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第9話 宮廷魔術師長と騎士団長(2) セフィロトの樹
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「なんだよ」
ヒルデは億劫そうに尋ねる。
「お前が天使の魔術を解明したと聞いた」
アレスの言葉にヒルデの顔色が変わった。
「……誰に聞いた?」
「この間、ジール宰相にたまたま会って。その時に教えてくれたんだ」
「『たまたま』だと?あの曲者、何を企んでる」
ヒルデは指で顎をおさえ、不審顔になる。
「クセモノって!いつもニコニコして人が良さそうじゃないか、ジール宰相。それにすげえ有能な人なんだろ?幼年の皇帝を支える、帝国の事実上の最高権力者……」
「あいつが『人が良さそう』だと?」
「うん」
ヒルデはなぜか、呆れたように鼻で笑った。
「……まあいい。確かに、天使の魔術のことはだいたい分かった」
「本当か?帝立大学院の魔術博士たちすら解明できてねえんだろ?」
「大学院の教師ふぜいと一緒にするな。元カブリア王国宮廷魔術師、現トラエスト帝国宮廷魔術師長の俺をなめてもらっちゃ困る」
「なんだよ教師をバカにするなよ……」
ヒルデはかつて、カブリア王国の宮廷魔術師だった。
それが王国を去り帝国の宮廷魔術師になったのは、天使の襲来とは関係ない。
三年も前に、その非凡な才能を買われて帝国に引き抜かれたのである。帝国支配下にあるカブリア王国は、泣く泣くこの逸材を手放した。
しかも帝国は引き抜いたヒルデをすぐに、宮廷魔術師の中で最も位の高い、宮廷魔術師長に据えた。帝国史上最年少の宮廷魔術師長である。現在の年齢はアレスの三つ上、二十三才。
「天使の即死魔法と無敵化防御術は、どちらも我々の魔術系統で言うところの神聖魔法——霊能に近い。天使は霊能力が極めて高い」
「霊能?」
人間の魔術系統は三種類ある。地水火風の四大精霊の力を借りる「精霊魔法」、念動や透視といった高等魔術「魔能」、そして悪霊浄化や呪術を行う「神聖魔法」別名「霊能」。
「ああ。攻撃が全く効かなくなる無敵化防御術、あれは肉体を霊体化させてるんだろう」
「つ、つまり、一時的に幽霊になるってことか?」
「そういうことだ。肉体の中に霊体があり、霊体の中に 魂がある。肉体を一定時間別の階層に飛ばしてるんだろうな」
「飛ばすって!でもあいつら、体だけじゃなくて着ている服も無傷だったぞ」
「幽霊が裸ではないのと同じ理屈だ。服や武器など身につけているものは全て自己同一化されており、肉体と同じように霊体化可能なんだ」
「なんて奴らだ……」
「そして天使の即死魔法は、 魂への直接攻撃によるものだ。魂に殺意の念をぶつけて呪い殺す術」
「どういうことだ……?」
「まあ見たほうが早い、ちょっと可哀想だが、実験してみるか」
「実験?」
ヒルデは席を立つと、奥から黒鼠を入れた籠を持って来てテーブルに置いた。
黒鼠は鼻をひくひくさせながら、籠の中をはいずりまわっていた。
「この元気な黒鼠……。こうすると」
ヒルデは黒鼠に向かって手をかざした。そして穴の開くほど黒鼠をじっと見つめる。
「な、なんだ?何してるんだ?」
やがてヒルデの両の瞳の中に、円と線の図形——セフィロトの樹の図が浮かんだのを見て、アレスは息を飲んだ。
「……見えた」
言うと同時に、ヒルデはかざした手を前に押し出し、術名を口にした。
「 破魂!」
と、黒鼠が倒れた。
黒鼠はもう、目を瞑り微動だにしない。
「お、おいこれは……!」
ガタン、と音を立ててアレスは立ち上がった。
ヒルデは得意そうな顔つきでそんなアレスを見やった。
「同じだろう?天使の即死魔法と。そしてこの術は、霊体化した天使相手にもおそらく有効だ。肉体は別の階層に飛ばせても、魂は飛ばせない。霊体化しようが、魂は必ずその中心に存在している」
「お、お前むちゃくちゃすげえな!俺にもできるか?」
ヒルデは己の、セフィロトの樹の浮かぶ不思議な瞳を指差す。
「霊能を鍛え、霊眼を開け。相手の魂が見えるようになれば、自ずと攻撃も可能になる」
「ヒルデ頼む……!」
「いいだろう、訓練してやる。お前の力なら……天使も殺せる」
そう言ってにやりと笑って瞬きをすると、もう瞳は通常の状態に戻っていた。
その時。
「面白そうな話してんじゃねえか、カブリア王国のお二人さん」
男の声が飛び込んで来た。
突然会話に入り込んで来た第三者に、二人ははっと振り向いた。
ヒルデは億劫そうに尋ねる。
「お前が天使の魔術を解明したと聞いた」
アレスの言葉にヒルデの顔色が変わった。
「……誰に聞いた?」
「この間、ジール宰相にたまたま会って。その時に教えてくれたんだ」
「『たまたま』だと?あの曲者、何を企んでる」
ヒルデは指で顎をおさえ、不審顔になる。
「クセモノって!いつもニコニコして人が良さそうじゃないか、ジール宰相。それにすげえ有能な人なんだろ?幼年の皇帝を支える、帝国の事実上の最高権力者……」
「あいつが『人が良さそう』だと?」
「うん」
ヒルデはなぜか、呆れたように鼻で笑った。
「……まあいい。確かに、天使の魔術のことはだいたい分かった」
「本当か?帝立大学院の魔術博士たちすら解明できてねえんだろ?」
「大学院の教師ふぜいと一緒にするな。元カブリア王国宮廷魔術師、現トラエスト帝国宮廷魔術師長の俺をなめてもらっちゃ困る」
「なんだよ教師をバカにするなよ……」
ヒルデはかつて、カブリア王国の宮廷魔術師だった。
それが王国を去り帝国の宮廷魔術師になったのは、天使の襲来とは関係ない。
三年も前に、その非凡な才能を買われて帝国に引き抜かれたのである。帝国支配下にあるカブリア王国は、泣く泣くこの逸材を手放した。
しかも帝国は引き抜いたヒルデをすぐに、宮廷魔術師の中で最も位の高い、宮廷魔術師長に据えた。帝国史上最年少の宮廷魔術師長である。現在の年齢はアレスの三つ上、二十三才。
「天使の即死魔法と無敵化防御術は、どちらも我々の魔術系統で言うところの神聖魔法——霊能に近い。天使は霊能力が極めて高い」
「霊能?」
人間の魔術系統は三種類ある。地水火風の四大精霊の力を借りる「精霊魔法」、念動や透視といった高等魔術「魔能」、そして悪霊浄化や呪術を行う「神聖魔法」別名「霊能」。
「ああ。攻撃が全く効かなくなる無敵化防御術、あれは肉体を霊体化させてるんだろう」
「つ、つまり、一時的に幽霊になるってことか?」
「そういうことだ。肉体の中に霊体があり、霊体の中に 魂がある。肉体を一定時間別の階層に飛ばしてるんだろうな」
「飛ばすって!でもあいつら、体だけじゃなくて着ている服も無傷だったぞ」
「幽霊が裸ではないのと同じ理屈だ。服や武器など身につけているものは全て自己同一化されており、肉体と同じように霊体化可能なんだ」
「なんて奴らだ……」
「そして天使の即死魔法は、 魂への直接攻撃によるものだ。魂に殺意の念をぶつけて呪い殺す術」
「どういうことだ……?」
「まあ見たほうが早い、ちょっと可哀想だが、実験してみるか」
「実験?」
ヒルデは席を立つと、奥から黒鼠を入れた籠を持って来てテーブルに置いた。
黒鼠は鼻をひくひくさせながら、籠の中をはいずりまわっていた。
「この元気な黒鼠……。こうすると」
ヒルデは黒鼠に向かって手をかざした。そして穴の開くほど黒鼠をじっと見つめる。
「な、なんだ?何してるんだ?」
やがてヒルデの両の瞳の中に、円と線の図形——セフィロトの樹の図が浮かんだのを見て、アレスは息を飲んだ。
「……見えた」
言うと同時に、ヒルデはかざした手を前に押し出し、術名を口にした。
「 破魂!」
と、黒鼠が倒れた。
黒鼠はもう、目を瞑り微動だにしない。
「お、おいこれは……!」
ガタン、と音を立ててアレスは立ち上がった。
ヒルデは得意そうな顔つきでそんなアレスを見やった。
「同じだろう?天使の即死魔法と。そしてこの術は、霊体化した天使相手にもおそらく有効だ。肉体は別の階層に飛ばせても、魂は飛ばせない。霊体化しようが、魂は必ずその中心に存在している」
「お、お前むちゃくちゃすげえな!俺にもできるか?」
ヒルデは己の、セフィロトの樹の浮かぶ不思議な瞳を指差す。
「霊能を鍛え、霊眼を開け。相手の魂が見えるようになれば、自ずと攻撃も可能になる」
「ヒルデ頼む……!」
「いいだろう、訓練してやる。お前の力なら……天使も殺せる」
そう言ってにやりと笑って瞬きをすると、もう瞳は通常の状態に戻っていた。
その時。
「面白そうな話してんじゃねえか、カブリア王国のお二人さん」
男の声が飛び込んで来た。
突然会話に入り込んで来た第三者に、二人ははっと振り向いた。
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