忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
56 / 75

第56話 赤眼の蛮族

しおりを挟む
 同じ朝、ジルソンが牢に囚われ、オルワードが謹慎処分となった情報が、パルティア辺境伯領の領主とその娘の元に届いた。
 すなわち、ジルソン、オルワードの祖父と母の元に。

 辺境伯オッド・カニエルは拳を震わせた。

「私のいない間に、謀ったなダーリアン三世!」

 オッドは落ち凹んだ目の奥に、常に如才ない光を宿す痩せぎすの老人であった。あごから伸びる三角髭が、顔の輪郭をより一層鋭角的にしている。

 パルティア辺境伯は、ナバハイル最後の封建領主とも呼ばれる存在だ。
 北のパルティア辺境伯領は王国の領土の三割を占める。封土接収と諸侯の官僚化による中央集権化が進んでいる昨今ではとてつもない割合だった。
 王直轄領は王国の六割。パルティアはその半分に匹敵する領地を持っていた。

 辺境伯の娘、王妃ミランダスも青ざめる。

「まさか、そんなことが」

 呆然とする父と娘の傍ら、椅子に鷹揚に腰掛ける客人らしき壮年の男が面白そうに口の端を歪めた。

 背が高く武人らしい立派な体つきに、肩まで無造作に垂らした茶色の巻き毛。
 粗野と色気の中間のような容貌は、若い頃はさぞ女にもてただろうと思わせる。

 その瞳は赤い。

 身を包むのは、立襟で、くるぶしまで長く体を覆う異国風の赤い衣。金色の帯を締め、赤い衣の下半分に切り込まれたスリットの下に、動きやすそうな脚衣とブーツが覗く。赤い衣を飾る織模様は実に見事なものだった。

 北の「赤眼の蛮族」、メギオン王国の衣装を身につけた男は、血のような赤い瞳を眇める。

「なかなか愉快なことになったな、ミランダス。そなたの話では、常に迷信におびえる腑抜けたうすのろの王のはずでは?」

 ミランダスは悔しげに唇を食む。

「確かにそうなのです。こんな大それたことをする兆しなど少しもございませんでした」

 オッドは手にした杖を苛立たしげに握りしめながら言う。

「まさか、ジルソンとオルワードのまことの血筋に気づいたのか」

 赤眼の男はあごをさする。

「気づかれたならば、もうあの子らに挽回の余地はないな。気長に譲位を待つ、と言う選択肢はなくなった。かくなる上は……」

 ミランダスはその鋭い赤い眼光を、不敵な笑みで受け止めた。手にした扇をシュッと開き口元を隠す。

「もちろんですわ。逆らう者には、速やかな死を」

 赤眼の男は満足げにうなずき、オッドは覚悟を決めたように鼻息を吐いた。

「開戦じゃ!いつまでも辺境伯に留まっているカニエル家と思うな、必ず手に入れてやるぞ、ナバハイル」

 男が釘を刺すように言う。

「しかし慎重に頼みますぞ、オッド卿。冷静さを欠いて長年の計画が水泡に帰しては大変だ。綿密に確実に、ナバハイル王家の息の根を止めようではありませんか」

◇  ◇  ◇

 オッドが気勢をあげていた頃、王宮では。

 ダーリアン三世が護衛を伴い、前日にジルソンを閉じ込めた王城内の時計塔の、螺旋階段を昇っていた。
 ジルソンがリチェルの暗殺を目論んでいたことは間違いないだろうし、一年前までの陵辱行為にも怒りと嫌悪を覚えた。もはや厳罰は免れまい。

 しかしそれでも、息子である。刑の執行前にひとつ、話をせねばと考えた。
 父子なのに何故か心が交わらない、言い知れぬ違和感を常々感じていた、賢い息子の本音に触れたいと考えた。

 塔の最上階、扉前の衛兵が、ダーリアン三世を見て慌てたような様子を見せた。

「どうした?」

「じ、実は、謹慎処分中のオルワード殿下がいらして、たった今こちらに入ったところです」

「なんと……」

 ダーリアン三世はため息をつく。白蘭邸から出るなと行っておいたのに、もう謹慎を破るとは。

「分かった。余が話をしよう。……親子だけで話をしたい。そなたらはここで待っておれ」

 護衛の騎士達にそう言い残し、ダーリアン三世は、衛兵に開けられた扉の中に一人、入った。
 冷たい石の長い廊下を曲がったところに鉄格子の牢がある。この塔はあくまで時計塔であり、塔の内部には最上階に一つしか牢がない。
 最上階の牢は元々、身分の高い罪人用の牢で、寝具や調度品も質がよく居心地はさほど悪くない。一般の牢は時計塔の地下にある。

 廊下の角を曲がろうとして、ダーリアン三世はぴたと立ち止まった。
 角の向こうから、息子二人の会話が聞こえてきたのだ。

「目薬は持って来たか?」

 ジルソンが切羽詰った様子で囁き、オルワードが答えた。

「ああ、ここにあるよ。僕の分だけどいいかな」

「助かった」

(目薬?)

 と王は不思議がる。ジルソンは眼病を患っていただろうか。僕の分、ということはオルワードも同じ眼病を患っているのか?そんな話は初めて聞いた。

 角から向こうをのぞいた。
 鉄格子のあちら側のジルソンが今まさに小瓶をつまみ、自分の目に薬を注しているところだった。

 その瞳の色を見て、王は硬直する。

 真っ赤な瞳だった。

 小瓶からその真っ赤な瞳に向かって雫が落ちる。
 ジルソンは数度、目を瞬いた。
 すると赤い瞳が、青く変った。

 ジルソンが弟に確認した。

「どうだ?」

「うん、大丈夫。ちゃんと青くなったよ。髪はまだ平気だね。髪染めもまた持ってくる」

 王は愕然とする。

 思わずうめき声を上げ、兄弟がさっとこちらに振り向いた。
 二人は引きつった笑みを浮かべた。ジルソンは目薬を後ろ手に隠し、上擦った猫なで声を出す。

「ち、父上!面会に来て下さったのですね!もう父上に見捨てられたとばかり思っておりました。私は感激を……」

「その目はなんだ」

 大理石の彫刻のような生気の無い顔で見据え、王は尋ねる。
 兄弟は青ざめ、震え、王から目をそらした。

 ダーリアン三世は乾いた喉から搾り出すような声で問うた。

「そなた達は、誰の子だ?」

◇  ◇  ◇
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

緑宝は優しさに包まれる〜癒しの王太子様が醜い僕を溺愛してきます〜

天宮叶
BL
幼い頃はその美貌で誰からも愛されていた主人公は、顔半分に大きな傷をおってしまう。それから彼の人生は逆転した。愛してくれていた親からは虐げられ、人の目が気になり外に出ることが怖くなった。そんな時、王太子様が婚約者候補を探しているため年齢の合う者は王宮まで来るようにという御触書が全貴族の元へと送られてきた。主人公の双子の妹もその対象だったが行きたくないと駄々をこね…… ※本編完結済みです ※ハピエン確定していますので安心してお読みください✨ ※途中辛い場面など多々あります ※NL表現が含まれます ※ストーリー重視&シリアス展開が序盤続きます

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

処理中です...