたのか!ああ、アレ、やってくれたのかレリエル……!」
レリエルの方を見ると、芝生の上に仰向けに大の字になって倒れていた。
「レリエルっ!?」
アレスは慌てて巨大鳩から降りて駆け寄った。
「どうした大丈夫かっ」
レリエルは仰向けのままハアハアと息をつきながら、髪をかきあげ苦笑いした。
「あ、だ、大丈夫だ、休んでるだけだ……。光速移動、疲れるから本当はやりたくないんだ。一日に一回しか出来ないし……」
「悪い、無理させちまったな」
「いや、これがあるから僕は襲撃を提案したんだ。いざとなったらこれで逃げてくればいいだろ」
アレスは、ヒルデに勝算はあるのかと問われた時の自信満々なレリエルを思い出した。
「なるほど、これがレリエルの勝算だったわけか。しかしあの赤髪、ミカエルってやつ、そんな強いのか?」
「ああ、とても。羽の色が赤かっただろう?ああいう風に色づいた羽を持つのは、上級天使の特徴だ。ミカエル様は三大天使の一人。事実上、天使の総司令官のような方だ。本来はさらに上位に、双子の熾天使、ルシフェル様とサタン様のお二人がいるけれど、今は三大天使に統治が委任されているから」
「総司令官!?むちゃくちゃ偉い奴じゃないか!あんな若くてなんつうか、やんちゃそうな奴がか!?そっかやっぱり強いのか、そう言われると戦ってみたくもなるが」
レリエルは首を振る。
「やめたほうがいい。ミカエル様は強いだけじゃなくて性格もちょっと……。とにかく関わらない方がいいんだあの方には」
「そ、そうか分かった。体どうだ、まだ辛いか?」
言いながらアレスもレリエルの隣の芝生に腰掛けた。レリエルは帝都の青空を見ながら笑みを浮かべた。
「もう平気だ。それになんだか……楽しかった」
予想外の感想に、アレスは声を立てて笑った。
「ははっ、そうだな!俺もすげえ、すかっとしたよ」
レリエルが胸に手を当て、いたずらに成功した子供のようにくすくす笑った。
「こんなドキドキしたの初めてだ」
「俺たちっていいコンビだな」
レリエルは上体を起こすと、首を傾げた。
「コンビ、ってどういう意味だ?」
何気なく言ったアレスは、困ったように頭をかいた。
「えっと、なんて説明すればいいかな。コンビっていうのはその、仲間同士、かな。一緒に仕事したり、戦ったり、同じ目的に向かって協力したり……。俺たちは今、一緒に共闘してるだろ?」
「僕はお前の仲間?」
「うん、そうだろ、もちろん」
レリエルが、あっと何かに気づいた顔をする。
「もしかして、ヨメって仲間って意味か!?」
アレスは不意打ちを食らって焦る。
「えっ!それはそのっ」
「そうだったのか。アレス、遺伝子注入の時よく僕のこと『俺のヨメ』って言うだろ?なんだろうって思ってたんだ」
「そんなにしょっちゅう言ってるか俺!?」
「仲間って意味だったんだな!」
「え、う……」
嫁と仲間、だいぶ意味が違うのにアレスは口ごもる。
アレスは照れ屋だった。行為中だったら愛を語れるのに、そういう時以外では途端に無骨になってしまう。
夫婦間でしか許されない行為をしていて、アレスの中では気持ちは決まっている。
なのにまだちゃんと、自分の気持ちをレリエルに表明していないことにアレスは気づく。
伝えるべき言葉を、しっかりと伝えてない。
(俺、まだプロポーズしてなかった……。駄目だ俺、全然男らしくない、男失格だ……)
だがレリエルはアレスの自己嫌悪にも気づかず、なぜか眩しそうな目で見つめてきた。
「お前は僕を監視して利用してるだけじゃない、のか?」
瞳を煌かせて尋ねられ、アレスは顔を引きつらせる。
「そ、そんなわけないじゃないか!なに言ってんだよ!俺はお前を……」
愛してるのに、の言葉が恥ずかしくて出てこない。
もう何度も伝えたはずの愛がちゃんと伝わっていないのは、こんな自分のせいだと思った。行為中のどさくさに紛れて言うだけじゃダメなのに。
それでもレリエルは嬉しそうに、合わせた手の人差し指に唇を寄せて、その言葉の響きを確かめるように繰り返した。
「僕はアレスの仲間、ヨメ……」
その髪をそよ風が揺らし、優しく細めた目の長いまつ毛を、暖かい日差しが照らす。
「レリエル……」
(そんなことで、こんなに喜ぶなんて)
愛しさがこみ上げ、同時に胸の奥が痛んだ。
レリエルを監視し、利用している。
それは間違いではない。ジールもキュディアスもヒルデも、当然そのように認識しているし、アレスだって今でもレリエルから天使の情報をもっと引き出したいと思っている。
自分は騎士だから。
騎士としてどうしても、守らねばならないものがあるから。
戦わねばならないから。
(ごめん、レリエル)
だが。それでも。
(それだけのわけないじゃないか……。何でそんなこと言うんだ……。俺はただ……)
「ずっと、こうしてたい……」
人でもなく、天使でもなく、ただのアレスと、ただのレリエル。広い世界で偶然出会って心を通わせた二人きり。ただそれだけの二人として、ずっとそばにいれたらいい。
「え?」
聞き返され、照れ屋な男は誤魔化してしまう。
「い、いや……、あ、あったかくていい天気だな!今日も平和だっ」
「平和……」
噴水で水遊びをする、子供達のきゃっきゃという笑い声が聞こえてきた。
レリエルはその子供達に振り向き、おし黙る。どこか遥か遠くを見るような目になる。
「そうだな、とても平和だ。ここは穏やかで、人間がみんな幸せそうだ」
アレスはうんとうなずく。
「ああ。俺はこの人たちの幸せを守りたい。もう人間が虫けらみたいに殺されるのは見たくないんだ。みんなを守るためなら、命だって惜しくない。俺は騎士だから。人々を守るために戦うのが、俺の仕事なんだ」
朴訥と語るアレスを見つめ、
「そうか……」
とレリエルは吐息をつく。そのまま公園に集う幸せそうな人間たちを静かに見つめた。
なぜかとても、悲しそうに。
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