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第39話 大掃除(4) 人間の遺伝子
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アレスはそこであることに気づいた。
「天使は霧の内側でしか生きて行けないと言ったが。あの時はイヴァルトも死の霧の外側に出てきていたよな?」
「ちょっとくらいなら出ても平気だ。神域内からプラーナが漏れ出しているから。でもここまで遠く離れたら生きられない」
「プラーナ?」
「説明するのは難しい。とにかく、天使が生きるために絶対に必要なものだ。天界はプラーナで満たされていた。下界である地球でも、神域の中だけはプラーナで満たされている」
「ほほう……」
レリエルは今、極めて重要なことを言った。天使の生存条件「プラーナ」。覚えておく必要がありそうだった。
「レリエルは半人間だから、プラーナのない場所でも生きていけるわけか。なんかむしろ、半人間のほうが優秀じゃないか?どっちでも生きていけるんだから」
「優秀なものか。こんな穢れ地で生きていける存在なんて、蔑まれるのは当然なんだ」
「……人間というか汚部屋住人として傷つくな結構」
「それに半分人間とはいえ、僕だって無条件で下界で生きていけるわけじゃない。半分は天使だからな。僕は定期的にあることをしないと下界で生存できない」
「えっ、そうなのか?何をしないといけないんだ?」
アレスの質問にレリエルは、はたと何かに気づいた顔をした。その顔色がみるみる曇る。
「……知らない」
「はあっ!?」
「ついこの間、突然、熾天使のルシフェル様に呼ばれたんだ。ルシフェル様というのはイヴァルト様よりもずっと上位の、とてつもなく偉いお方だ。ルシフェル様に『そなたの半人間としての力を役立てる時がやがて来る』と言われて、その時はじめて聞いたんだ、僕が下界で生活するための条件の話を」
「ふむ」
「『下界への短期滞在なら何もする必要はないが、長期滞在するためには行わなければならぬことがある。人間の遺伝子を定期的に体内に取り込み自身の遺伝情報を組み替え、体を人間に近づけよ』と言われた。僕には意味が分からなかった。ルシフェル様は具体的なことはまた今度教える、とおっしゃられたが、その今度が来る前に、このような事態になってしまった」
「人間の遺伝子を……」
遺伝子という言葉は一般には知られていないが、科学教師だったアレスには分かった。進化論を補完する最新の科学研究分野での知見だ。形質を次世代に伝えるなんらかの因子を生命は持っている。地球上のあらゆる生命は、その因子によって繋がっている、という考え方だ。
あるのは理論だけで「遺伝子」はまだ発見されていない。人の細胞内にある何か、ということだけが分かっている。だが理論だけでもアレスを感動させるのには十分だった。全ての生命が過去から未来へ繋がっている。なんと壮大な話だろう。
しかし、人間の遺伝子を体内に取り込むとはどういうことだろう。
普通に考えればそれは、人間の血肉を食らうということなのではないか……。
レリエルは困ったように頭をかいた。
「まあ、今のところ僕は生きているし、なんとかなるだろう」
「そんな適当でいいのかよ!命に関るんだろ!?」
「仕方ないじゃないか、分からないんだから。今はとにかく、腹が減った」
そう言って、机の上の果物袋に視線を送る。葡萄だけじゃ足りない、といった顔で。
言われてみればアレスも腹が減っていた。
「そうかもうとっくに夕飯の時間か」
食うか、とアレスは笑う。一つかなり大きな問題が浮上してしまったが、とりあえず今は食事が先だ。
「天使は霧の内側でしか生きて行けないと言ったが。あの時はイヴァルトも死の霧の外側に出てきていたよな?」
「ちょっとくらいなら出ても平気だ。神域内からプラーナが漏れ出しているから。でもここまで遠く離れたら生きられない」
「プラーナ?」
「説明するのは難しい。とにかく、天使が生きるために絶対に必要なものだ。天界はプラーナで満たされていた。下界である地球でも、神域の中だけはプラーナで満たされている」
「ほほう……」
レリエルは今、極めて重要なことを言った。天使の生存条件「プラーナ」。覚えておく必要がありそうだった。
「レリエルは半人間だから、プラーナのない場所でも生きていけるわけか。なんかむしろ、半人間のほうが優秀じゃないか?どっちでも生きていけるんだから」
「優秀なものか。こんな穢れ地で生きていける存在なんて、蔑まれるのは当然なんだ」
「……人間というか汚部屋住人として傷つくな結構」
「それに半分人間とはいえ、僕だって無条件で下界で生きていけるわけじゃない。半分は天使だからな。僕は定期的にあることをしないと下界で生存できない」
「えっ、そうなのか?何をしないといけないんだ?」
アレスの質問にレリエルは、はたと何かに気づいた顔をした。その顔色がみるみる曇る。
「……知らない」
「はあっ!?」
「ついこの間、突然、熾天使のルシフェル様に呼ばれたんだ。ルシフェル様というのはイヴァルト様よりもずっと上位の、とてつもなく偉いお方だ。ルシフェル様に『そなたの半人間としての力を役立てる時がやがて来る』と言われて、その時はじめて聞いたんだ、僕が下界で生活するための条件の話を」
「ふむ」
「『下界への短期滞在なら何もする必要はないが、長期滞在するためには行わなければならぬことがある。人間の遺伝子を定期的に体内に取り込み自身の遺伝情報を組み替え、体を人間に近づけよ』と言われた。僕には意味が分からなかった。ルシフェル様は具体的なことはまた今度教える、とおっしゃられたが、その今度が来る前に、このような事態になってしまった」
「人間の遺伝子を……」
遺伝子という言葉は一般には知られていないが、科学教師だったアレスには分かった。進化論を補完する最新の科学研究分野での知見だ。形質を次世代に伝えるなんらかの因子を生命は持っている。地球上のあらゆる生命は、その因子によって繋がっている、という考え方だ。
あるのは理論だけで「遺伝子」はまだ発見されていない。人の細胞内にある何か、ということだけが分かっている。だが理論だけでもアレスを感動させるのには十分だった。全ての生命が過去から未来へ繋がっている。なんと壮大な話だろう。
しかし、人間の遺伝子を体内に取り込むとはどういうことだろう。
普通に考えればそれは、人間の血肉を食らうということなのではないか……。
レリエルは困ったように頭をかいた。
「まあ、今のところ僕は生きているし、なんとかなるだろう」
「そんな適当でいいのかよ!命に関るんだろ!?」
「仕方ないじゃないか、分からないんだから。今はとにかく、腹が減った」
そう言って、机の上の果物袋に視線を送る。葡萄だけじゃ足りない、といった顔で。
言われてみればアレスも腹が減っていた。
「そうかもうとっくに夕飯の時間か」
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