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第52話 普通の (2)
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アルキバは城の使用人達の共同食堂で食事を取った。
たくさんの使用人達に囲まれて次々と声を掛けられて大変だった。「飯食う時間なくなっちまうから、ちょっと話しかけるのストップな」と言ってしまったくらい。
そしてリチェルの自室に戻ってきたのだが。
部屋にいたリチェルの姿を見てアルキバは狼狽える。どうやら風呂上がりらしく、扇動的なバスローブ姿だった。昨日のガウン姿を思い出してしまう。
いい匂いを撒き散らしながらリチェルが駆け寄って来る。
「よかった、戻って来てくれて!その、やはり、メイド達と一緒に個室に行ってしまうんじゃないかと……。あ、いや、それはそなたの自由だから私は別に止めない、が……」
三角の襟元の白い鎖骨から目をそらしながら、アルキバは冗談めかして言う。
「俺がメイドちゃん達と寝るのが心配か?嫉妬してくれてんのか?」
リチェルはうっと言葉に詰まり、真っ赤になってうつむいてしまう。
頼むから否定するなり軽口で返すなりしてくれ、と思った。我慢にも限界がある。
ふうと息をつき、扉近くにある手押し車の上に置かれたポットやカップを見る。使用人が置いて行ったものだろう。だが茶を入れた形跡がない。
「もしかしていつも自分で入れてんのか?」
「ああ、そのほうが気が楽で」
「ほんと変わった王子様だな。まあ座っとけ」
「えっ……」
戸惑うリチェルを丸テーブル前の椅子に座らせ、アルキバは茶を入れた。カモミールティーの匂いだ。
「どうぞ」
手際よく茶を入れて持って来たアルキバに、リチェルは吹き出した。
「なんだ、おかしいか?」
「だって、アルキバがお茶を入れているなんて。そうか、貴婦人達に本当に色々と仕込まれてるんだな」
悪気もなく見透かされてしまった。他の誰かに言われたら不機嫌になるところだが、リチェルに言われると毒気を抜かれてしまう。アルキバは苦笑交じりに自嘲する。
「悪かったな、所詮は人気剣闘士なんてパトロン女達の慰みもんさ」
リチェルに掘られていたウーノをどやしつけたが、考えて見れば自分だってパトロン女達に春をひさいでいたのだな、と今更ながら気づく。
自分の性処理のつもりだったが、よく考えればあれは売春だ。リチェルへの怒りに駆られていた自分が、ひどく滑稽に思えて来た。
自分は既に売春奴隷だったか。
あっ、とリチェルは顔を曇らせる。
「すまない、そういうつもりで言ったのでは!」
「いや、大丈夫だ。飲んでくれよ、せっかく入れたんだ」
リチェルはアルキバへの申し訳なさそうな表情を引きずったまま、目の前に置かれた茶を口にした。その口元がふわりと綻ぶ。
「美味しい!」
早春の蕾が一斉に開花するような笑顔。その笑顔はアルキバの内側に湧いてしまった複雑な想念を、一瞬で打ち砕いた。
(ああ全部もう、どうでもいい)
ただシンプルに、リチェルを欲しいと思った。
誰かを欲しいと思ったことなど、いままで一度もない。
アルキバは常に、人々に求められる側だった。熱狂され、熱望され、焦がれられる側だった。
人々の熱狂に気まぐれに応じるだけの冷めた英雄。
そんな己の内にこれほど激しい感情があったとは。
隠されていた秘密の扉を開けてしまったかのようだ。
ロワはこの感情を「恋」と呼んでいた。自分とは無縁と思っていたその単語。
(なるほど、厄介なもんだな)
秘密の扉から溢れ出したこの厄介な想いはもはや、激流のようにアルキバを飲み込んでしまった。
正直、非常に気になっていたことを切り出す。
「ホテル・グラノードで、もし媚薬が効いてたら、俺のこと掘ってたのか?」
たくさんの使用人達に囲まれて次々と声を掛けられて大変だった。「飯食う時間なくなっちまうから、ちょっと話しかけるのストップな」と言ってしまったくらい。
そしてリチェルの自室に戻ってきたのだが。
部屋にいたリチェルの姿を見てアルキバは狼狽える。どうやら風呂上がりらしく、扇動的なバスローブ姿だった。昨日のガウン姿を思い出してしまう。
いい匂いを撒き散らしながらリチェルが駆け寄って来る。
「よかった、戻って来てくれて!その、やはり、メイド達と一緒に個室に行ってしまうんじゃないかと……。あ、いや、それはそなたの自由だから私は別に止めない、が……」
三角の襟元の白い鎖骨から目をそらしながら、アルキバは冗談めかして言う。
「俺がメイドちゃん達と寝るのが心配か?嫉妬してくれてんのか?」
リチェルはうっと言葉に詰まり、真っ赤になってうつむいてしまう。
頼むから否定するなり軽口で返すなりしてくれ、と思った。我慢にも限界がある。
ふうと息をつき、扉近くにある手押し車の上に置かれたポットやカップを見る。使用人が置いて行ったものだろう。だが茶を入れた形跡がない。
「もしかしていつも自分で入れてんのか?」
「ああ、そのほうが気が楽で」
「ほんと変わった王子様だな。まあ座っとけ」
「えっ……」
戸惑うリチェルを丸テーブル前の椅子に座らせ、アルキバは茶を入れた。カモミールティーの匂いだ。
「どうぞ」
手際よく茶を入れて持って来たアルキバに、リチェルは吹き出した。
「なんだ、おかしいか?」
「だって、アルキバがお茶を入れているなんて。そうか、貴婦人達に本当に色々と仕込まれてるんだな」
悪気もなく見透かされてしまった。他の誰かに言われたら不機嫌になるところだが、リチェルに言われると毒気を抜かれてしまう。アルキバは苦笑交じりに自嘲する。
「悪かったな、所詮は人気剣闘士なんてパトロン女達の慰みもんさ」
リチェルに掘られていたウーノをどやしつけたが、考えて見れば自分だってパトロン女達に春をひさいでいたのだな、と今更ながら気づく。
自分の性処理のつもりだったが、よく考えればあれは売春だ。リチェルへの怒りに駆られていた自分が、ひどく滑稽に思えて来た。
自分は既に売春奴隷だったか。
あっ、とリチェルは顔を曇らせる。
「すまない、そういうつもりで言ったのでは!」
「いや、大丈夫だ。飲んでくれよ、せっかく入れたんだ」
リチェルはアルキバへの申し訳なさそうな表情を引きずったまま、目の前に置かれた茶を口にした。その口元がふわりと綻ぶ。
「美味しい!」
早春の蕾が一斉に開花するような笑顔。その笑顔はアルキバの内側に湧いてしまった複雑な想念を、一瞬で打ち砕いた。
(ああ全部もう、どうでもいい)
ただシンプルに、リチェルを欲しいと思った。
誰かを欲しいと思ったことなど、いままで一度もない。
アルキバは常に、人々に求められる側だった。熱狂され、熱望され、焦がれられる側だった。
人々の熱狂に気まぐれに応じるだけの冷めた英雄。
そんな己の内にこれほど激しい感情があったとは。
隠されていた秘密の扉を開けてしまったかのようだ。
ロワはこの感情を「恋」と呼んでいた。自分とは無縁と思っていたその単語。
(なるほど、厄介なもんだな)
秘密の扉から溢れ出したこの厄介な想いはもはや、激流のようにアルキバを飲み込んでしまった。
正直、非常に気になっていたことを切り出す。
「ホテル・グラノードで、もし媚薬が効いてたら、俺のこと掘ってたのか?」
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