28 / 141
第28話 大浴場(1) 待機
しおりを挟む
時間は遡り、緊急会議の前。
アレスとキュディアスが会議に向かい、レリエルは一人、第四騎士団長の執務室に残されていた。
一目見てトラエスト帝国所属の宮廷魔術師と分かる、三ツ星文様入りのローブを着せられたまま。宮廷魔術師長ヒルデのローブは赤褐色で、宝石が縫い付けられて豪華さを醸し出しているが、平魔術師のローブなので黒くて飾りのないシンプルなものだ。
レリエルは、絶対にローブを脱がないこと、そしてこの部屋から出ないこと、と言い含められていた。
「なんだよ、偉そうに……」
レリエルはぶつくさとひとりごちながら、だが言いつけを守って執務室のソファに座り、じっとしていた。
今の所、人間たちは——アレスは——レリエルを拷問と実験にかける様子はなさそうだ。それどころか……。
『お疲れ様、よく頑張ったな』
先ほどアレスに言われた言葉を思い出したら、なぜだか顔が熱くなった。敵である天使に、人間の兵士があんな風に言うなんて。
(あいつは、底抜けにいいやつなんだろうか。それかとてつもないバカか)
レリエルはふと思い出す。三日間寝込んでいたとき、夢うつつで誰かに甲斐甲斐しく世話をされるのを感じていたことを。
あれは、アレス?それともただの夢?自分は眠りながらすごく幸せな気分で……。
また顔が熱くなりそうになって、レリエルは慌てて思考を中断させる。手で顔をぱたぱたと仰ぐ。
(あいつはただのバカだ。もうあいつのことを考えるのはよそう、こっちまでバカになってしまう)
その時、扉にノックの音が聞こえた。がちゃり、と開けて入ってきたのはシールラだ。レリエルは思わず身構える。
「失礼します!お飲み物お持ちしましたー!今日のジュースも激うまですよお。当然、飲んでくれますねぇ!?」
「え、あ、ああ」
気おされながらうなずくレリエルの前に、オレンジ色の液体をいれたグラスが置かれる。
シールラは「男」らしいが、なぜ「スカート」を履いてるのだろう、とレリエルは困惑していた。
この下界、つまり「地球」の人間については学習していた。人間達が「地獄の六日間」と呼ぶ神域形成の聖戦において、この辺りに住む人間達のデータは収集され天使たちの知識となっていた。寝ていたので聖戦に参加できなかったレリエルは知識としてそれを学んだ。
男ばかりの天使と違い、人間は男女が半々であること。男は「ズボン」をはいていて、女は「スカート」をはいていること。
だがシールラはスカートをはいているのに男だという。いきなり知識と現実の違いを見せ付けられた。
情報が間違っていたということだ。人間たちについては、実際に目で見て学んでいかねばならないようだ。
「キュディアス様とアレス様は会議に出席中ですよね」
「そうだ。それが終わるのをここで待ってるんだ」
「ええー!?会議っていっつもむちゃくちゃ長いですよ!ずーっとソファに座ってなんもしないで待ってるんですか?」
「わ、悪いか。僕だって退屈だ。でも仕方ないだろう、あいつらは僕が天使であることを他の人間達には秘密にするつもりみたいだ。ヒルデって奴の弟子ってことにしとけとか、でもボロが出るとまずいから一人では出歩くなとか髭の奴に言われた。べ、別にあいつらに従ってるわけじゃないぞ、僕にとっても共闘は好都合だから、共闘の維持のためにやつらの都合に合わせてやってるだけで」
レリエルはオレンジ色の液体をぐびと飲んだ。美味しい。地球の果汁はとても美味しい。果肉はもっと美味しいのかもしれない。
などと思いつつあっという間に飲み干したとき。シールラが妙なことを言い出した。
「おっけーです!付き合いますよ暇つぶし!」
「は?」
「せっかくトラエスト城に来たんですから、こんな所に引きこもってないで見学しましょうよお!そうだトラエスト城名物の公衆浴場なんてどうですか、すっごいゴージャスで見学だけでも楽しいですよ。シールラがご案内しますぅ!」
思っても見なかったことを言われて、レリエルは視線を彷徨わせる。
「でも、この部屋から出たら駄目だと言われてる」
「それって、会議が終わる前までに戻ってくればよくないですか!?」
「え……」
よくないような気がしたが、シールラがレリエルの腕をつかんで引っ張った。
「いてて、何するっ」
思わず立ち上がってしまったレリエルの腕をがしりとつかんで、シールラは扉に向かう。レリエルは泡を食いながらも、シールラに引きずられてしまう。
「そんなに怯えなくても平気ですよぉ。シールラがちゃんとリードしますから、シールラに全てをゆだねて~」
「怯えてなんかない!」
「あ、浴場って言っても水着着用義務があるから裸じゃないんです、そこは期待しちゃだめですよぉ。男女共しましま模様の半そでシャツに膝丈ズボンです。すんごいダサいんですよねぇ」
「待てってば、本当に行く気か!」
「大丈夫、大丈夫!」
レリエルはあっさり、扉の外へと連れて行かれる。
(くそっ、なんなんだこの変な人間は!もういい、どこでも行ってやる!)
※※※
アレスとキュディアスが会議に向かい、レリエルは一人、第四騎士団長の執務室に残されていた。
一目見てトラエスト帝国所属の宮廷魔術師と分かる、三ツ星文様入りのローブを着せられたまま。宮廷魔術師長ヒルデのローブは赤褐色で、宝石が縫い付けられて豪華さを醸し出しているが、平魔術師のローブなので黒くて飾りのないシンプルなものだ。
レリエルは、絶対にローブを脱がないこと、そしてこの部屋から出ないこと、と言い含められていた。
「なんだよ、偉そうに……」
レリエルはぶつくさとひとりごちながら、だが言いつけを守って執務室のソファに座り、じっとしていた。
今の所、人間たちは——アレスは——レリエルを拷問と実験にかける様子はなさそうだ。それどころか……。
『お疲れ様、よく頑張ったな』
先ほどアレスに言われた言葉を思い出したら、なぜだか顔が熱くなった。敵である天使に、人間の兵士があんな風に言うなんて。
(あいつは、底抜けにいいやつなんだろうか。それかとてつもないバカか)
レリエルはふと思い出す。三日間寝込んでいたとき、夢うつつで誰かに甲斐甲斐しく世話をされるのを感じていたことを。
あれは、アレス?それともただの夢?自分は眠りながらすごく幸せな気分で……。
また顔が熱くなりそうになって、レリエルは慌てて思考を中断させる。手で顔をぱたぱたと仰ぐ。
(あいつはただのバカだ。もうあいつのことを考えるのはよそう、こっちまでバカになってしまう)
その時、扉にノックの音が聞こえた。がちゃり、と開けて入ってきたのはシールラだ。レリエルは思わず身構える。
「失礼します!お飲み物お持ちしましたー!今日のジュースも激うまですよお。当然、飲んでくれますねぇ!?」
「え、あ、ああ」
気おされながらうなずくレリエルの前に、オレンジ色の液体をいれたグラスが置かれる。
シールラは「男」らしいが、なぜ「スカート」を履いてるのだろう、とレリエルは困惑していた。
この下界、つまり「地球」の人間については学習していた。人間達が「地獄の六日間」と呼ぶ神域形成の聖戦において、この辺りに住む人間達のデータは収集され天使たちの知識となっていた。寝ていたので聖戦に参加できなかったレリエルは知識としてそれを学んだ。
男ばかりの天使と違い、人間は男女が半々であること。男は「ズボン」をはいていて、女は「スカート」をはいていること。
だがシールラはスカートをはいているのに男だという。いきなり知識と現実の違いを見せ付けられた。
情報が間違っていたということだ。人間たちについては、実際に目で見て学んでいかねばならないようだ。
「キュディアス様とアレス様は会議に出席中ですよね」
「そうだ。それが終わるのをここで待ってるんだ」
「ええー!?会議っていっつもむちゃくちゃ長いですよ!ずーっとソファに座ってなんもしないで待ってるんですか?」
「わ、悪いか。僕だって退屈だ。でも仕方ないだろう、あいつらは僕が天使であることを他の人間達には秘密にするつもりみたいだ。ヒルデって奴の弟子ってことにしとけとか、でもボロが出るとまずいから一人では出歩くなとか髭の奴に言われた。べ、別にあいつらに従ってるわけじゃないぞ、僕にとっても共闘は好都合だから、共闘の維持のためにやつらの都合に合わせてやってるだけで」
レリエルはオレンジ色の液体をぐびと飲んだ。美味しい。地球の果汁はとても美味しい。果肉はもっと美味しいのかもしれない。
などと思いつつあっという間に飲み干したとき。シールラが妙なことを言い出した。
「おっけーです!付き合いますよ暇つぶし!」
「は?」
「せっかくトラエスト城に来たんですから、こんな所に引きこもってないで見学しましょうよお!そうだトラエスト城名物の公衆浴場なんてどうですか、すっごいゴージャスで見学だけでも楽しいですよ。シールラがご案内しますぅ!」
思っても見なかったことを言われて、レリエルは視線を彷徨わせる。
「でも、この部屋から出たら駄目だと言われてる」
「それって、会議が終わる前までに戻ってくればよくないですか!?」
「え……」
よくないような気がしたが、シールラがレリエルの腕をつかんで引っ張った。
「いてて、何するっ」
思わず立ち上がってしまったレリエルの腕をがしりとつかんで、シールラは扉に向かう。レリエルは泡を食いながらも、シールラに引きずられてしまう。
「そんなに怯えなくても平気ですよぉ。シールラがちゃんとリードしますから、シールラに全てをゆだねて~」
「怯えてなんかない!」
「あ、浴場って言っても水着着用義務があるから裸じゃないんです、そこは期待しちゃだめですよぉ。男女共しましま模様の半そでシャツに膝丈ズボンです。すんごいダサいんですよねぇ」
「待てってば、本当に行く気か!」
「大丈夫、大丈夫!」
レリエルはあっさり、扉の外へと連れて行かれる。
(くそっ、なんなんだこの変な人間は!もういい、どこでも行ってやる!)
※※※
0
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。


代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる