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第47話 お城勤務(3) お料理
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長いテーブルがいくつも並ぶ、城の大食堂。
アレスはカウンターでオムレツの載った皿を受け取った。
レリエルはテーブルで待たせてある。アパートから持参してきた果物がレリエルの昼食だ。
皿を持ってレリエルの方に振り向いて、アレスは顔を強張らせた。白い長衣を着た、文官らしき若い男がレリエルの向かいに座って何やら話しかけていた。
男はレリエルが持っていたバナナをもぎ取ると、その皮を剥いてからレリエルに返した。
(なんだあの意味不明な余計なお世話は!親切のつもりかよ!)
早歩きで近寄る。案の定、レリエルを口説いているところだった。
困惑顔のレリエルに一方的に話している。
「城勤務始めたの最近でしょう、可愛い魔術師さん。こんな綺麗な子がいたら気づかないわけないからね。今日は何時終わり?どうかな、夜一緒に食事でも」
「あのっ!」
アレスが大きな声を出し、レリエルがホッとした顔をする。男が不快そうにアレスを見やる。
「なんだい?」
「そこ、俺の席なんてどいてくれませんか?あとそいつ男ですけど!」
男は眉をあげてレリエルをまじまじと見る。
「へえ、君、男の子なんだ?構わないよ、美しいものに男女なんて関係ない。今宵是非とも僕の腕の中で咲き乱れる君を……」
「いいからどいて下さい、邪魔です!食事が終わったなら食堂から出てって下さい!」
アレスは男の腕をとって無理矢理立たせて、しっしと追いやる。
「ひどいなぁ。また今度ね、可愛い魔術師くん」
男はひらひら手を振ってようやく去って行った。
「ったく!」
アレスはムスッとしながら男の座っていた椅子に座る。どうなっているのだ帝都の民は。アレス自身もやたらと帝都の女性達から関係を迫られて辟易している。帝都の男女には貞操観念というものがまるで無い。
「レリエルもああいう男には気をつけろよ!」
アレスはスプーンをオムレツに突き刺しながら不機嫌そうに言う。
「あ、ああ。なんであいつは僕に話しかけて来たんだ?」
「そりゃあ、お前が……その……」
可愛いから。
と言うのは恥ずかしかった。レリエルが何を勘違いしたのか、心配そうな顔つきになる。
「もしかしてバレてるのか?僕が、てん……」
アレスは慌てた。
「わー!違うそうじゃ無いって!えっと、とにかく、ああいのうには絶対について行ったらダメだからな!」
「わ、分かった」
レリエルは釈然としない顔をしながら、バナナをあむと頬張った。そして小さな口でもぐもぐと咀嚼する。
美味しかったらしく、口元がふわりと綻んだ。ニコニコして二口目を食べる。
(……かわいい……)
ナンパ男のせいでイライラしていた気持ちが、瞬時に鎮まった。アレスも気分良く、オムレツを食べ始める。やはり食事は楽しく食べなきゃだな、と思いながら。
半分くらいオムレツを平らげたところで、アレスは視線に気づいた。
見上げると、バナナを食べ終わったレリエルがじっとオムレツを見つめていた。
「どうした?」
「それ……その、リョーリって言うやつ。一体、何でできてるんだ?」
「ああオムレツか?これは、鶏の卵と、鶏の肉と、野菜だな」
「バケモノの卵と、バケモノの肉と、草」
「嫌な感じに言うなー!」
レリエルはなにやら言いにくそうにしながら、アレスに尋ねてきた。
「なあもし……。もし、だぞ?僕がその、リョーリを作ったら、アレスは食べてくれるのか……?」
「えっ!?で、でも作ってもレリエルは食べられないだろ」
驚いて見つめると、レリエルは目をそらしながら、もじもじしている。
「ぼ、僕は別に食べたいわけじゃない!その、ちょ、ちょっと作ってみたくなっただけだ、リョーリを。でも作った後、捨てちゃうのもなんだろ。だから、もし作ったら、アレスは食べるのかな、って……」
「そりゃあ食べるさ」
「ほんとか!?」
がたん、と音を立ててレリエルは椅子から立ち上がった。テーブルに手をついて身を乗り出す。
「僕がリョーリ作ったら、食べてくれるのかアレス!?」
「た、食べるよ!て言うか声デカイって!」
周りの者たちが口笛を吹いてからかってきた。
「おいおい、昼間っから何いちゃついてんだあ、その二人」
「あ、わ、悪い……」
レリエルは気恥ずかしそうに着席した。アレスは微笑む。
「そっか料理してみたいのかレリエル。よし、レシピ本とか調味料とか料理道具とか、買って帰るか」
「う、うん……!」
レリエルがぱっと笑顔になる。だがすぐに心配そうな顔つきになった。
「あ、でも、お金と交換するんだよな。お金はまだあるのか?」
「あるよ!こう見えて高給取りだわ!でも食べられないから味見ができないよな。まあレシピ本どおりに作れば平気なのか」
「それはじゃあ、アレスが味見係りだ」
「はは、分かった、頑張るよ」
※※※
「レ、レリエル、あんま無理するな!」
アレスはレシピ本をつかみながら、炊事場に立つレリエルが心配で気が気じゃなかった。レリエルはぎこちない動きでうなずく。
「だ、大丈夫だ……」
二人は城での訓練を終えて、帰りに調理道具やレシピ本や材料を買って、アパートに戻って来ていた。
レリエルは今、炊事場で、生肉を手にしていた。その表情は青ざめがくがく震え、どう見ても大丈夫じゃなさそうだった。
「バケモノの肉……。なんておぞましい感触……。なんだこのヌルヌル……。ネトネト……」
「無理なら無理でいいんだぞ!?」
「だだだ、大丈夫だ!僕はやってみせる!!」
瞳孔の開いた凄味あふれる無表情で、レリエルはダンッと鶏の生肉をまな板の上に置き、包丁を手にした。
スッ、と包丁を振り上げる。
肉を見下ろし、ごくりと唾を飲み込む。
そして意を決したように、包丁をまな板に叩き落とした。
真ん中からすっぱり肉を裁断する。その瞬間、レリエルはぐっと奥歯をかみ締めた。
肉を断ち切ったままの姿勢で、しばし固まる。
不気味な沈黙が下りた。
空気はぴんと張り詰めていた。
やがてレリエルは包丁を握り締めたまま、口元に薄っすらと笑みを浮かべた。自分の切った肉の断面をじっと見つめ、
「……もう平気だ。これで吹っ切れた。一度切ってしまえば、あとはもう、何度切り刻もうと同じことだっ……!」
「そ、そんな、殺し屋の最初の殺しの時の台詞みたいな……!」
——そんなこんなで。
この後のレリエルも頑張った。
慣れない手つきでフライパンを使い、アレスの読み上げるレシピ本に沿ってオムレツを完成させた。
レシピ本のイラストはケーキのようにふっくらふわふわでレモン型だが、出来上がったのはだいぶ形が崩れてて、ぺちゃんこ。
でも肉と野菜と、レリエルの頑張りがたっぷり混ざったオムレツだ。
「おお!すごいじゃないか!」
食卓につき、オムレツを前にスプーンを手にしたアレスを、レリエルは緊張のまなざしで見つめた。
スプーンで一口すくったアレスを、食い入るように見ている。
ぱくり、とアレスは最初の一口を口に入れた。
レリエルは不安そうな顔で聞いてくる。
「ど、どうだ……?」
「うん、うめえっ!これうめえよ、食堂のよりうめえ!」
レリエルが心から安心したように笑顔になった。向日葵の花が咲くような笑顔。
「そうか!もっと欲しかったらおかわりも作るぞ!」
「おう、ありがとな!」
レリエルに手作り料理を振舞われる、という予想もしていなかった状況。それだけで気分が舞い上がった。
本当のことを言えばちょっと微妙な食感、でもそれがかえって、「レリエルの作ったものを食べている」とリアルに感じられて心に染み入った。
これは自分だけが味わえるもの。
レリエルはテーブルに肘をついて顎をのせて、食べるアレスを幸せそうに見つめた。
まるで自分では食べられない「料理」の代わりに、「幸せ」をじっくりと味わっているかのように。
アレスはまた、レリエルの優しい表情に見惚れてしまう。
レリエルの作ってくれたオムレツを飲み込みながら、ふと考える。
(嫁さんって、こんな感じなのかな……。もし俺が結婚したら……。レリエルみたいな嫁さんがいたら……。って馬鹿、何考えてんだよ、俺……)
※※※
アレスはカウンターでオムレツの載った皿を受け取った。
レリエルはテーブルで待たせてある。アパートから持参してきた果物がレリエルの昼食だ。
皿を持ってレリエルの方に振り向いて、アレスは顔を強張らせた。白い長衣を着た、文官らしき若い男がレリエルの向かいに座って何やら話しかけていた。
男はレリエルが持っていたバナナをもぎ取ると、その皮を剥いてからレリエルに返した。
(なんだあの意味不明な余計なお世話は!親切のつもりかよ!)
早歩きで近寄る。案の定、レリエルを口説いているところだった。
困惑顔のレリエルに一方的に話している。
「城勤務始めたの最近でしょう、可愛い魔術師さん。こんな綺麗な子がいたら気づかないわけないからね。今日は何時終わり?どうかな、夜一緒に食事でも」
「あのっ!」
アレスが大きな声を出し、レリエルがホッとした顔をする。男が不快そうにアレスを見やる。
「なんだい?」
「そこ、俺の席なんてどいてくれませんか?あとそいつ男ですけど!」
男は眉をあげてレリエルをまじまじと見る。
「へえ、君、男の子なんだ?構わないよ、美しいものに男女なんて関係ない。今宵是非とも僕の腕の中で咲き乱れる君を……」
「いいからどいて下さい、邪魔です!食事が終わったなら食堂から出てって下さい!」
アレスは男の腕をとって無理矢理立たせて、しっしと追いやる。
「ひどいなぁ。また今度ね、可愛い魔術師くん」
男はひらひら手を振ってようやく去って行った。
「ったく!」
アレスはムスッとしながら男の座っていた椅子に座る。どうなっているのだ帝都の民は。アレス自身もやたらと帝都の女性達から関係を迫られて辟易している。帝都の男女には貞操観念というものがまるで無い。
「レリエルもああいう男には気をつけろよ!」
アレスはスプーンをオムレツに突き刺しながら不機嫌そうに言う。
「あ、ああ。なんであいつは僕に話しかけて来たんだ?」
「そりゃあ、お前が……その……」
可愛いから。
と言うのは恥ずかしかった。レリエルが何を勘違いしたのか、心配そうな顔つきになる。
「もしかしてバレてるのか?僕が、てん……」
アレスは慌てた。
「わー!違うそうじゃ無いって!えっと、とにかく、ああいのうには絶対について行ったらダメだからな!」
「わ、分かった」
レリエルは釈然としない顔をしながら、バナナをあむと頬張った。そして小さな口でもぐもぐと咀嚼する。
美味しかったらしく、口元がふわりと綻んだ。ニコニコして二口目を食べる。
(……かわいい……)
ナンパ男のせいでイライラしていた気持ちが、瞬時に鎮まった。アレスも気分良く、オムレツを食べ始める。やはり食事は楽しく食べなきゃだな、と思いながら。
半分くらいオムレツを平らげたところで、アレスは視線に気づいた。
見上げると、バナナを食べ終わったレリエルがじっとオムレツを見つめていた。
「どうした?」
「それ……その、リョーリって言うやつ。一体、何でできてるんだ?」
「ああオムレツか?これは、鶏の卵と、鶏の肉と、野菜だな」
「バケモノの卵と、バケモノの肉と、草」
「嫌な感じに言うなー!」
レリエルはなにやら言いにくそうにしながら、アレスに尋ねてきた。
「なあもし……。もし、だぞ?僕がその、リョーリを作ったら、アレスは食べてくれるのか……?」
「えっ!?で、でも作ってもレリエルは食べられないだろ」
驚いて見つめると、レリエルは目をそらしながら、もじもじしている。
「ぼ、僕は別に食べたいわけじゃない!その、ちょ、ちょっと作ってみたくなっただけだ、リョーリを。でも作った後、捨てちゃうのもなんだろ。だから、もし作ったら、アレスは食べるのかな、って……」
「そりゃあ食べるさ」
「ほんとか!?」
がたん、と音を立ててレリエルは椅子から立ち上がった。テーブルに手をついて身を乗り出す。
「僕がリョーリ作ったら、食べてくれるのかアレス!?」
「た、食べるよ!て言うか声デカイって!」
周りの者たちが口笛を吹いてからかってきた。
「おいおい、昼間っから何いちゃついてんだあ、その二人」
「あ、わ、悪い……」
レリエルは気恥ずかしそうに着席した。アレスは微笑む。
「そっか料理してみたいのかレリエル。よし、レシピ本とか調味料とか料理道具とか、買って帰るか」
「う、うん……!」
レリエルがぱっと笑顔になる。だがすぐに心配そうな顔つきになった。
「あ、でも、お金と交換するんだよな。お金はまだあるのか?」
「あるよ!こう見えて高給取りだわ!でも食べられないから味見ができないよな。まあレシピ本どおりに作れば平気なのか」
「それはじゃあ、アレスが味見係りだ」
「はは、分かった、頑張るよ」
※※※
「レ、レリエル、あんま無理するな!」
アレスはレシピ本をつかみながら、炊事場に立つレリエルが心配で気が気じゃなかった。レリエルはぎこちない動きでうなずく。
「だ、大丈夫だ……」
二人は城での訓練を終えて、帰りに調理道具やレシピ本や材料を買って、アパートに戻って来ていた。
レリエルは今、炊事場で、生肉を手にしていた。その表情は青ざめがくがく震え、どう見ても大丈夫じゃなさそうだった。
「バケモノの肉……。なんておぞましい感触……。なんだこのヌルヌル……。ネトネト……」
「無理なら無理でいいんだぞ!?」
「だだだ、大丈夫だ!僕はやってみせる!!」
瞳孔の開いた凄味あふれる無表情で、レリエルはダンッと鶏の生肉をまな板の上に置き、包丁を手にした。
スッ、と包丁を振り上げる。
肉を見下ろし、ごくりと唾を飲み込む。
そして意を決したように、包丁をまな板に叩き落とした。
真ん中からすっぱり肉を裁断する。その瞬間、レリエルはぐっと奥歯をかみ締めた。
肉を断ち切ったままの姿勢で、しばし固まる。
不気味な沈黙が下りた。
空気はぴんと張り詰めていた。
やがてレリエルは包丁を握り締めたまま、口元に薄っすらと笑みを浮かべた。自分の切った肉の断面をじっと見つめ、
「……もう平気だ。これで吹っ切れた。一度切ってしまえば、あとはもう、何度切り刻もうと同じことだっ……!」
「そ、そんな、殺し屋の最初の殺しの時の台詞みたいな……!」
——そんなこんなで。
この後のレリエルも頑張った。
慣れない手つきでフライパンを使い、アレスの読み上げるレシピ本に沿ってオムレツを完成させた。
レシピ本のイラストはケーキのようにふっくらふわふわでレモン型だが、出来上がったのはだいぶ形が崩れてて、ぺちゃんこ。
でも肉と野菜と、レリエルの頑張りがたっぷり混ざったオムレツだ。
「おお!すごいじゃないか!」
食卓につき、オムレツを前にスプーンを手にしたアレスを、レリエルは緊張のまなざしで見つめた。
スプーンで一口すくったアレスを、食い入るように見ている。
ぱくり、とアレスは最初の一口を口に入れた。
レリエルは不安そうな顔で聞いてくる。
「ど、どうだ……?」
「うん、うめえっ!これうめえよ、食堂のよりうめえ!」
レリエルが心から安心したように笑顔になった。向日葵の花が咲くような笑顔。
「そうか!もっと欲しかったらおかわりも作るぞ!」
「おう、ありがとな!」
レリエルに手作り料理を振舞われる、という予想もしていなかった状況。それだけで気分が舞い上がった。
本当のことを言えばちょっと微妙な食感、でもそれがかえって、「レリエルの作ったものを食べている」とリアルに感じられて心に染み入った。
これは自分だけが味わえるもの。
レリエルはテーブルに肘をついて顎をのせて、食べるアレスを幸せそうに見つめた。
まるで自分では食べられない「料理」の代わりに、「幸せ」をじっくりと味わっているかのように。
アレスはまた、レリエルの優しい表情に見惚れてしまう。
レリエルの作ってくれたオムレツを飲み込みながら、ふと考える。
(嫁さんって、こんな感じなのかな……。もし俺が結婚したら……。レリエルみたいな嫁さんがいたら……。って馬鹿、何考えてんだよ、俺……)
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