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第65話 高僧ハイラド (2)

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 ハイラドは新聞上の人相書きを指差した。

「貴方は恩人であり、私はいつだって貴方のお味方です。だからどうか、真実をお教えくだされ。貴方はリチェル殿下でいらっしゃいますな。そしてこの新聞の記事は偽りでありましょう、何か大きな事情がおありになる。違いますか」

 サイルは息を飲み、小さな声で囁く。

「私はもちろん、ハイラド殿を信じています。……だからこそ、ご迷惑をおかけしたくないのです」

 その答えに、ハイラドはしみじみと感じ入るように微笑んだ。

「貴方と言う方は、本当に……。ご自身が大変な状況でいらっしゃるのでしょうに。自分は誰にも助けを求めず、ただ私たちに危険を教えて下さるわけですな」

 サイルはうつむき、黙して答えない。ハイラドは言葉を続けた。既にサイルがリチェルであると信じて疑っていなかった。

「貴方の援助なくして救護院はここまで来れなかった。いつか恩返ししたいと思っておりました。私に協力できることは何もありませぬか?互いに危機にさらされている者同士、助け合うことは出来ませぬか」

 その時、ふっと鼻で笑う声が後方から聞こえた。護衛の男だ。

「いいじゃねぇか、協力してもらおうぜ」

 男は言いながらフードを外し、顔に巻きつけていた黒い覆面を剥ぎ取った。
 ハイラドは、ほう、と感嘆の声を漏らす。

「剣闘士アルキバ殿……ですな」

 リチェル王子は剣闘士アルキバと共に逃走中、と号外に書かれていた。やはりサイルはリチェル王子だったのだ。
 サイル、否、リチェルは焦った様子で振り向いた。

「待てアルキバ!」

 アルキバは後方から進み出ると、ハイラドを見据えた。

「じいさん、一緒に戦う気はあるか?それとも殺処分されるのをただ待つかい」

「ま、待ってくれアルキバ!その話はまだ……。今日は危機を知らせに来ただけで」

「腹をくくれリチェル。ここのガギども助けたいならどっちにしろ戦うしかない」

 ハイラドは眉根を寄せる。

「事態はそれほど差し迫っているのか?しかし戦いとは。王都で奴隷反乱を起こす、と。そういうことですかな」

 アルキバはにやりと笑った。

「話が早いな、じいさん」

「地方の反乱の影響で、王都でも声をあげたいという若い者達もいる。奴隷のみならず、自由民も。私はそれを諌めてきた」

「だが俺達がやりたいのは反乱じゃない、革命だ。俺達は体制をひっくり返したいんだよ。ジルソンを玉座から引き摺り下ろし、リチェルを王にする」

 ハイラドはしばし考え込んでから、口を開いた。

「つまりリチェル殿下が革命を扇動し、新王から玉座を奪う。そういう筋書きですかの」

 リチェルはハイラドの言葉に、心苦しげにうつむく。そして自ら覆面を剥ぎ取った。黄金の髪に包まれる白磁の素肌が、その美貌が晒される。

「そう、私はリチェル、この国の王子です。今は父王殺害の濡れ衣を着せられ追われる身となった。ハイラド殿のおっしゃりたいことは分かります。私があなたを、そして奴隷達を、自らの王位への欲望のためにただ利用しようとしているのだとおっしゃりたいのでしょう、救うなどと言いながら。それは一面では間違っていません」

 アルキバが肩をすくめる。

「ったく真面目だな王子様は。あんたが王になる一番の目的は、奴隷解放なんだろ。リチェルさえ覚悟を決めれば、ここにいる連中を救えるんだ。リチェルが旗印になれば、奴隷だけじゃなく自由民だってついてくる。反乱じゃなくて革命にできる」

「無論、皆のための革命と私は信じている。でも、理解してもらえるかどうか。私など、民をまとめる象徴となりうるのか。革命を起こすほどの人心を集めるのは、おそらく私では無理だ……」

 敬語も使わずまるで臆することのない物言いをする剣闘士奴隷に、それに気を悪くする様子もない王子。
 その完全に対等な二人の対話にハイラドは胸を打たれた。
 この二人の関係は奇跡だ。だがそれが奇跡であることにもこの二人は気づいてはいない。

「奴隷解放、と仰りましたか」

 リチェルは真面目な面持ちでうなずいた。

「ああ、私はこの国を奴隷のない国にしたい」

 ハイラドはすくと立ち上がると、床に傅いた。

「サイル殿……いえ、リチェル殿下。そこまで崇高なお志がおありとはお見逸れしました。革命が哀れな弱者達を救うことになるのならば、分かりました。この老いぼれを殿下の駒として、存分にお使い下さいませ」

◇  ◇  ◇
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