禍ツ天使の進化論

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
61 / 141

第61話 傀儡工房村、襲撃(1) 敵基地破壊工作

しおりを挟む
 アレスはソファーで寝ていた。長身で筋肉質な騎士の体には明らかに小さすぎるソファで四肢を投げ出して。

「アレス、起きてくれ!」

 レリエルの呼びかけに、重低音が返事する。

「グー……。グー……」

「ひどいイビキだな……。起きろよ、アレスってば!もう起きる時間だし大事な話があるんだよ!」

 レリエルはアレスに覆い被さり、肩を揺さぶった。
 アレスは眉間にしわをよせてしょぼくれた顔をする。

「んあー?……?」

「起きたか?」

 アレスが薄目を開けた。自分にのしかかるレリエルを見て、ぱちりと目を見開く。

「ファッ!?」

 何を勘違いしたのか、アレスは目を白黒させて慌てている。アレスの視線がふっと下に降りた。己の肩に両腕をついて見下ろしている、レリエルのパジャマの胸元を凝視する。
 伏せた姿勢のせいでレリエルの襟ぐりが大きく開いていた。アレスはレリエルの丸見えの胸から目を逸らしながら、

「あ、あ、朝からするのか!?いや待て流石にお前の体がもたないんじゃないのか?腰が痛いって言ってたし俺も昨夜は反省してて、毎日やり過ぎかもとか、自分の気持ちをぶつけてるだけなんじゃないかとか、騎士失格どころか人間失格なんじゃないかとか。もっとお前を大事にしなきゃって反省し過ぎてなかなか眠れなかったくらいで……。い、いやお前がその気ならもちろん俺は!」

 アレスから身を離したレリエルは眉をひそめた。

「なんの話をしてるんだ?」

「ふえっ!?」

 アレスの顔がみるみる赤くなる。赤くなったままぽんと手を叩く。

「あ、あぁー!わかった、腹減ってんだな!?果物もうなくなっちまったのか?よし探してやる!ええと冷却箱の奥の方に……」

 アレスは動転しながらソファから身を起こすと、まろびながら立ち上がって厨房に向かう。

「何言ってんだよもう……。僕、思いついたんだ」

「お、思いついた?」

「うん、死霊傀儡のこと。こっちに送ってくるの、止められるかもしれない」

「!!」

 厨房に行こうとしていたアレスが固まる。真顔になってレリエルに振り向いた。今やっと目が覚めたような顔でレリエルを見る。

「……本当か?」

 レリエルはこくりとうなずいた。

「アレスはあの綺麗な建物……キリア大聖堂で、『死の霧から抜け出して来た』って言ったよな。お前は人間除けの結界を通り抜けた。出られたお前なら、入ることも可能だ」

「あ、ああ、そうだ。だから初めてレリエルに会った日、俺は死の霧の中に入ろうとしていたんだ」

「お前は強い。お前となら、できるかもしれない……」

「何の話だ?」

「死霊傀儡は、全て傀儡工房村で作られているんだ。村の住人である職人天使たちが作っている」

「傀儡工房……村?」

「その村は神域の北西部の川辺にある。多分、この間一緒に見たあの川だ」

「テイム川か!」

「うん。その川の近くだ。稼働前の死霊傀儡や、材料となる人間の死体や死魂を特殊な処理で保管しておく場所も、同じ所にある。傀儡を作れる職人たちも、全員そこに住んでる」

「つまり……そこを叩けば死霊傀儡を壊滅させられるってことか!」

「だと、思う」

 アレスは眉を上げると、くっと噴き出した。

「まさか襲撃のお誘いとはなあ。やるじゃないか、レリエル!すごい情報ありがとな、助かった!」

 褒められたレリエルは、こみ上げてくる喜びを隠して、つんとすまして言った。

「僕はただ、自分が生き残りたいだけだからな」

 アレスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「よし、行こうぜ、工房襲撃!団長に相談だ!」


※※※

 トラエスト城の小会議室は、重苦しい空気に包まれていた。
 会議の参加者は三名、ジール宰相と、キュディアス第四騎士団長と、ヒルデ宮廷魔術師長である。
 ジールがデスクに肘を突き手を組み、深刻な顔つきで言う。

「とてつもないパワーを持った巨大死霊傀儡の出現……。あれから五日たち、今のところ新たなものは送られてきていませんが、次が来るのも時間の問題でしょう。由々しき問題ですね。今後そのレベルの死霊傀儡が次々送り込まれる、という自体になったら、これはもう……大災害です」

 キュディアスも頭を抱える。

「しゃくだがブラーディンの言うとおり、手え出さなきゃよかったのかあ、天使に」

「それは違います」

 とヒルデが否定する。

「間違いなく天使はなにか、よからぬことを考えている。『放置』こそとてつもない悲劇を巻き起こす気がする」

 ジールがうなずく。

「私もヒルデさんと同意見です。ところでアレス君は捕獲した天使から何か新しいことを聞きだせましたか?」

 キュディアスが答えた。

「なかなか口を割らないようだが、アレスはそれでもいくつかの情報は引き出してます。以前お伝えしたことも含まれますが、まとめますと……第一に天使はレリエル以外は霧のドームから離れて生きられないこと。第二にその理由は天使の言葉でプラーナ、つまり『神気』が彼らの生存に必要だから。第三に天使たちは霧のドーム内で『天界開闢』と呼ばれる極秘の計画を進めていること。そして第四、霧のドーム内に『神』と呼ばれる、女の王がいるらしいこと」

「王、ですか」

「ええ、『神』は天使に絶対的な崇敬を受けているようです」

 キュディアスの言葉に、ジールはじっと考え込む。そして独り言のように言った。

「その『神』と呼ばれる女の王を殺せば、あるいは……」

 キュディアスがにやりと笑った。

「いいね、やーっと道筋が見えてきたじゃねえか。とはいえ、まずは死霊傀儡か」

 実はジールと同い年、学友だったキュディアスの口調がつい崩れる。ジールはキュディアスの口調を気にするでもなく、ため息をつく。

「ええ、何か、抜本的解決をしなければなりません」

 ここでドアをノックする音が聞こえた。ドアの向こうから、

「会議中申し訳ありません、第四騎士団所属、アレスとレリエルです!緊急でお話したいことがあります!」

 ジールが許可する。

「どうぞ」

「失礼いたします!」

 入ってきた二人に、キュディアスがちっちと舌を鳴らして指を振った。

「ったく、いいタイミングじゃねえか。ちょうどお前らのことで頭悩ませてたんだぞ」

「死霊傀儡のことですよね?私達からそれについて、ご提案があります」

 と言って、アレスは会議室を見回した。

「大丈夫、ここにいるのは我々三人だけです。部屋自体に盗み聞き防止の魔法も施されておりますから、なんなりとおっしゃってください」

 ジールに促され、アレスは緊張した面持ちで口を開いた。

「レリエルの提供してくれた情報によると、死霊傀儡はカブリア王国領内の傀儡工房村というところで、職人天使たちによって製造されているそうです。この工房を破壊すれば、死霊傀儡による攻撃を止めることができるはずです。私たち二人にやらせていただけないでしょうか」

 しばしの間があった。
 ジールが眼窩にはめ込んだ片眼鏡を、軽くいじって調整する。

「つまり、敵基地破壊工作をしたい、と。あなた方二人で」

 キュディアスがひゅーと口笛を吹いた。

「ほほお、大胆なこと言い出すじゃねえか」

 ジールはレリエルに視線を合わせた。

「レリエル君、あなたにお聞きしますが、あの霧のドームの中にいる天使の人数は分かりますか?」

「一万人弱、ってとこかな」

「一万……。二人対一万、と考えると大変厳しい数字ですが、面積を考えると、少ないとも言える数ですね。カブリア王国の人口は百万でした」

「ああ、警備の手が回らない所は沢山ある。だから霧の結界で覆ってるんだ」

「なるほど。人手不足だからこそ、死の霧の壁で人間を締め出す必要があるわけですね」

 ヒルデが口を挟んだ。疑義を挟む口調で、レリエルに問う。

「勝算はあるのか?」

「ご心配どうも。なければ提案しない。命を狙われてるのは僕なんだ」

 レリエルの返答に、ヒルデは、はっと鼻で笑う。

「そういえばそうだったな、我々は貴様らのとばっちりを受けているのだった」

 ジールは考え込むように、組んだ両手に顎をのせた。

「いずれにせよ、巨大死霊傀儡などもうご勘弁願いたいです。我々にはあとがない……。キュディアスさん、よろしいですかね?」

「もちろんよ。ドンと行ってこいだ」

「ふふ、分かりました、ドンと行ってもらいましょうか。アレス君、レリエル君。死の霧内部への潜入と死霊傀儡工房の破壊による死霊傀儡生産能力の無力化、お願いします」

 アレスは脚を揃えて背筋を伸ばし、敬礼した。

「はっ!承知致しました!」
しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】

まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。

処理中です...