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第34話 買い物(2) 恋じゃない
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はあーっ、とため息をつきながら、アレスはレリエルの手を引いて市場から抜け出す。
道すがら説教タイムだ。
周囲に誰もいないことを確認したアレスは、
「あのな、レリエル。店に置いてあるものは、勝手に食べたり!壊したり!持ってったり!しちゃダメなんだ!」
「なんで?」
「なんでって、売り物だから!お金を払わないと自分のものにはならないんだ」
「お金……」
「そう、お金。こういうのだ」
アレスはポケットから硬貨を取り出してレリエルに渡した。レリエルは硬貨を裏表させながら、しげしげと確かめた。
「汚い」
「汚くても大事なものなんだ!人間はそれを集めるのが大好きなんだよ!果物も古着も、それと交換しないともらえないんだ。理解したか?」
「理解した。人間は、お金が大好き」
「う……、お……、うん。そうだ」
アレスはこの説明の仕方でよかったのだろうか、とちょっと心配になる。
レリエルは硬貨をアレスに返しながら、何かを考える顔をした。
「じゃあさっきは、僕のせいでお前を困らせたのか?」
「そうだぞ」
「……悪かった」
レリエルは結んだ後ろ髪をきゅっとつかみ、ちょっと口をへの字にさせながら、謝罪を口にする。
まさか謝られるとは思わなかったアレスはたじろいだ。
「えっ!?あっ、いや、知らなかったんだから仕方ないよな。家に着いたらちょっと話そう、この世界のルール。聞きたいこともあるし」
「わかった。あと……それ貸せ」
レリエルはアレスが左腕に抱えている果物のたっぷり入った麻袋を指差した。
「え?食うのか?」
「違うよ。持ってやる」
「はっ!?」
レリエルは果物袋を両手でひょいとつかみ取ると、自分の腕の中に抱えた。
「うわ、いや重いだろそれ!お前細いし力ないんじゃ……」
「これが重いだって?とても軽いが」
レリエルはポンと、ずっしりした果物袋を宙に投げてキャッチしてみせた。アレスは口をあんぐり開ける。
「力持ち……!」
「働いてる方が落ち着くんだ。お前なんかのために働くのはシャクだが、なにも働いてないと誰かに大声で怒鳴られそうで、そわそわする」
「ここにそんな奴いるわけないじゃないか、果物屋のオヤジなんてお前のこと王子様と勘違いしてたぞ。あっちの世界ではあれだろ、お前のアレがその、小さいから、周りにイジメられてただけで」
言いながらアレスの頭に、銀髪の鬼畜上官の顔がよぎった。
「……あのイヴァルトって奴にもよく怒鳴られてたのか?」
レリエルは肩をすくめた。
「イヴァルト様は上官だから勿論そうだ」
「イヴァルト『様』ね……」
アレスはイヴァルトがまだ「様」付けであることに妙な居心地の悪さを感じた。
不意に、イヴァルトに殺されそうになった時のレリエルの言葉を思い出したのだ。
『僕は、イヴァルト様のこと……』
あの後、レリエルはなんと言おうとしていたのだろう。ものすごく心がモヤモヤした。ぼそりと尋ねる。
「レリエルお前、もしかして、あのイヴァルトって上官のこと、好きだったとか……」
「え?」
「い、いや、そんなようなこと言おうとしてなかったか?」
「そうだったか?好きというか、恩を感じていた」
「恩?あんな奴になんで恩なんて」
「イヴァルト様が隊長を務める神域周縁警備隊に、僕を加えてくれたから。だからずっと心の中で……感謝していた」
「そんだけで恩!?」
レリエルはきっと睨みつける。
「それだけでもありがたいことなんだ!神域の結界が出来上がった後、それぞれの仕事を決めることになったんだが、僕はこの見た目だから、誰も僕を仲間にしたがらなかった。でもイヴァルト様が僕を配下にするって言ってくれた。嫌われ者の僕を拾ってくれたんだ。すごく怖い人だったけど、本当は優しい人なんじゃないかと思ってた」
「じゃあ、『僕は、イヴァルト様のこと……』の続きはもしかして、『優しい人だと思ってました』、とかか!?」
「ああ、そうだな。そんなようなことを言おうとしていたのかもしれない」
「こ……恋じゃ……ないんだな?」
レリエルが「はあ?」という様子で眉をひそめる。
「そんなわけないじゃないか」
「へえー。そうなんだ、ふーん!」
冷静を装いながら、アレスの表情は風呂上がりみたいにさっぱりキラキラと光り輝く。
「なんなんだニヤニヤして、気持ち悪いな……」
「あ、でもさ、誰をどの部隊に配属するかなんて、もっと上の連中が決めるんじゃないのか?」
「えっ、そうなのか?」
「いやまあ、分かんないけど」
レリエルは苦笑を浮かべ、ため息をついた。自嘲するように。
「そうか。きっとそうだな。僕の勘違いだったんだな。いい人かも、なんて思ってて本当、損した」
「……恋人はいたのか?」
道すがら説教タイムだ。
周囲に誰もいないことを確認したアレスは、
「あのな、レリエル。店に置いてあるものは、勝手に食べたり!壊したり!持ってったり!しちゃダメなんだ!」
「なんで?」
「なんでって、売り物だから!お金を払わないと自分のものにはならないんだ」
「お金……」
「そう、お金。こういうのだ」
アレスはポケットから硬貨を取り出してレリエルに渡した。レリエルは硬貨を裏表させながら、しげしげと確かめた。
「汚い」
「汚くても大事なものなんだ!人間はそれを集めるのが大好きなんだよ!果物も古着も、それと交換しないともらえないんだ。理解したか?」
「理解した。人間は、お金が大好き」
「う……、お……、うん。そうだ」
アレスはこの説明の仕方でよかったのだろうか、とちょっと心配になる。
レリエルは硬貨をアレスに返しながら、何かを考える顔をした。
「じゃあさっきは、僕のせいでお前を困らせたのか?」
「そうだぞ」
「……悪かった」
レリエルは結んだ後ろ髪をきゅっとつかみ、ちょっと口をへの字にさせながら、謝罪を口にする。
まさか謝られるとは思わなかったアレスはたじろいだ。
「えっ!?あっ、いや、知らなかったんだから仕方ないよな。家に着いたらちょっと話そう、この世界のルール。聞きたいこともあるし」
「わかった。あと……それ貸せ」
レリエルはアレスが左腕に抱えている果物のたっぷり入った麻袋を指差した。
「え?食うのか?」
「違うよ。持ってやる」
「はっ!?」
レリエルは果物袋を両手でひょいとつかみ取ると、自分の腕の中に抱えた。
「うわ、いや重いだろそれ!お前細いし力ないんじゃ……」
「これが重いだって?とても軽いが」
レリエルはポンと、ずっしりした果物袋を宙に投げてキャッチしてみせた。アレスは口をあんぐり開ける。
「力持ち……!」
「働いてる方が落ち着くんだ。お前なんかのために働くのはシャクだが、なにも働いてないと誰かに大声で怒鳴られそうで、そわそわする」
「ここにそんな奴いるわけないじゃないか、果物屋のオヤジなんてお前のこと王子様と勘違いしてたぞ。あっちの世界ではあれだろ、お前のアレがその、小さいから、周りにイジメられてただけで」
言いながらアレスの頭に、銀髪の鬼畜上官の顔がよぎった。
「……あのイヴァルトって奴にもよく怒鳴られてたのか?」
レリエルは肩をすくめた。
「イヴァルト様は上官だから勿論そうだ」
「イヴァルト『様』ね……」
アレスはイヴァルトがまだ「様」付けであることに妙な居心地の悪さを感じた。
不意に、イヴァルトに殺されそうになった時のレリエルの言葉を思い出したのだ。
『僕は、イヴァルト様のこと……』
あの後、レリエルはなんと言おうとしていたのだろう。ものすごく心がモヤモヤした。ぼそりと尋ねる。
「レリエルお前、もしかして、あのイヴァルトって上官のこと、好きだったとか……」
「え?」
「い、いや、そんなようなこと言おうとしてなかったか?」
「そうだったか?好きというか、恩を感じていた」
「恩?あんな奴になんで恩なんて」
「イヴァルト様が隊長を務める神域周縁警備隊に、僕を加えてくれたから。だからずっと心の中で……感謝していた」
「そんだけで恩!?」
レリエルはきっと睨みつける。
「それだけでもありがたいことなんだ!神域の結界が出来上がった後、それぞれの仕事を決めることになったんだが、僕はこの見た目だから、誰も僕を仲間にしたがらなかった。でもイヴァルト様が僕を配下にするって言ってくれた。嫌われ者の僕を拾ってくれたんだ。すごく怖い人だったけど、本当は優しい人なんじゃないかと思ってた」
「じゃあ、『僕は、イヴァルト様のこと……』の続きはもしかして、『優しい人だと思ってました』、とかか!?」
「ああ、そうだな。そんなようなことを言おうとしていたのかもしれない」
「こ……恋じゃ……ないんだな?」
レリエルが「はあ?」という様子で眉をひそめる。
「そんなわけないじゃないか」
「へえー。そうなんだ、ふーん!」
冷静を装いながら、アレスの表情は風呂上がりみたいにさっぱりキラキラと光り輝く。
「なんなんだニヤニヤして、気持ち悪いな……」
「あ、でもさ、誰をどの部隊に配属するかなんて、もっと上の連中が決めるんじゃないのか?」
「えっ、そうなのか?」
「いやまあ、分かんないけど」
レリエルは苦笑を浮かべ、ため息をついた。自嘲するように。
「そうか。きっとそうだな。僕の勘違いだったんだな。いい人かも、なんて思ってて本当、損した」
「……恋人はいたのか?」
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