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第60話 炎上 (2)
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会議室から出てきたリチェルを、扉前で待機していたアルキバが出迎えた。
「早いな、今日は」
リチェルはアルキバと王宮の廊下を歩きながら、渋面で答える。
「武官のみ残れとのことだ。父上がパルティア辺境伯と戦を始めると言っている。明日出兵すると。王都でいつ奴隷反乱が起きてもおかしくない状況なのに」
アルキバは口笛を吹く。
「きな臭くなってきたな。一体どうしちまったんだい、王様は。このところずっと様子がおかし……」
言いかけた脇を早歩きで追い越していく背中に、アルキバは目を止めた。リチェルに耳打ちする。
「あいつは武官じゃないのか?」
リチェルはうなずき、その背中に声をかける。
「イサイズ卿、軍議に参加されぬのか?」
近衛騎士団長、イサイズ・ペルーチェは、ぴくりと肩を揺らすと、足を止めてリチェルに振り向く。落ち着かない様子で言い澱みながらイサイズは答えた。
「わ、私も殿下と同じくパルティアへの出兵は反対ですので、退席させていただきました」
「なんと!だ、大丈夫なのかそのような事をして」
「ご心配には及びません。急ぎますので失礼いたします」
イサイズは深々と一礼し、さらなる早足で歩み去って行った。リチェルは、ほう、と息を吐きながら言う。
「驚いた、父上へ不満を持っているのは知っていたが、そのような大それた自己主張をするたちだったとは」
「同感だな。ジルソンの顔色伺ってビクビクしてた奴だよな?なんか怪しいなあ」
「怪しい?そうかもしれないな、気に留めておこう。ところで私は父上の心を騒がしているものの正体を突き止めたい」
「突き止められるのか?」
「父上は毎晩、時計塔の地下牢に行くという。おそらく兄上たちと会っているのだ。兄上たちに聞けば、父上の心労が何なのか分かるかもしれない。父上以外、兄上たちとの面会は禁じられているから、禁を破ることになるが」
リチェルの言葉に、アルキバは間を置いて返す。
「あいつらに……会いに行くってのか?」
「そうだ」
アルキバは気遣うように眉根を寄せる。
「大丈夫なのか?」
「今度こそ私は逃げない」
リチェルは強い決意を込めて、はっきりと言った。アルキバはそうか、と微笑みうなずく。
「分かった、行こうじゃないか。俺はうっかり連中を殺しちまわないようにしないとな」
◇ ◇ ◇
しかし二人は、塔の地下でジルソンたちに面会することは叶わなかった。塔に入ることすら出来なかった。
なぜなら塔は、燃えていたからである。
ナバハイル城の敷地の北端、黒煙をあげ炎の柱と化した時計塔を、アルキバとリチェルは呆然と見つめた。
怒号が行きかい、人々が消火活動に奔走している。灼熱の風が吹き、炎は周囲の人間たちの体を赤々と照らす。幸い、塔は孤立して建っているため周辺の建物に火が燃え移ることはなさそうだったが。
「リチェル殿下!ここは危ないですお下がりください!」
リチェルは兵士の一人に腕を引かれた。
「これは一体どういうことだ!」
「先ほど急に火の手があがりこの状態です。一瞬で燃え広がりました。とにかく避難願います」
「わ、分かった」
二人は兵士の誘導に従い、塔から離れた通りへと下がった。通りには、使用人たちが野次馬と化して詰め掛けていた。野次馬達の話し声が聞こえてくる。
「火元は地下牢らしい。囚人たちも丸焦げだろう」
「じゃあジルソン王太子殿下やオルワード殿下も」
「だろうなあ。なんとおいたわしい。ジルソン殿下のほうがダーリアン三世陛下よりよほど頼りになる、ジルソン殿下なくしてこの国はどうなってしまうのか。もう世継ぎが例の狂王子しかいないじゃないか」
思わず詰め寄りそうになったアルキバの腕を取ってリチェルが止める。アルキバは舌打ちをする。
「悪い、ついな」
リチェルは苦笑すると小声で言った。
「そんな言葉を気にする私ではない」
「どう思う?この火事」
「どう、とは?」
アルキバは苦い顔をする。
「ただの火の不始末ならいいが、放火だとしたらその意図は……」
困惑の表情のリチェルに、アルキバはふうと息をつき首を振った。
「まあいい、俺の考えすぎだといいが」
二人は人混みを離れ、本宮殿へと戻った。
鎮火には五時間を要した。本宮殿の玉座の間で報告がなされる。
王と、居並ぶ重臣たちの前で、時計塔が燃え落ちたこと、出火元は地下で、地下牢の囚人が全て焼死したこと、出火の原因は不明であることが報告された。
玉座でダーリアン三世は、無表情で問いただす。
「ジルソンとオルワードも、焼死したというのか」
「どの遺体も損傷が激しく判別はつきませぬが、囚人全て命を落としたことは確かです」
王は無表情のまましばらく沈黙した。
「そうか。鎮火活動、大儀であった」
王の言葉はそれだけだった。報告の兵が下がり、王は家臣たちに告げる。
「さあ明日は戦だ。今日はみな、早めに休むがよい」
◇ ◇ ◇
「早いな、今日は」
リチェルはアルキバと王宮の廊下を歩きながら、渋面で答える。
「武官のみ残れとのことだ。父上がパルティア辺境伯と戦を始めると言っている。明日出兵すると。王都でいつ奴隷反乱が起きてもおかしくない状況なのに」
アルキバは口笛を吹く。
「きな臭くなってきたな。一体どうしちまったんだい、王様は。このところずっと様子がおかし……」
言いかけた脇を早歩きで追い越していく背中に、アルキバは目を止めた。リチェルに耳打ちする。
「あいつは武官じゃないのか?」
リチェルはうなずき、その背中に声をかける。
「イサイズ卿、軍議に参加されぬのか?」
近衛騎士団長、イサイズ・ペルーチェは、ぴくりと肩を揺らすと、足を止めてリチェルに振り向く。落ち着かない様子で言い澱みながらイサイズは答えた。
「わ、私も殿下と同じくパルティアへの出兵は反対ですので、退席させていただきました」
「なんと!だ、大丈夫なのかそのような事をして」
「ご心配には及びません。急ぎますので失礼いたします」
イサイズは深々と一礼し、さらなる早足で歩み去って行った。リチェルは、ほう、と息を吐きながら言う。
「驚いた、父上へ不満を持っているのは知っていたが、そのような大それた自己主張をするたちだったとは」
「同感だな。ジルソンの顔色伺ってビクビクしてた奴だよな?なんか怪しいなあ」
「怪しい?そうかもしれないな、気に留めておこう。ところで私は父上の心を騒がしているものの正体を突き止めたい」
「突き止められるのか?」
「父上は毎晩、時計塔の地下牢に行くという。おそらく兄上たちと会っているのだ。兄上たちに聞けば、父上の心労が何なのか分かるかもしれない。父上以外、兄上たちとの面会は禁じられているから、禁を破ることになるが」
リチェルの言葉に、アルキバは間を置いて返す。
「あいつらに……会いに行くってのか?」
「そうだ」
アルキバは気遣うように眉根を寄せる。
「大丈夫なのか?」
「今度こそ私は逃げない」
リチェルは強い決意を込めて、はっきりと言った。アルキバはそうか、と微笑みうなずく。
「分かった、行こうじゃないか。俺はうっかり連中を殺しちまわないようにしないとな」
◇ ◇ ◇
しかし二人は、塔の地下でジルソンたちに面会することは叶わなかった。塔に入ることすら出来なかった。
なぜなら塔は、燃えていたからである。
ナバハイル城の敷地の北端、黒煙をあげ炎の柱と化した時計塔を、アルキバとリチェルは呆然と見つめた。
怒号が行きかい、人々が消火活動に奔走している。灼熱の風が吹き、炎は周囲の人間たちの体を赤々と照らす。幸い、塔は孤立して建っているため周辺の建物に火が燃え移ることはなさそうだったが。
「リチェル殿下!ここは危ないですお下がりください!」
リチェルは兵士の一人に腕を引かれた。
「これは一体どういうことだ!」
「先ほど急に火の手があがりこの状態です。一瞬で燃え広がりました。とにかく避難願います」
「わ、分かった」
二人は兵士の誘導に従い、塔から離れた通りへと下がった。通りには、使用人たちが野次馬と化して詰め掛けていた。野次馬達の話し声が聞こえてくる。
「火元は地下牢らしい。囚人たちも丸焦げだろう」
「じゃあジルソン王太子殿下やオルワード殿下も」
「だろうなあ。なんとおいたわしい。ジルソン殿下のほうがダーリアン三世陛下よりよほど頼りになる、ジルソン殿下なくしてこの国はどうなってしまうのか。もう世継ぎが例の狂王子しかいないじゃないか」
思わず詰め寄りそうになったアルキバの腕を取ってリチェルが止める。アルキバは舌打ちをする。
「悪い、ついな」
リチェルは苦笑すると小声で言った。
「そんな言葉を気にする私ではない」
「どう思う?この火事」
「どう、とは?」
アルキバは苦い顔をする。
「ただの火の不始末ならいいが、放火だとしたらその意図は……」
困惑の表情のリチェルに、アルキバはふうと息をつき首を振った。
「まあいい、俺の考えすぎだといいが」
二人は人混みを離れ、本宮殿へと戻った。
鎮火には五時間を要した。本宮殿の玉座の間で報告がなされる。
王と、居並ぶ重臣たちの前で、時計塔が燃え落ちたこと、出火元は地下で、地下牢の囚人が全て焼死したこと、出火の原因は不明であることが報告された。
玉座でダーリアン三世は、無表情で問いただす。
「ジルソンとオルワードも、焼死したというのか」
「どの遺体も損傷が激しく判別はつきませぬが、囚人全て命を落としたことは確かです」
王は無表情のまましばらく沈黙した。
「そうか。鎮火活動、大儀であった」
王の言葉はそれだけだった。報告の兵が下がり、王は家臣たちに告げる。
「さあ明日は戦だ。今日はみな、早めに休むがよい」
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