禍ツ天使の進化論

空月 瞭明

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第64話 傀儡工房村、襲撃(4) 工房へ

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 レリエルは一足先に自分でシュッと、アレスは続いてデポに乗って、城壁の中に降り立った。
 降り立ったところは林の中で、右手にはテイム川の流れが見えた。
 空を見上げて、アレスは今更ながらあることに気がつく。
 空が青いのだ。

「あれ!?そういえばなんで上空に赤い霧がないんだ?外から見たらドームみたいに全体が覆われていたのに」

「ああ、内側からは透過処理が施されている。光がないと作物が育たないだろう」

「へえ」

 次にアレスが注目したのは、王国の中心部の空の上だ。それは、ここからもはっきりとその非現実的な存在感を主張していた。

 この世ならざる天空宮殿。
 忌まわしき異形の侵入者たちをこの平和な国に運んできたもの。
 あの天空宮殿の出現から、全ては始まったのだ。

「この林の向こう側に、傀儡工房村がある」

 レリエルの声で、アレスは物思いから引き離される。

「よし……」

 普通サイズに戻ったデポを肩に乗せ、アレスは歩き出した。
 進むにつれて、空気が変わっていくのが体感できた。充満する神気の中に、別の気……怨霊の出す邪気のようなものが混ざり込み、その割合がどんどん増えていく。
 さらに鼻をつまみたくなるような悪臭も。

 林が途切れ、目の前に集落が開けた。アレスとレリエルは木立に身を隠して様子を伺う。
 悪臭と邪気に塗れた、異様な村だった。
 そして暗い。集落の中にだけ、灰色の靄がたなびいて、太陽光を隠しているのだ。
 
 靄の中、黒ずんだ石積みの小さな家が散見され、そこかしこの木は立ち枯れている。
 そして集落の中央に、一際大きな建物があった。
 黒い屋根からいくつもの煙突が突き出し、煙が立ち上っている。どうやらこの煙が、日の光を隠す靄の正体、そして悪臭の原因であるようだった。

「小さは家は住居、そしてあの煙突のある大きな建物、あれが傀儡工房だ。稼働前の死霊傀儡や死霊傀儡の材料、全てがあそこにあるはずだ」

 今の所、外を出歩いている天使は見当たらなかった。
 アレスとレリエルは目を見合わせ、無言でうなずきあった。
 二人は走り出した。
 集落の中を駆け抜け、傀儡工房まで一気に駆け寄った。
 傀儡工房の壁に、ピタリと背中をつける。

 中からは様々な雑音が聞こえた。金属をこすり合わせるような音、ドシンドシンと叩きつけるような低い音、人々の話し声。

 アレスが囁く。

「結構いるな」

「工房で働く職人天使たちだ。死霊傀儡は、彼らの手で作られる」

「今も材料をこねくり回してるってわけか。材料は全部を破壊しなきゃ意味がねえ。戦闘は避けられねえな。レリエル、覚悟は出来てるか?」

「とっくに出来てるさ。どうやって入る?」

 アレスは手を伸ばし、近くにある扉のドアノブを回してみた。

「開かねえな」

「鍵がかかってるな、どうする?」

「そりゃあ……。やることは一つだろ」
 
※※※

 工房内の職人天使たちは、打ちひしがれていた。
 天界から持ってきた、作るのに三年もかかる、特製の傀儡魂ギミック・セフィラ。それを使った死霊傀儡が、敗北したのだ。

「まだだ。まだ諦めんな。奴らを殺すまで諦めんじゃねえぞおめえら!もっと強いのを作るんだ!」

 親方、カサドは檄を飛ばした。
 職人天使たちは悔恨の念を滲ませながら、広い作業部屋の中、新たな傀儡作り作業に打ち込んでいた。

 そこにノックの音が聞こえた。ドンドンと責め立てるように、何度も叩かれる。

「ちっ、またイヴァルトの野郎か」

 一人の職人天使が作業台から腰を上げ、扉に向かった。
 内鍵を外し扉を開けながらぼやくように言う。

「はいはい、そんな叩かなくても聞こえるってんだ……」

 が、扉の向こうに立っている二人を見て固まった。

「なっ……!?」

 アレスが得意そうな顔でレリエルに言った。

「ほら、開いただろ?」

「全く、お前って奴は……」

 アレスは扉を開けた職人天使に向かって、友達に挨拶するように手を挙げた。

「よっ。おたくらのお人形にうんざりしてるんで、潰しに来たぜ。あ、デポはちょっと避難してな」

「クルックー!」

 と一声、デポは屋根の形がそのまま見える天井の梁のあたりに飛んで行った。
 扉を開けた職人天使が叫ぶ。

「親方っ!人間と、矮小羽のレリエルです!」

「なにッ!?」

 傀儡工房は騒然となる。
 職人たちはいきり立った。二人を睨みつける、その数、十数名。
 どの職人も例外なく、顔も服も汚れた浮浪者のような身なりをしており、その容貌は粗暴で荒々しい。
 
 カサドはぶほっとタバコの煙を咳き込み、だが面白そうに眉を上げた。
 キセルを灰皿にトントンと叩くと、コリをほぐすように首を回しながら立ち上がった。

「まさかてめえの方からやって来るとはなあ。人間のくせに霧の結界を超えたか」

 一人の職人天使が、ドンと作業台を叩いた。

「貴様らが俺たちの作品をぶっ壊しやがったんだな!」

 アレスはハッと鼻で笑った。

「なにが作品だ、人の亡骸と魂をもて遊びやがって、腐れ外道がッ!」

「んだと!?俺たちの心血注いだ作品のかたき、とってやる!」

 職人天使が手をこちらに突き出し、ドン、とセフィロト攻撃を撃ってきた。
 くすぐったいほど軽い衝撃を受け、アレスはふっと笑う。

「弱いな、お前」

「し、死なない!?」

 アレスは隠した右手にためていた冷気の球を、一気に巨大化させ、掲げた。

「霊体化しなくていいのか?——特大氷結玉ギガ・クリンガ!」

 巨大な冷気の球をその場に叩きつける。
 作業部屋にいる職人天使たちの体が一瞬で凍結し、氷像となった。

 が、全ての職人天使が凍結したわけではなかった。
 
「あっ……ありがとうございます、親方!」

 カサドが自分とその周囲にいる職人数名に、霊体化防御エクトプラズマイドをかけていた。

「油断すんな、おめえら。こいつはイヴァルトにも今までの死霊傀儡にも勝ったんだぜ?」

 数名残っていることに気づいたアレスがちっと舌打ちする。

「凍っててくれるとありがたいんだがなあ。お前らみたいな身なりの天使、地獄の六日間で見なかった。戦闘能力もかなり低いし、お前ら、人を殺したことがないだろう?」

「そ、その通りだ悪いか!だからなんだってんだ、舐めてんのか!役目、役割ってのがあんだよ!」

 アレスは小さくため息をつきながら言った。

「だから、あんまり殺したくないんだよ俺は」

 カサドは、片目ゴーグルをつけてない方の目をぎょろりと剥いて、アレスを睨みつけた。

「ハッ!殺したくないだあ?舐めやがって、どっからその余裕がでてくるんだ!てめえ、ここがどこだか分かってんのか?オレたちはなあ、傀儡で戦うんだよ!」

 そして片腕を横に広げ、叫ぶ。

「——傀儡稼働トリガー・ゴーレム!」
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