禍ツ天使の進化論

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
9 / 141

第9話 宮廷魔術師長と騎士団長(2) セフィロトの樹

しおりを挟む
「なんだよ」

 ヒルデは億劫おっくうそうに尋ねる。

「お前が天使の魔術を解明したと聞いた」

 アレスの言葉にヒルデの顔色が変わった。

「……誰に聞いた?」

「この間、ジール宰相にたまたま会って。その時に教えてくれたんだ」

「『たまたま』だと?あの曲者、何を企んでる」

 ヒルデは指で顎をおさえ、不審顔になる。

「クセモノって!いつもニコニコして人が良さそうじゃないか、ジール宰相。それにすげえ有能な人なんだろ?幼年の皇帝を支える、帝国の事実上の最高権力者……」

「あいつが『人が良さそう』だと?」

「うん」

 ヒルデはなぜか、呆れたように鼻で笑った。

「……まあいい。確かに、天使の魔術のことはだいたい分かった」

「本当か?帝立大学院の魔術博士たちすら解明できてねえんだろ?」

「大学院の教師ふぜいと一緒にするな。元カブリア王国宮廷魔術師、現トラエスト帝国宮廷魔術師長の俺をなめてもらっちゃ困る」

「なんだよ教師をバカにするなよ……」

 ヒルデはかつて、カブリア王国の宮廷魔術師だった。
 それが王国を去り帝国の宮廷魔術師になったのは、天使の襲来とは関係ない。
 三年も前に、その非凡な才能を買われて帝国に引き抜かれたのである。帝国支配下にあるカブリア王国は、泣く泣くこの逸材を手放した。
 しかも帝国は引き抜いたヒルデをすぐに、宮廷魔術師の中で最も位の高い、宮廷魔術師長に据えた。帝国史上最年少の宮廷魔術師長である。現在の年齢はアレスの三つ上、二十三才。

「天使の即死魔法と無敵化防御術は、どちらも我々の魔術系統で言うところの神聖魔法——霊能に近い。天使は霊能力が極めて高い」

「霊能?」

 人間の魔術系統は三種類ある。地水火風の四大精霊の力を借りる「精霊魔法」、念動や透視といった高等魔術「魔能」、そして悪霊浄化や呪術を行う「神聖魔法」別名「霊能」。

「ああ。攻撃が全く効かなくなる無敵化防御術、あれは肉体を霊体化させてるんだろう」

「つ、つまり、一時的に幽霊になるってことか?」

「そういうことだ。肉体の中に霊体があり、霊体の中に セフィロトがある。肉体を一定時間別の階層に飛ばしてるんだろうな」

「飛ばすって!でもあいつら、体だけじゃなくて着ている服も無傷だったぞ」

「幽霊が裸ではないのと同じ理屈だ。服や武器など身につけているものは全て自己同一化されており、肉体と同じように霊体化可能なんだ」

「なんて奴らだ……」

「そして天使の即死魔法は、 セフィロトへの直接攻撃によるものだ。魂に殺意の念をぶつけて呪い殺す術」

「どういうことだ……?」

「まあ見たほうが早い、ちょっと可哀想だが、実験してみるか」

「実験?」

 ヒルデは席を立つと、奥から黒鼠を入れた籠を持って来てテーブルに置いた。

 黒鼠は鼻をひくひくさせながら、籠の中をはいずりまわっていた。

「この元気な黒鼠……。こうすると」

 ヒルデは黒鼠に向かって手をかざした。そして穴の開くほど黒鼠をじっと見つめる。

「な、なんだ?何してるんだ?」

 やがてヒルデの両の瞳の中に、円と線の図形——セフィロトの樹の図が浮かんだのを見て、アレスは息を飲んだ。

「……見えた」

 言うと同時に、ヒルデはかざした手を前に押し出し、術名を口にした。

「 破魂クリファ・セフィラ!」

 と、黒鼠が倒れた。
 黒鼠はもう、目を瞑り微動だにしない。

「お、おいこれは……!」

 ガタン、と音を立ててアレスは立ち上がった。
 ヒルデは得意そうな顔つきでそんなアレスを見やった。

「同じだろう?天使の即死魔法と。そしてこの術は、霊体化した天使相手にもおそらく有効だ。肉体は別の階層に飛ばせても、魂は飛ばせない。霊体化しようが、魂は必ずその中心に存在している」

「お、お前むちゃくちゃすげえな!俺にもできるか?」

 ヒルデは己の、セフィロトの樹の浮かぶ不思議な瞳を指差す。

「霊能を鍛え、霊眼を開け。相手の魂が見えるようになれば、自ずと攻撃も可能になる」

「ヒルデ頼む……!」

「いいだろう、訓練してやる。お前の力なら……天使も殺せる」

 そう言ってにやりと笑って瞬きをすると、もう瞳は通常の状態に戻っていた。
 その時。

「面白そうな話してんじゃねえか、カブリア王国のお二人さん」

 男の声が飛び込んで来た。
 突然会話に入り込んで来た第三者に、二人ははっと振り向いた。
しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

処理中です...