忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
52 / 75

第52話 普通の (2)

しおりを挟む
 アルキバは城の使用人達の共同食堂で食事を取った。
 たくさんの使用人達に囲まれて次々と声を掛けられて大変だった。「飯食う時間なくなっちまうから、ちょっと話しかけるのストップな」と言ってしまったくらい。

 そしてリチェルの自室に戻ってきたのだが。

 部屋にいたリチェルの姿を見てアルキバは狼狽える。どうやら風呂上がりらしく、扇動的なバスローブ姿だった。昨日のガウン姿を思い出してしまう。

 いい匂いを撒き散らしながらリチェルが駆け寄って来る。

「よかった、戻って来てくれて!その、やはり、メイド達と一緒に個室に行ってしまうんじゃないかと……。あ、いや、それはそなたの自由だから私は別に止めない、が……」

 三角の襟元の白い鎖骨から目をそらしながら、アルキバは冗談めかして言う。

「俺がメイドちゃん達と寝るのが心配か?嫉妬してくれてんのか?」

 リチェルはうっと言葉に詰まり、真っ赤になってうつむいてしまう。

 頼むから否定するなり軽口で返すなりしてくれ、と思った。我慢にも限界がある。

 ふうと息をつき、扉近くにある手押し車の上に置かれたポットやカップを見る。使用人が置いて行ったものだろう。だが茶を入れた形跡がない。

「もしかしていつも自分で入れてんのか?」

「ああ、そのほうが気が楽で」

「ほんと変わった王子様だな。まあ座っとけ」

「えっ……」

 戸惑うリチェルを丸テーブル前の椅子に座らせ、アルキバは茶を入れた。カモミールティーの匂いだ。

「どうぞ」

 手際よく茶を入れて持って来たアルキバに、リチェルは吹き出した。

「なんだ、おかしいか?」

「だって、アルキバがお茶を入れているなんて。そうか、貴婦人達に本当に色々と仕込まれてるんだな」

 悪気もなく見透かされてしまった。他の誰かに言われたら不機嫌になるところだが、リチェルに言われると毒気を抜かれてしまう。アルキバは苦笑交じりに自嘲する。

「悪かったな、所詮は人気剣闘士なんてパトロン女達の慰みもんさ」

 リチェルに掘られていたウーノをどやしつけたが、考えて見れば自分だってパトロン女達に春をひさいでいたのだな、と今更ながら気づく。
 自分の性処理のつもりだったが、よく考えればあれは売春だ。リチェルへの怒りに駆られていた自分が、ひどく滑稽に思えて来た。

 自分は既に売春奴隷だったか。

 あっ、とリチェルは顔を曇らせる。

「すまない、そういうつもりで言ったのでは!」

「いや、大丈夫だ。飲んでくれよ、せっかく入れたんだ」

 リチェルはアルキバへの申し訳なさそうな表情を引きずったまま、目の前に置かれた茶を口にした。その口元がふわりと綻ぶ。

「美味しい!」

 早春の蕾が一斉に開花するような笑顔。その笑顔はアルキバの内側に湧いてしまった複雑な想念を、一瞬で打ち砕いた。

(ああ全部もう、どうでもいい)

 ただシンプルに、リチェルを欲しいと思った。

 誰かを欲しいと思ったことなど、いままで一度もない。
 アルキバは常に、人々に求められる側だった。熱狂され、熱望され、焦がれられる側だった。
 人々の熱狂に気まぐれに応じるだけの冷めた英雄。

 そんな己の内にこれほど激しい感情があったとは。
 隠されていた秘密の扉を開けてしまったかのようだ。

 ロワはこの感情を「恋」と呼んでいた。自分とは無縁と思っていたその単語。
 
(なるほど、厄介なもんだな)

 秘密の扉から溢れ出したこの厄介な想いはもはや、激流のようにアルキバを飲み込んでしまった。

 正直、非常に気になっていたことを切り出す。

「ホテル・グラノードで、もし媚薬が効いてたら、俺のこと掘ってたのか?」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中

きよひ
BL
 ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。  カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。  家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。  そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。  この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。 ※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳) ※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。 ※同性婚が認められている世界観です。

処理中です...