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第25話 傀儡の村
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神域周縁部警備隊長、レリエルの上官のイヴァルトは、顔面に苛立ちを貼り付けていた。
ぶつぶつと呟きながら「忌地」の中を歩く。
「穢らわしい無能どもめ!まだレリエルと人間を仕留められないのか!こんなことが上に知られたら私は……」
おぞましい瘴気、吐き気をもよおす悪臭。
とても「神域」内とは思えない忌地である。
神域、カブリア王国と呼ばれていたその領域には、一見するとかつてと然程変わらない光景が広がっていた。
天使達は元々王国にあった建物――例えば王城――を再利用することが多かった為だ。
とは言え、要所要所には天使たちの建造物が作られ、農園では天使たちの植えた木や草が、未知の果実を実らせていた。
なお上空に赤い霧は見えなかった。
晴れた昼は青空、夜は星空、雨の日は灰色の雲。ドーム内では普通に天気の移り変わりがあった。
赤い死の霧の結界は、発生の数日後に内部から透過処理が施されたためだ。天使の作物の成長にも日光が必要だからだ。
ただ地上付近の霧だけは、透過処理をされず残された。境界線がわりだ。
つまり神域は内側から見ると、赤い霧の城壁に囲まれているように見える。
さてカブリア王国の領内を流れるテイム川の川辺に、天使たちによって作られた区画があった。
傀儡工房村、と呼ばれる場所である。
死霊傀儡を作製するための工房。死体や死霊を保管する倉。職人天使たちの住居。そういったものがこの村に集められている。
全ての死霊傀儡が、この場所で作製されていた。
死体を特殊な工程で加工し死霊傀儡の肉体とし、死者の魂を忌み業を使って調合する。
異様な悪臭と死霊の悪気の充満する場所であり、他の天使たちは滅多に近づかない忌み地である。
イヴァルトは今、この地を訪れているのである。
さる大きな建物の扉を力任せにノックし、中から開けさせた。
多くの職人天使たちが作業を行なっている、死霊傀儡工房の建物だ。
イヴァルトは声を荒げた。
「おい、カサドはいるか!この忌まわしい村の長、死霊傀儡工房の責任者よ!」
ねばねばした真っ黒な怪しい何かをこねている、職人天使の一人が、顎をしゃくった。
「ちっ、偉そうに。親方は奥だ」
イヴァルトはつかつかと工房の奥に向かう。奥の一角、うず高く書物の積まれた机の向こう側、キセルを吸いながら腰掛ける老人の姿があった。
ボサボサの白髪で、左目にゴーグル型の片眼鏡をつけた、赤ら顔の老人。
傀儡工房村の村長であり、村の住人たちは親方と呼ぶ。
「カサド、貴様っ!」
老人は鷹揚に答える。
「いかがいたしました、イヴァルト様」
「新たに送った三体の死霊傀儡がまた消息を絶ったと聞いたぞ!一体どうなっている!」
「相手さんにやられちゃったんでしょうなあ」
「人間と出来損ないごときなぜ殺せぬ!?」
カサドが口から煙と共に、小さなつぶやきをふわりと吐く。
「イヴァルト様だって……」
聞き取れなかったイヴァルトが眉をひそめた。
「む?いま何か言ったか?」
「いんやあ、なあんも」
「ふん、役立たずめ!あんまり失敗が続くようなら……。そうだな、貴様を殺して貴様の死霊で傀儡を作らせてやろうか、ここの下賤どもに」
イヴァルトが冷酷な笑みを浮かべる。だがカサドは臆することもなく、
「ハッハッハ。そうそう、天使の死霊と死体で作ると、強い傀儡ができるんですわ。いやいや私は勘弁してくだせえ」
脅しを軽くいなされたイヴァルトは歯噛みした。
「何を笑っている!」
カサドは灰皿にキセルをトントンと叩き、上目遣いでイヴァルトを見やる。
「しかし、いいんですかい?こんなこと無断で。神域外に死霊傀儡を送るには、許可が必要でしょう?」
問われてイヴァルトは舌打ちしながら目をそらす。
「だ、だまれ、お前は何も考えなくていい。人形作りしか能のない賤業の輩が」
カサドは愉快そうにクックと喉の奥で笑った。
「まあこんだけやってたら、私もあなたの共犯ですわな」
「減らず口はうんざりだ、私はこれ以上、下賎の卑しい工房になど、足を踏み入れたくもない。失敗は二度と許さんからな!次、失敗したら殺してやる!」
「構いませんぜ。ただし私を殺したら、血の気の多い村の連中が黙っちゃいませんぜ。あなたが何をやってるかも全部話しちまうでしょうよ。
たとえばこの事が、ミカエル様に知られたら、どうなりますかねえ?」
カサドのゴーグルをつけていない方の目が、挑発するようにイヴァルトを睨めあげた。
ミカエルの名を聞き、イヴァルトの顔色が変わる。奥歯を噛み締めながら背を向けた。
「こ、このイヴァルトを愚弄してただで済むと思うなっ!すぐに追加の死霊傀儡を送れ!なんとしてでも出来損ないと人間を仕留めるんだ!」
イヴァルトは足早に工房から立ち去る。
乱暴に扉を閉め、宙に飛び立ったイヴァルトがひとりごちる。
その額には冷や汗が流れ出していた
「くそっ、なんという屈辱……!しかしまずい、まさかこんなに手こずるとは!
ミカエル様にこんなことを知られたら私は……。レリエルの失態にカッとしてつい殺そうとしたら、人間と一緒に逃げられたなんて……!」
※※※
イヴァルトの去った後。
工房の職人天使たちはある者は舌打ちをし、ある者はぺっと唾を吐いた。皆、カサドの周囲に集まる。職人天使達は皆、薄汚れたみすぼらしい身なりをしていた。
彼らはイヴァルトへの不満を口々に吐いた。
「あの野郎、一体何様のつもりだ!」
「親方、もう上にばらしちまいましょうよ」
「そうだ!なんで俺達があんな奴のために働かないといけないんだ!」
カサドはゆるりと笑って煙をくゆらせた。
「そうかい?オレはちょっと、面白くなってきたぜ」
「面白く?何言うんですか親方、あんないけすかない野郎の言いなりなんて、ちっとも面白かねえですよ!」
カサドは違う違う、と首を振る。
「オレたちゃ他の天使たちに嫌われる下賤の民よ。でもな、下賤には下賤の誇りがある。オレたちの誇りってなんだ?傀儡だろぉ!凶悪醜悪な死霊傀儡づくりこそがオレたちの誇りじゃねえか」
そこでカサドが言葉を切って、目に鋭い光を宿し、職人達をながめわたした。
「おめえらよお、悔しくないのかい?丹精込めて作り上げた死霊傀儡を、簡単に四体もぶっ壊されちまってよ」
職人たちは、はっとした顔をする。
依頼主がどんな嫌なやつであろうと、仕事が失敗したのは事実なのだ。自分たちの作った作品が、ターゲットを殺すことができず、あまつさえ返り討ちにあって消失してしまった。
工房の完全なる敗北である。
しかも相手は、たかが人間であり、たかが出来損ないなのだ。
職人たちは心苦しそうにうつむいた。
カサドは言葉を続けた。
「イヴァルトなんてどうでもいい。告げ口なんていつでもできる。だがそのアレスって人間とレリエルには、お返しをしたいねえ。おめえらはどうだ。やられっぱなしでいいのかい?」
イヴァルトへの苛立ちだけだった職人天使たちの心に、別の炎がともされる。互いをみやり、ぐっとこぶしを握り、カサドに向き直った。
意気盛んに、職人達は宣言する。
「分かりました親方!おれたちの職人魂をかけて、次こそ連中を仕留めましょう!」
「おお、やっぞ!!」
カサドは満足そうに、弟子達を眺め渡した。
ぶつぶつと呟きながら「忌地」の中を歩く。
「穢らわしい無能どもめ!まだレリエルと人間を仕留められないのか!こんなことが上に知られたら私は……」
おぞましい瘴気、吐き気をもよおす悪臭。
とても「神域」内とは思えない忌地である。
神域、カブリア王国と呼ばれていたその領域には、一見するとかつてと然程変わらない光景が広がっていた。
天使達は元々王国にあった建物――例えば王城――を再利用することが多かった為だ。
とは言え、要所要所には天使たちの建造物が作られ、農園では天使たちの植えた木や草が、未知の果実を実らせていた。
なお上空に赤い霧は見えなかった。
晴れた昼は青空、夜は星空、雨の日は灰色の雲。ドーム内では普通に天気の移り変わりがあった。
赤い死の霧の結界は、発生の数日後に内部から透過処理が施されたためだ。天使の作物の成長にも日光が必要だからだ。
ただ地上付近の霧だけは、透過処理をされず残された。境界線がわりだ。
つまり神域は内側から見ると、赤い霧の城壁に囲まれているように見える。
さてカブリア王国の領内を流れるテイム川の川辺に、天使たちによって作られた区画があった。
傀儡工房村、と呼ばれる場所である。
死霊傀儡を作製するための工房。死体や死霊を保管する倉。職人天使たちの住居。そういったものがこの村に集められている。
全ての死霊傀儡が、この場所で作製されていた。
死体を特殊な工程で加工し死霊傀儡の肉体とし、死者の魂を忌み業を使って調合する。
異様な悪臭と死霊の悪気の充満する場所であり、他の天使たちは滅多に近づかない忌み地である。
イヴァルトは今、この地を訪れているのである。
さる大きな建物の扉を力任せにノックし、中から開けさせた。
多くの職人天使たちが作業を行なっている、死霊傀儡工房の建物だ。
イヴァルトは声を荒げた。
「おい、カサドはいるか!この忌まわしい村の長、死霊傀儡工房の責任者よ!」
ねばねばした真っ黒な怪しい何かをこねている、職人天使の一人が、顎をしゃくった。
「ちっ、偉そうに。親方は奥だ」
イヴァルトはつかつかと工房の奥に向かう。奥の一角、うず高く書物の積まれた机の向こう側、キセルを吸いながら腰掛ける老人の姿があった。
ボサボサの白髪で、左目にゴーグル型の片眼鏡をつけた、赤ら顔の老人。
傀儡工房村の村長であり、村の住人たちは親方と呼ぶ。
「カサド、貴様っ!」
老人は鷹揚に答える。
「いかがいたしました、イヴァルト様」
「新たに送った三体の死霊傀儡がまた消息を絶ったと聞いたぞ!一体どうなっている!」
「相手さんにやられちゃったんでしょうなあ」
「人間と出来損ないごときなぜ殺せぬ!?」
カサドが口から煙と共に、小さなつぶやきをふわりと吐く。
「イヴァルト様だって……」
聞き取れなかったイヴァルトが眉をひそめた。
「む?いま何か言ったか?」
「いんやあ、なあんも」
「ふん、役立たずめ!あんまり失敗が続くようなら……。そうだな、貴様を殺して貴様の死霊で傀儡を作らせてやろうか、ここの下賤どもに」
イヴァルトが冷酷な笑みを浮かべる。だがカサドは臆することもなく、
「ハッハッハ。そうそう、天使の死霊と死体で作ると、強い傀儡ができるんですわ。いやいや私は勘弁してくだせえ」
脅しを軽くいなされたイヴァルトは歯噛みした。
「何を笑っている!」
カサドは灰皿にキセルをトントンと叩き、上目遣いでイヴァルトを見やる。
「しかし、いいんですかい?こんなこと無断で。神域外に死霊傀儡を送るには、許可が必要でしょう?」
問われてイヴァルトは舌打ちしながら目をそらす。
「だ、だまれ、お前は何も考えなくていい。人形作りしか能のない賤業の輩が」
カサドは愉快そうにクックと喉の奥で笑った。
「まあこんだけやってたら、私もあなたの共犯ですわな」
「減らず口はうんざりだ、私はこれ以上、下賎の卑しい工房になど、足を踏み入れたくもない。失敗は二度と許さんからな!次、失敗したら殺してやる!」
「構いませんぜ。ただし私を殺したら、血の気の多い村の連中が黙っちゃいませんぜ。あなたが何をやってるかも全部話しちまうでしょうよ。
たとえばこの事が、ミカエル様に知られたら、どうなりますかねえ?」
カサドのゴーグルをつけていない方の目が、挑発するようにイヴァルトを睨めあげた。
ミカエルの名を聞き、イヴァルトの顔色が変わる。奥歯を噛み締めながら背を向けた。
「こ、このイヴァルトを愚弄してただで済むと思うなっ!すぐに追加の死霊傀儡を送れ!なんとしてでも出来損ないと人間を仕留めるんだ!」
イヴァルトは足早に工房から立ち去る。
乱暴に扉を閉め、宙に飛び立ったイヴァルトがひとりごちる。
その額には冷や汗が流れ出していた
「くそっ、なんという屈辱……!しかしまずい、まさかこんなに手こずるとは!
ミカエル様にこんなことを知られたら私は……。レリエルの失態にカッとしてつい殺そうとしたら、人間と一緒に逃げられたなんて……!」
※※※
イヴァルトの去った後。
工房の職人天使たちはある者は舌打ちをし、ある者はぺっと唾を吐いた。皆、カサドの周囲に集まる。職人天使達は皆、薄汚れたみすぼらしい身なりをしていた。
彼らはイヴァルトへの不満を口々に吐いた。
「あの野郎、一体何様のつもりだ!」
「親方、もう上にばらしちまいましょうよ」
「そうだ!なんで俺達があんな奴のために働かないといけないんだ!」
カサドはゆるりと笑って煙をくゆらせた。
「そうかい?オレはちょっと、面白くなってきたぜ」
「面白く?何言うんですか親方、あんないけすかない野郎の言いなりなんて、ちっとも面白かねえですよ!」
カサドは違う違う、と首を振る。
「オレたちゃ他の天使たちに嫌われる下賤の民よ。でもな、下賤には下賤の誇りがある。オレたちの誇りってなんだ?傀儡だろぉ!凶悪醜悪な死霊傀儡づくりこそがオレたちの誇りじゃねえか」
そこでカサドが言葉を切って、目に鋭い光を宿し、職人達をながめわたした。
「おめえらよお、悔しくないのかい?丹精込めて作り上げた死霊傀儡を、簡単に四体もぶっ壊されちまってよ」
職人たちは、はっとした顔をする。
依頼主がどんな嫌なやつであろうと、仕事が失敗したのは事実なのだ。自分たちの作った作品が、ターゲットを殺すことができず、あまつさえ返り討ちにあって消失してしまった。
工房の完全なる敗北である。
しかも相手は、たかが人間であり、たかが出来損ないなのだ。
職人たちは心苦しそうにうつむいた。
カサドは言葉を続けた。
「イヴァルトなんてどうでもいい。告げ口なんていつでもできる。だがそのアレスって人間とレリエルには、お返しをしたいねえ。おめえらはどうだ。やられっぱなしでいいのかい?」
イヴァルトへの苛立ちだけだった職人天使たちの心に、別の炎がともされる。互いをみやり、ぐっとこぶしを握り、カサドに向き直った。
意気盛んに、職人達は宣言する。
「分かりました親方!おれたちの職人魂をかけて、次こそ連中を仕留めましょう!」
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