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第36話 大掃除(1) メイド服
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市場で古着と果物を買ったアレスとレリエルは、アパートがひしめく下層街区に到着した。あたりはすでに夕闇に包まれていた。
自宅アパートの4階にのぼり、アレスは鍵を回してドアを開けた。
「到着っと。ここが、今日からレリエルが住む家だ。まあ既にここで三日も寝てたんだけどな、お前」
ドアを開けた途端、目に飛び込んできたのはゴミの散乱する室内だった。
レリエルが震えながら言った。
「嘘……だろ……!なんだこれ、よくこんなところで生活してるな!」
カビの生えたパンや、腐敗したりんご、コバエのたかるミルク。汚れた服や手ぬぐい、教師時代のプリント類や、汚れた皿、トンカチ、ハサミ、爪切りなど。
それらに混じって帝国から支給された貴重な護符や魔力強化アクセサリーまで散らばっているのだからタチが悪い。
なお数時間前に死霊傀儡に破壊された、窓の木格子も散乱していたが、それが目立たないレベルの汚れっぷりだった。
「しっ、仕方ねえだろ、男一人暮らしなんてどこもこんなもんだ!……たぶん。ていうかなんで今驚くんだ、朝もここから出かけただろ」
「あの時は目覚めたばかりでしかも死霊傀儡と戦って、それどころじゃなかっただろ。……そういえばお前、ここで何か飲み物を飲んでいたな。信じられない、こんな場所で何かを食することができるなんて!」
「あーお茶か。ヒルデだって平気で飲んでたぞ?」
「なんなんだ人間って!どういう神経してるんだ!」
アレスは、ずぼらな自分と変り者のヒルデが今、人間全体のイメージを大きくダウンさせてしまったことに軽く罪悪感を覚えた。
「全人類、すまん……」
レリエルはふうと息をつくと、テーブルの上のごちゃごちゃしたガラクタをかき分けてそこに果物袋を置いた。
そしてローブを脱いだ。
レリエルはローブの下に、メイドドレスを着ていた。
アレスはのけぞる。
「ホワッ!?レリエルその格好!?」
水色のワンピース、フリフリの白エプロン、同じく白のロングソックス・リボン付きの三点セット。ワンピースのスカート丈は妙に短く、横に広がるフレアータイプだ。
この派手なメイド服は、トラエスト城専属メイドのものだ。背中の小さな羽は、ドレスの一部のように馴染んでいた。
「あ、これか。シールラに着替えさせられた」
「えぇっ」
そういえば城を出る直前。レリエルは、ローブを宮廷魔術師用のものから無地のものに変えるため、一旦、第四騎士団執務室の奥の物置部屋にシールラと一緒に入っていった。出てくるのが遅く、ローブ交換にしては時間がかかり過ぎているとは思っていた。
(何やってんだあの人は!)
「『スカート』は人間の女の履くものだと聞いていたが、天使の情報は間違いだったみたいだな。華やかでなかなかいいな、人間の服は。シールラが背中に羽を通すための穴も開けてくれた、ハサミで。大丈夫、お前に着せられた服はローブの内ポケットに入れてある。このローブすごいな、ポケットになんでも入る。」
「へえ、そ、そうなんだ……」
ローブの内ポケットの収納力なんてどうでもよかった。メイド服姿に完全にうろたえているアレスを見上げ、レリエルは何かに気づいたように赤くなった。
「な、なんでそんな引いてるんだ!?そうかこの服は僕に似合わないんだな、変なんだな!?」
アレスは慌ててプルプルと首を横に振った。
「いやいやいや!似合ってる、とても似合ってる!」
アレスは自分は何を言ってるんだろう、と思う。今伝えるべきことは「似合っている」ということではなく、「天使の情報は間違ってない」なのではあるまいか。
でも正直、むちゃくちゃ似合っていた。本物のトラエスト城メイドたちの何倍も似合っている気がした。
「嘘だ、すごい変な顔をしている!まさかそんなにおかしいなんて。分かったよ着替えればいいんだろっ」
レリエルが傷ついたような顔をしてそう言うので、アレスはますます動転して、大声でこう言ってしまう。
「いや本当に似合ってる!着替えなくても大丈夫だ!」
レリエルがむすっとしながらも上目遣いで見上げてくる。
「……ほんとか?」
(あ、あれ?着替えさせるべきだよなここは)
「うん、平気だ、着替えなくても」
レリエルの表情が和らいだ。ちょっと嬉しそうに、はにかんだ微笑を浮かべる。
「そうか、じゃあいい」
「うん、いいぞ。とても華やかだ!」
(なんでこうなった!!)
自宅アパートの4階にのぼり、アレスは鍵を回してドアを開けた。
「到着っと。ここが、今日からレリエルが住む家だ。まあ既にここで三日も寝てたんだけどな、お前」
ドアを開けた途端、目に飛び込んできたのはゴミの散乱する室内だった。
レリエルが震えながら言った。
「嘘……だろ……!なんだこれ、よくこんなところで生活してるな!」
カビの生えたパンや、腐敗したりんご、コバエのたかるミルク。汚れた服や手ぬぐい、教師時代のプリント類や、汚れた皿、トンカチ、ハサミ、爪切りなど。
それらに混じって帝国から支給された貴重な護符や魔力強化アクセサリーまで散らばっているのだからタチが悪い。
なお数時間前に死霊傀儡に破壊された、窓の木格子も散乱していたが、それが目立たないレベルの汚れっぷりだった。
「しっ、仕方ねえだろ、男一人暮らしなんてどこもこんなもんだ!……たぶん。ていうかなんで今驚くんだ、朝もここから出かけただろ」
「あの時は目覚めたばかりでしかも死霊傀儡と戦って、それどころじゃなかっただろ。……そういえばお前、ここで何か飲み物を飲んでいたな。信じられない、こんな場所で何かを食することができるなんて!」
「あーお茶か。ヒルデだって平気で飲んでたぞ?」
「なんなんだ人間って!どういう神経してるんだ!」
アレスは、ずぼらな自分と変り者のヒルデが今、人間全体のイメージを大きくダウンさせてしまったことに軽く罪悪感を覚えた。
「全人類、すまん……」
レリエルはふうと息をつくと、テーブルの上のごちゃごちゃしたガラクタをかき分けてそこに果物袋を置いた。
そしてローブを脱いだ。
レリエルはローブの下に、メイドドレスを着ていた。
アレスはのけぞる。
「ホワッ!?レリエルその格好!?」
水色のワンピース、フリフリの白エプロン、同じく白のロングソックス・リボン付きの三点セット。ワンピースのスカート丈は妙に短く、横に広がるフレアータイプだ。
この派手なメイド服は、トラエスト城専属メイドのものだ。背中の小さな羽は、ドレスの一部のように馴染んでいた。
「あ、これか。シールラに着替えさせられた」
「えぇっ」
そういえば城を出る直前。レリエルは、ローブを宮廷魔術師用のものから無地のものに変えるため、一旦、第四騎士団執務室の奥の物置部屋にシールラと一緒に入っていった。出てくるのが遅く、ローブ交換にしては時間がかかり過ぎているとは思っていた。
(何やってんだあの人は!)
「『スカート』は人間の女の履くものだと聞いていたが、天使の情報は間違いだったみたいだな。華やかでなかなかいいな、人間の服は。シールラが背中に羽を通すための穴も開けてくれた、ハサミで。大丈夫、お前に着せられた服はローブの内ポケットに入れてある。このローブすごいな、ポケットになんでも入る。」
「へえ、そ、そうなんだ……」
ローブの内ポケットの収納力なんてどうでもよかった。メイド服姿に完全にうろたえているアレスを見上げ、レリエルは何かに気づいたように赤くなった。
「な、なんでそんな引いてるんだ!?そうかこの服は僕に似合わないんだな、変なんだな!?」
アレスは慌ててプルプルと首を横に振った。
「いやいやいや!似合ってる、とても似合ってる!」
アレスは自分は何を言ってるんだろう、と思う。今伝えるべきことは「似合っている」ということではなく、「天使の情報は間違ってない」なのではあるまいか。
でも正直、むちゃくちゃ似合っていた。本物のトラエスト城メイドたちの何倍も似合っている気がした。
「嘘だ、すごい変な顔をしている!まさかそんなにおかしいなんて。分かったよ着替えればいいんだろっ」
レリエルが傷ついたような顔をしてそう言うので、アレスはますます動転して、大声でこう言ってしまう。
「いや本当に似合ってる!着替えなくても大丈夫だ!」
レリエルがむすっとしながらも上目遣いで見上げてくる。
「……ほんとか?」
(あ、あれ?着替えさせるべきだよなここは)
「うん、平気だ、着替えなくても」
レリエルの表情が和らいだ。ちょっと嬉しそうに、はにかんだ微笑を浮かべる。
「そうか、じゃあいい」
「うん、いいぞ。とても華やかだ!」
(なんでこうなった!!)
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