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第72話 二人の王 (1) ※

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「初の王選挙、やはりアルキバが選ばれたな」

「ありがたいことだよまったく」

 二人分の机と椅子のある王執務室で、アルキバは肩をすくめながら答える。国境地域から上がってきた、メギオンとの小規模戦の報告書を読みながら。

 偽王ジルソンを倒してから、三ヶ月が経過していた。

「もう私が王である必要もないと思うのだが」

「いやいや、勘弁してくれ、リチェルは王のままでいろ」

 三ヶ月前、リチェルはアルキバに王位継承権を譲ると言って憚らなかったが、世襲制廃止への貴族の反発があまりにも大きかった。
 リチェルはアルキバを選挙実施までの暫定王とすることを条件に、自身も反発への緩和措置として即位した。

 二人の王が並立する奇妙な形になったが、この三ヶ月、国家運営は順調に進んでいる。

 ジルソンに与した貴族のうち、積極的に国王謀殺に関わった者以外には寛大な処置を施した。同時に民間人も多く要職に登用し、貴族と平民の混在する国家機関としてナバハイル議会を設立した。

 リチェル新体制でメギオンとの不平等条約を破棄し、大幅な減税と奴隷解放を実現した結果、人材の流動化と減税効果で景気が良くなり、庶民の暮らしは上向きつつある。
 対外的には、一ヶ月前に侵略してきたメギオン軍を退けた。
 この時に大活躍したのは、多くの剣闘士を兵士に登用した新・ナバハイル軍だった。
 この戦争でも奮闘したアルキバは、戦士としてのみならず、司令官としての才能も開花させつつあった。アルキバに用兵や戦術を教えているナバハイルの兵法学者は、その吸収の速さに驚きの声をあげている。

 そして先日、初めての王選挙が実施された。
 アルキバは暫定王から晴れて、公正な選挙で人民に選ばれた正統な王となった。
 来月には華々しく戴冠式が行われる予定である。

「アルキバがそう言うなら王を続けるが、世襲王は私で最後だ。王妃を娶るつもりもないし世継ぎも生まれぬ」

「最後の王、ねぇ」

 そこでリチェルは、書類に落としていた視線をふと上げる。

「ああ、そういえば、奇妙なおとぎ話があったな。海の王が森の王の末裔、五百年後の最後の王に呪いをかけたという。建国五百年はついこの間だった、ちょうどジルソン偽王を討ち取った日だ。考えてみれば私こそが呪いの対象であるな。だが私は生きているし、ナバハイルは血の海に沈んでいない。はて、海の王は私を許してくれたのだろうか……」

「なんだそれ。リチェルは呪いをかけられてたのか。しかし五百年も恨むって、そりゃ憎しみ超えて恋情だな」

 アルキバは笑って報告書を閉じると、伸びをする。席を立ってリチェルの背後から抱きしめる。

「ま、待てまだ目を通さねばならぬ資料が……」

「まあまあ、もう夜も遅い。明日にしようぜ。俺はリチェルが欲しい」

 アルキバはリチェルのうなじを掻き揚げ、首筋に唇を押し付ける。

「うっ……」

 リチェルは赤くなって眉を下げる。
 アルキバはからかうような笑みを浮かべながら、リチェルを椅子から立たせた。
 その腰に腕を回して、アルキバはリチェルを執務室の隣の王の寝室へと連れて行く。

 二人の王は、毎晩褥を共にしていた。
 
 アルキバは夜毎よごとリチェルに、とろけるような愛撫をした。

 初めて肌を重ねた日から半年、いまだに挿入はすることなく。
 アルキバは決してリチェルを傷つけず、甘い快楽だけを与え続けている。

 アルキバは今宵もリチェルをベッドに横たえると、慣れた手つきで服を脱がせ、その体を愛で始める。

 己の屹立したものをアルキバの口内に含まれ、リチェルはシーツを乱しながら褥で泳ぐように身もだえした。輝く金の髪が扇のように広がる。

「あっ……、はっ……」

 上下する唇の刺激も、敏感な部分を舐められる刺激も、初めてアルキバに教わったものだった。
 兄達にされたことがないのは当然として、男娼にも決して口淫などさせなかった。相手から体に触れられるのが恐ろしかったのだ。

 幼い頃から憧れ続けた闘技場の王者に、こんなことをさせている事実に慄きながら、リチェルは与えられる快楽に腰を震わせる。

「お、お願いだ、離してくれ、またそなたの口の中に……!」

 アルキバはにやりと笑って一旦口を離す。リチェルの猛りを握り、感じやすい裏の筋に、見せ付けるように厚い舌を這わせた。意地悪そうな、しかし色気のある目でリチェルを見やる。

「気にせずぶちまけろっていつも言ってんだろ」

「だっていつも私ばかり……あっ……」

 舌を先端から根本まで這わせ、袋を戯れに柔らかく口に含み、また上まで辿っていく。先端をすっぽり食み、小さな穴を舌でこちょこちょといじくられた。そして先の方を咥え、ぬるりずるりと出し入れする。卑猥なくびれが、アルキバの口の中に隠れてはまた出て来る。

「んっ、ふっ……」

 アルキバはいつも、リチェルのそれをしゃぶる時、えも言われぬ優しい表情をする。まるで大事な何かを慈しむように。

 行為で愛を語るように。

 眉を下げこぶしで口元を隠し、リチェルは必死に悦楽に耐えた。
 リチェルの絶頂を予感したように、ぱくりと深く銜えられた。リチェルはぶるりとわななき切なげに眉を下げる。

「も……だめっ……」

 ついにこらえきれず達する。
 アルキバの口内にどくどくと「粗相」をしてしまう。恥じらいと快楽と、申し訳なさや罪の意識で思考がぐちゃぐちゃになり、両腕で顔を隠した。
 その腕をアルキバに解かれる。アルキバは口の端の白濁をぬぐいながら、子供をあやすような手つきで、真っ赤になっているリチェルの乱れた髪を手ですいた。

「気持ちよかったか?」

 リチェルは黙ってこくんとうなずく。アルキバはリチェルの上体を抱き起こし、愛しげに腕の中に収めた。
 精を吐いた余韻ごと包み込まれ、リチェルはアルキバの胸にすがりつく。

 リチェルは、今日は言おうと思っていたことを口にする。

「わ、私にも、させてくれ……」

 アルキバにばかり奉仕させているのが居心地悪く、リチェルは意を決して申し出た。
 だがアルキバは複雑な表情を見せた。

「いや、それは……」

 やんわりと断る口調のアルキバに、リチェルはしょんぼりとうつむく。

(やはり駄目か)

 既に一度、リチェルはアルキバの性器を愛撫したことがある。アルキバと寝室を共にするようになって最初の頃。

 リチェルは一生懸命したし、アルキバも達したのだが、その時に不可解なことを言われた。

「そんなやり方じゃ、リチェルの喉が苦しいし顎も痛いだろう?」

 アルキバに苦い顔つきで言われ、リチェルはびくりと怯えた顔を見せてしまった。

「すまない……。下手だったか……」

 条件反射のように首をすくめてしまう。下手だった時はいつも兄達に殴られたので、体に染み付いた反応だ。
 アルキバは慌てて否定した。

「違う!逆だ、逆なんだよ。うますぎるんだ。こんな喉奥まで飲み込まれたのはじめてだ、昇天するかと思ったよ。でも俺は、リチェルのつらさと引き換えの快楽なんて求めてないから」

 リチェルはアルキバの言葉がよく分からず、ただ身についた恐怖心のままに震えてしまう。
 上手にできなかった、それはとても重大な失敗だ。思わず、かつて暗い場所で何度も口にした言葉が出てきた。
 子供のようにたどたどしく。

「ごめ、なさい。役立たずでごめんなさい」

 アルキバは困ったような悲しそうな顔をして、リチェルの体を抱きしめ、なだめるように背中をさすった。

「違うって、謝らないでくれ。参ったな、どう言えば伝わるかな」

 アルキバは切なそうに息をつき、リチェルの発作のような怯えが去るまで、ずっと抱きしめてくれた。

 あれ以来、アルキバはリチェルに何もさせてくれなくなった。

 リチェルの何度目かの申し出に、アルキバは今日も首を横に振った。

「俺はリチェルに気持ちよくなって欲しいだけだから」

 リチェルは落ち込んでしまう。自分の奉仕は気に入ってもらえない。ならせめて「穴」を性処理に使ってもらわねばならないと思った。

 これも何度か、申し出たことがある。どうかこの体を好きに使ってくれと。
 でもアルキバは、リチェルが若干の「無理」をして言っているのを見抜いてしまい、決して首を縦に振らない。

 アルキバは慎重に、リチェルより慎重に、ずっと待ってくれている。
 毎夜、リチェルに天国のような悦びだけ与えて。
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