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第8話 宮廷魔術師長と騎士団長(1) 魔術と科学
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「仕事を見つけたそうだな」
薬草の匂いがたちこめていた。
ここはトラエスト城敷地内にある、宮廷魔術師長の居住邸である。
赤褐色のローブを纏う男が、茶を入れていた。ローブには帝国の三つ星紋章が金糸で織り込まれている。
実は大変美しい男である。長身痩躯で、黒髪を長く背中まで伸ばす。透明感のある白い肌に、凛とした切れ長の瞳、通った鼻筋。瞳の色は神秘の森を思わせる緑。
だがローブに隠されたこの男の美しさに気づいている者はほとんどいないだろう。
いつもフードを目深に被り、不機嫌そうな仏頂面。常に独特の威圧感をかもし出し、麗しい見た目を完全に凌駕し覆い隠す残念具合だった。
問われたアレスは青銅製の椅子に腰掛けている。
「ああ、仕事か、まあな。ところでヒルデ、その茶は俺が口にしても大丈夫なものだろうな?ヤモリとか入れてねえな?」
「馬鹿者、誰が貴様なんぞに薬効茶を出すか。俺の薬効茶は帝都の貴族相手に一杯9999マルツで売れるんだ。これは市場の安物だから安心しろ」
しゃべるとますます残念である。ヒルデは茶を入れたカップをテーブルに置くと、自分も椅子に腰掛けた。
「なんだよその1マルツ引いてお得感出す商法は……」
「で、なんの仕事を始めたんだ?」
「学校の先生だよ。都立学校で教師してる」
アレスは茶に口をつけながら答える。
「教師!お前が?まったく、素直に帝国の騎士団に入っておけばよかったものを。帝国は金払いがいいから、給料が三倍、いや四倍は違うぞ」
「そんなに違うのか!?」
思わずガチャリ、と音を立ててカップを置いた。
「身を乗り出すな俗物」
「べ、別に乗り出してねえし……」
「何を教えている?」
「科学」
「科学!まだそんな何の役にも立たない知識をもてあそんでいるのか」
ヒルデはあからさまにバカにしたように両手を広げた。アレスはかちんと来て反論する。
「それは違うからな!人が魔術ばかり発展させて、科学知識を実用化させて来なかったのが問題なんだ。科学はただの知識の蓄積じゃない、いつか必ず人類の役に立つ!」
「ふん、猿が進化して人になった。地球が太陽の周りを回っている。大昔地上は多種多様な竜たちに支配されていたが、巨大な隕石の衝突により竜の時代が終焉した。それらを知ってなんの役に立つというんだ?」
「お、お前は世の理を解明したいとは思わないのか?これだから魔術主義者は!実利一辺倒で、ロマンや夢というものがねえ!」
「夢だと?じゃあお前の夢はなんだ」
突っ込まれてアレスは首をひねって考えた。
「そりゃあ色々……。たとえばもし、飛空船を風魔法なしで飛べるようにできれば……」
「どうなるってんだ?」
「風精霊がいない、はるか上空でも飛ばすことができる。そしたら月まで飛べるだろ。いやもっと、火星や木星みたいな太陽系の星まで、できればさらに太陽系も越えて……」
ヒルデが顔をひきつらせた。心底あきれた声で問う。
「……なんのために月や火星に行くんだ?」
「異星人に会えるかもしれない」
「もういい、もういい。それ以上言うと狂人と思われるぞ」
「なっ……!」
顔を赤くするアレスを、ヒルデはあしらうように手で払った。
「ああ、貴様のような浮ついた科学主義者が、帝国一の攻撃魔法の使い手だとは。攻撃魔法の威力では俺ですら貴様に敵わないなんて、世は狂ってる」
「悪かったな!お前と会話してると疲れるから、本題に入らせろ!」
薬草の匂いがたちこめていた。
ここはトラエスト城敷地内にある、宮廷魔術師長の居住邸である。
赤褐色のローブを纏う男が、茶を入れていた。ローブには帝国の三つ星紋章が金糸で織り込まれている。
実は大変美しい男である。長身痩躯で、黒髪を長く背中まで伸ばす。透明感のある白い肌に、凛とした切れ長の瞳、通った鼻筋。瞳の色は神秘の森を思わせる緑。
だがローブに隠されたこの男の美しさに気づいている者はほとんどいないだろう。
いつもフードを目深に被り、不機嫌そうな仏頂面。常に独特の威圧感をかもし出し、麗しい見た目を完全に凌駕し覆い隠す残念具合だった。
問われたアレスは青銅製の椅子に腰掛けている。
「ああ、仕事か、まあな。ところでヒルデ、その茶は俺が口にしても大丈夫なものだろうな?ヤモリとか入れてねえな?」
「馬鹿者、誰が貴様なんぞに薬効茶を出すか。俺の薬効茶は帝都の貴族相手に一杯9999マルツで売れるんだ。これは市場の安物だから安心しろ」
しゃべるとますます残念である。ヒルデは茶を入れたカップをテーブルに置くと、自分も椅子に腰掛けた。
「なんだよその1マルツ引いてお得感出す商法は……」
「で、なんの仕事を始めたんだ?」
「学校の先生だよ。都立学校で教師してる」
アレスは茶に口をつけながら答える。
「教師!お前が?まったく、素直に帝国の騎士団に入っておけばよかったものを。帝国は金払いがいいから、給料が三倍、いや四倍は違うぞ」
「そんなに違うのか!?」
思わずガチャリ、と音を立ててカップを置いた。
「身を乗り出すな俗物」
「べ、別に乗り出してねえし……」
「何を教えている?」
「科学」
「科学!まだそんな何の役にも立たない知識をもてあそんでいるのか」
ヒルデはあからさまにバカにしたように両手を広げた。アレスはかちんと来て反論する。
「それは違うからな!人が魔術ばかり発展させて、科学知識を実用化させて来なかったのが問題なんだ。科学はただの知識の蓄積じゃない、いつか必ず人類の役に立つ!」
「ふん、猿が進化して人になった。地球が太陽の周りを回っている。大昔地上は多種多様な竜たちに支配されていたが、巨大な隕石の衝突により竜の時代が終焉した。それらを知ってなんの役に立つというんだ?」
「お、お前は世の理を解明したいとは思わないのか?これだから魔術主義者は!実利一辺倒で、ロマンや夢というものがねえ!」
「夢だと?じゃあお前の夢はなんだ」
突っ込まれてアレスは首をひねって考えた。
「そりゃあ色々……。たとえばもし、飛空船を風魔法なしで飛べるようにできれば……」
「どうなるってんだ?」
「風精霊がいない、はるか上空でも飛ばすことができる。そしたら月まで飛べるだろ。いやもっと、火星や木星みたいな太陽系の星まで、できればさらに太陽系も越えて……」
ヒルデが顔をひきつらせた。心底あきれた声で問う。
「……なんのために月や火星に行くんだ?」
「異星人に会えるかもしれない」
「もういい、もういい。それ以上言うと狂人と思われるぞ」
「なっ……!」
顔を赤くするアレスを、ヒルデはあしらうように手で払った。
「ああ、貴様のような浮ついた科学主義者が、帝国一の攻撃魔法の使い手だとは。攻撃魔法の威力では俺ですら貴様に敵わないなんて、世は狂ってる」
「悪かったな!お前と会話してると疲れるから、本題に入らせろ!」
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