禍ツ天使の進化論

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
37 / 141

第37話 大掃除(2)  汚部屋

しおりを挟む
 メイド服続行を決定してしまい内心頭をかかえるアレスに、機嫌を直したレリエルが妙なことを言い出した。

「じゃあ三角巾だ。三角巾はあるか?」

 聞かれたアレスはきょとんとする。

「は?」

「大きめの四角い布だ」

「あ、えーと」

 アレスは居間を横切って窓から身を乗り出した。こちらの建物から向かいの建物に渡された紐を手繰り寄せ、風にはためく布を一枚、取ってきた。
 レリエルに渡す。
 レリエルは布の角と角を合わせて折って三角にし、自分の頭にキュッと結んだ。

「ゴミ袋」

「えーと、はい」

 隅っこにぐちゃぐちゃっとなってた大きな麻袋を渡す。

 レリエルはゴミを拾い始めた。
 うじの湧いてる腐敗リンゴをためらいもなく素手でつかみ、麻袋の中に放り込んだ。

「ええっ!?レリエルまさか、掃除してくれるのか?」

「大丈夫。僕、こういうの得意なんだ。いつもトイレ掃除とか、他の天使の嫌がることばっかりやらされてたし」

「お、俺も一緒に片付ける!」

 アレスは慌てて濃紺の騎士団コートを脱ぎ、中のシャツを腕まくりする。

「いいよ別に。掃除、嫌いなんだろ」

「いや俺の部屋だし、俺が汚したんだし、レリエル一人にやらせるわけにいかないだろ!」

「……ふうん」

 レリエルの傍ら、アレスも床に這いつくばって片付け始めた。
 汚れた下着を丸めて洗濯場に放り込み、コバエのたかる腐敗ミルクを慌てて炊事場に持って行って流した。
 おぞましいものは真っ先に自分が片付けねば、と思いながら。

 しかし。

 レリエルがゴミを拾うたびに身を屈め、身を屈めるたびにスカートの中の白いものがチラチラしていた。明らかに女性もの下着。さらに靴下を止める白いガーターベルトまで身につけている。

(だから何て格好させてんだよ、あの人シールラはもう!)

 そのとんでもない格好が、似合っているのが一番の困りものだった。
 アレスは鋼の意思でスカートの中身から目をそらした。だってアレスは、

「騎士だから……!騎士たるもの婦人に対し礼節を重んじ清廉たれっ!」

 カブリア王国の聖騎士団で毎朝唱えさせられていた、騎士心得十ヶ条の一つを己に小声で言い聞かせた。

「?何か言ったか?」

「な、なんでも……」

(気を引き締めろ俺、これは任務で俺はレリエルを監視する立場、そもそも結婚前の男女間に何かあってはならない、物事には順序があるんだ)

 騎士でなくてもそもそも、カブリア王国は貞淑を重んじる国柄だった。男女の婚前交渉などもってのほか、という気風の国であった。

(……っていうかレリエルは婦人じゃねえし、男女じゃなくて男同士だし、何言ってんだ何考えてんだ俺!)

 アレスは大分混乱をきたしている己が精神を落ち着けるため、無心になってゴミ拾いに集中することにした。

 ゴミ拾いだけでも時間がかかった。教師時代のプリント、もう半年前に不要になったものが、なぜ今もこれほど山盛りなのかと自分の怠慢さを呪った。
 レリエルは地獄のようなゴミ溜め部屋を、黙々と手際よく片付けていく。

「これは大事そうなものだな、どこに置けばいい?」

 問われたアレスが見上げると、レリエルが帝国支給品の護符類を、手にぶら下げていた。

「あー……。どこにしようかな」

「まったく、置く場所決めておかないとダメじゃないか。そのタンス開けていいか?」

「ああ、いいよ」

 レリエルはタンスを開けて、驚愕に目を見開く。

「なんだこれ、どの引き出しも空っぽじゃないか!なんのためのタンスなんだ!?」

「うーん、タンスの中に入れるのがめんどくさくて……」

「もうなんだよそれ!今、どこに何を置くか決めろ!」

「はいっ」

 アレスは思わずかしこまる。なんだか母親に怒られてるみたいな気分。
 小一時間後、部屋はいつの間にかスッキリしていた。

「すげえ。急に広々した!結構広いじゃないかこの部屋!」

 レリエルがふんと鼻を鳴らす。

「まだだ、片付けが終わっただけだろ。これから掃除だ」

 掃き掃除をして、水拭きをして。
 レリエルは黙々と、淡々と、あっという間に、隅々まで部屋をピカピカにしてしまった。
 居間だけでなく、炊事場も風呂場もトイレも寝室も。
 もちろんアレスも頑張った。
 キュート過ぎるメイド服姿を鋼鉄の心で視界の外に追いやりながら。

 やがてすっかり綺麗になった部屋で、アレスは感動に打ち震えた。外はもうすっかり暗くなっていた。
 アレスは目をウルウルさせながら、

「信じられない俺の部屋がこんなピカピカに!ありえねえこれは奇跡だ!これは本当に現実なのか!?」

「お、大げさだな……。まったく、僕に感謝しろよな」

 レリエルは三角巾をほどいた。頭を振ると、一つ縛りの綺麗な髪がさらさらと揺れる。

「もちろんだよ、ありがとな、レリエル!」

「まあ、お前も手伝ってくれたからな」

 アレスは「ん?」と首をかしげる。

「手伝うもなにも、俺の部屋なんだし当然じゃないか」

 レリエルの口元にふっ、とシャボンのように小さな笑みが浮かんだ。

「天使ならそんなこと言わない。一緒に掃除なんてしてくれない……。お前って優しいんだな」

「やさっ……」

 アレスがうろたえ、レリエルがはっとした顔をした。

「なな、なんでもない!疲れたから僕は休むからな!」

「お、おう、すわ、座ろうぜ!」
しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】

まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。

処理中です...