禍ツ天使の進化論

空月 瞭明

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第23話 珍獣園(3) おつかれ

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 怪しい気配がするエリアにだんだん近づいて来た。
 ただ困ったことに、園内を歩いているだけでレリエルがいちいちビクついた。珍獣たちの檻や囲いから、なるべく距離を取って歩いている。
 相当、獣が嫌いらしい。

「お前びびりすぎじゃないか?」

「だ、だって……」

 そんなことを言いながら並木道を抜けた時、

「パオーン!」

「ひゃあああああっ!バケモノっ!」

 大きな広場の中心にある柵に覆われた、象に出くわした。
 アレスがボソリとツッコミを入れる。

「象だって羽の生えた人間には言われたくないだろうな……」

 我慢の限界を超えた様子で、レリエルが涙目で訴えてきた。

「こんな体が大きくて鼻が長くて、バケモノじゃなかったらなんなんだ!ここはバケモノしかいない!さっきも異様に首の長い巨大生物が、ものすごく気持ちの悪い口の動きをしていたし……」

「キリンな」

「無理だ……っ!やっぱり僕、ここは無理だ!もう出よう、どうせ僕たちを追って来るんだから、出たって同じだろう?」

「それは駄目だ。万一でも民に被害が出たらどうする?早急に見つけて早急に退治するんだ」

「そんなの人間の都合じゃないか……」

 その時、背後から異音が聞こえた。

「グリュリュリュリュリュ」

 振り向くと死霊傀儡が、よだれを垂らしながらこちらを見つめていた。

「アれス……レリえル……神ノ裁キヲ……」

 アレスがにっと笑って神霊剣を構えた。

「来たな、本物の化け物!これが最後の一体だ!」

 死霊傀儡が片手を振りかぶりながら、こちらに突進して来た。
 振り下ろされる腕の軌道に合わせて袈裟斬り。その闇色の腕は難なく切り落とされた。
 不快なうめき声が上がる。続けざまに、剣を横に薙いだ。その腹部に、真一文字に剣が入る。両断される闇色の体。
 レリエルが手をかざして叫ぶ。

傀儡魂ギミック・セフィラ、破壊!」

 三発撃ち込み、バラバラになった死霊傀儡の体が、全てシュルシュルと消失する。
 レリエルはげっそりして息をついた。

「はあーーー。これでやっとこの恐ろしい場所から出られるのか、よかった……」

 アレスはその様子に吹き出しながら労をねぎらう。

「ははっ、死霊傀儡より象が怖いなんてな。お疲れさん。よく頑張ったな」

「えっ……」

 とレリエルが目を瞬かせてアレスを見た。

「な、なんだ?俺変なこと言ったか?」

「い、いや。そういうの、言われたことなかったから……」

 そう言ってレリエルは顔を背ける。アレスは意味が分からない。

「んん?じゃあ仕事が終わったら、天使はどんな言葉をかけるんだ?」

「お疲れ様、っていう言葉はあるけど、僕には誰も言わない」

「なんで?」

「矮小羽だから」

 アレスはやっと理解した。
 イヴァルトのレリエルへの中傷を思い出す。この少年は、天使社会でずっと差別され生きてきたのだ。
 お疲れ様、すら言ってもらえない日々。
 胸が痛んだ。

「なんだそれ……ひどいな……」

「べ、別に大したことじゃない……」

 「同じだな」とアレスは思った。人間と同じだ、と。
 他と違う見た目の者を多数派が差別し、差別された者は心が傷つく。
 天使なんて、異次元からやって来た化け物のように思っていたが、決してそんなことはなかった。
 その強がるような横顔に、垣間見える孤独に、どうしても庇護欲を掻き立てられてしまう。

 アレスはふと、先ほどのレリエルの言葉を思い出した。

「さっきレリエルは、天界の学校がどうのって言ってたよな」

「ああ」

「天使は『天界』から来た、って理解でいいか?」

「そうだ。僕たちは宮殿に乗って、高次元の天界から低次元の下界、地球までやって来た」

「天使たちは、その天界とやらに戻らないのか?戻ってくれたら非常にありがたいんだけどな」

「無理だ。天界は炎に焼かれ闇に閉ざされてしまったから」

「どういうことだ?」

 レリエルは暗い表情で視線を落とした。

「とにかく、天使はもう、天界には戻れないんだ……」

※※※
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