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第70話 革命 (4)

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 一刻前。
 王都の真ん中に位置する大聖堂前広場は群衆で埋め尽くされていた。

 憲兵達全てが戦意喪失し、反乱民側の勝利が確定した直後。
 搾取され続けた奴隷達、殺される寸前だった廃棄奴隷達、憲兵に家族や友人を殺された自由民達、新王ジルソンの体制に不満を持つ全ての民衆。

 怒れる群衆のその中心に、長い金髪をなびかせる美しい王子リチェルと、闘技場の王者アルキバ、そして高僧ハイラドがいた。

 リチェルは一人、台に立ち語る。聴衆は熱心に、凛と響くその声に耳を傾けていた。

「民を苦しめる憲兵達は退けられた!だが真の敵は、憲兵を動かしていた新王ジルソンだ!国民を疲弊させる三年前の増税、奴隷を虐げる二年前の奴隷保護法撤廃、メギオンとの不平等条約締結、憲兵たちによる反王家狩り、そして今日の廃棄奴隷殺処分。全て偽王ジルソンの命によるものだ!」

 そうだそうだ、とどこかから間の手が入る。

「我が父、ダーリアン三世国王陛下を謀殺したのも、ジルソンだ!ジルソンの本当の父親は、敵国メギオンの王、カマロ!ミランダスはカマロと密通していたのだ!」

 多くの民は既にそのことを知っていた様子で、ジルソンを罵る言葉があちこちで発せられる。

 民達にその情報を広めたのは、ハイラドだった。
 ハイラドは救護院の廃棄奴隷や弟子共々、ロワの屋敷に身を隠していた。
 同時にこの三ヶ月、街の有力者達と水面下で対話し、リチェルの潔白と、ジルソンこそが国王謀殺の犯人であること、ジルソンが実はメギオン国王の子供であることを触れ回った。
 ハイラドが言うなら、とリチェルを信じる民は日に日に増えていった。
 憲兵たちの気づかない場所で真実はひそやかに広がっていき、だからこそ今日、多くの民衆がリチェル側について立ち上がったのだった。
 またハイラドの弟子たちは旅の商人に扮してリチェルもアルキバもハイラドも既に国外にいる、という噂を城に流しジルソンを油断させた。

 一方ロワは、ネズミや蜘蛛等の使い魔を間者として城に送り込み、様々な情報を手に入れた。
 ロワはアルキバと共に城に忍び込み、火刑が決まった侍女頭クラリスとミセス・ダウネスを救い出す、高難度の魔術もやってのけた。火をくべられる寸前に、女性二人を人体と区別がつかない身代わり人形とすり替えたのだ。
 二人は現在、ロワ邸に身を寄せている。

 そしてアルキバとリチェルは、バルヌーイに剣闘士を兵として貸してくれと頼んだ。
 バルヌーイは二つ返事で承諾し、さらに他の剣闘士団にも掛け合ってくれた。ジルソンの魔獣戦強要に、どの興行師も憤激していた。
 結果、王都中の大小さまざまな剣闘士団が今日、一気にここに結集することになった。

 かくして昨夜のうちに、全ての廃棄奴隷を剣闘士と入れ替えるという大芝居が決行されたのだ。

 リチェルはざわめきの収まりを待ち、続けた。

「この三ヶ月、多くの民をジルソンに殺されてしまった。今日この日に到るまでに様々な準備が必要で、もっと早く決起出来なかったことを申し訳なく思う。だがようやく時は満ちた!自由民も奴隷も心を一つにし、ただこの国の民として、偽王ジルソンと戦ってくれぬか!私と共にナバハイルを守ってくれ!」

 おおお、という声が上がる。
 群衆は美しく若き王子の、力強い言葉に酔いしれていた。民の中から声があがった。

「リチェル殿下!どうかジルソンにぶっ壊されたナバハイルを元に戻してくれ!」

 リチェルはその言葉に答える。

「私はただ元に戻すだけのつもりはない。私が王になった暁には、奴隷制度を撤廃する!」

 だが聴衆の熱狂が、この言葉で急に萎む。
 奴隷達は歓喜の声をあげたが、自由民達が面食らっている。困惑の声が掛けられる。

「待って下さいリチェル殿下!ジルソンのクソ野郎は許せないが、奴隷撤廃なんて自由民になんの得もありませんよ!」

 リチェルは男の目を見て応じた。

「奴隷撤廃だけではない、私は王の世襲制も廃しようと思っている。誰もが王になれる国にしたい。選挙で選ばれれば誰でも王になれる国が世界にはある。たとえばそなただって、才覚があれば王になれる。その代わり、ジルソンのように民を苦しめれば王でいられなくなる。そんな国にしたくはないか」

「お、俺が王様になるだって!?馬鹿なこと言っちゃいけねぇ、そんな大ボラに騙されるかってんだ!」

「では約束しよう、この戦いに勝利したら、アルキバを新しいナバハイルの王にすると。その後、選挙制に移行しよう。これなら私の本気を信じてくれるか」

 こともなげに、リチェルはそう言った。
 この言葉の、衝撃たるや。

「アルキバが王だって!?」

 群衆が驚き、ざわめき……興奮する。
 彼らは今しがた、誰よりも多くの憲兵を切り捨て勇猛に戦ったアルキバの強さを目の当たりにしたばかりだった。

「アルキバがナバハイルの王?」

「アルキバが王……!」

「俺たちのアルキバがこの国の王!」

 民衆が湧き上がる。奴隷のみならず自由民も色めきたっていた。

 慌てたのはアルキバである。台の上のリチェルの服の裾を引っ張り小声で話しかける。

「お、おい、いきなり何を言い出すんだよ、センキョってなんだ?俺が王?」

 リチェルは微笑み、台から降りる。悪戯っぽい瞳でアルキバを見上げた。

「みんな喜んでいる。さすが人気者だな。やはり民をまとめる最高の象徴は私ではなくアルキバだ」

「何言ってんだ、俺はあんたを王にしたくて……」

 群衆からアルキバコールが上がり始めた。

「アルキバー!」

「やってくれアルキバ!」

「ジルソンぶちのめして俺たちの王になってくれ!」

 リチェルは目を細める。

「ほら、これが民の声だ」

 見守っていたハイラドが、堪えきれないと言った具合に笑い出した。

「はっはっは、本当に素晴らしい、私は奇跡を目の当たりにしておりますな」

 アルキバはやれやれと髪をかきむしる。

「ったく、あんたには敵わねえ。分かったよ、要するにこいつらまとめるためのピエロになりゃいいんだろ。あんたの交渉上手には本当、舌を巻くぜ」

「ピエロなんて思ってない、私は本気だ。それに交渉などではく、ただ真の言葉で真の心を……」

 リチェルの言葉をはいはいと受け流し、アルキバは覚悟を決めた顔付きで台の上に昇る。民衆の前に。

 闘技場で勝利のポーズをするように、拳を高く掲げると、民衆に向かって叫んだ。

「俺たちの敵は民を平気で殺し、富を吸い上げ、敵に国を売り渡す、ろくでなしの残虐な偽王だ!だが俺は、強い!俺は必ずこの戦いに勝利する!」

 水を打ったように静まり返り、皆がアルキバを見つめる。

「俺たちは世界一の剣闘士王国、ナバハイルの民だ!自由民も奴隷も、俺と共に剣を取れ!俺たちを苦しめたこと、王殺しの偽王ジルソンと、ジルソンに媚びへつらう金の亡者の豚共に後悔させてやろうじゃないか!」

 大歓声が沸き起こった。自由民、奴隷の別なく、全ての民衆が興奮に打ち震えている。

「戦おう、アルキバと共に!」

「うおおお!」

「俺たちのアルキバを王に!」

「アルキバを王に!」

 アルキバはちら、とリチェルを見る。リチェルはうん、とうなずく。
 アルキバは真っ直ぐ、王城の方を指さした。

「敵は城にいる!偽王を討ち果たしに、いざ進め!」

◇  ◇  ◇

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>人体と区別がつかない身代わり人形

材料:人間の骨と新鮮な獣の肉
幻術をかけることで一定時間、特定の人物と思わせることができる!
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