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第45話 父と子 (1)
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本宮殿の会議室。
王とその息子王子二人、そして重臣たちが定例会議を行なっていた。
今の議題は地方で頻発する奴隷反乱への対応についてだった。
縦長の机の端に座すダーリアン三世は、重々しく口を開いた。王の背後の大きなアーチ窓から、陽光が室内に注がれていた。
「原因はやはり三年前の増税であろう。納税者たる自由民たちが奴隷を酷使することで増税に対応しようとするから、奴隷に不満がたまっている。減税をし、二年前に撤廃した奴隷保護法を復活させるべきだ」
王の斜め横に座るジルソンが反発する。
「待って下さい父上。それじゃあ反乱に屈するのと同じことではありませんか!奴隷は反乱すれば自分たちの待遇がよくなると味をしめて、ますます反乱を起こすようになりますよ」
「だが早急に対処せねばならぬ。今はまだ地方の話だが、次は王都で反乱が起きるかもしれない」
今の所、王都で奴隷反乱は起きていない。王都の奴隷は生活周りの雑用奴隷が多く、さほど過重労働ではないから不満は溜まりにくい。
その代わり重税で養えなくなって廃棄された、廃棄奴隷と呼ばれる浮浪者たちが城下町の路地裏に急増していた。
ジルソンは首をすくめて笑った。侮るような表情を滲ませて。
「ですから取締りを強化するんですよ。元来、この国の奴隷は自由すぎる。王都で危険なのは溢れる廃棄奴隷たちです。彼らを早めに処分するべきです」
「殺せ、と?」
「他に方法がないでしょう。憲兵隊の報告によると、街の廃棄奴隷たちを集める救護院なるものを勝手に作った、ハイラドという名の僧侶がいるらしい。体制に不満を持つ連中がハイラドの弟子と称してこの救護院に出入りしているとも聞きます。この胡散臭い坊主は反乱を扇動しかねない。非常に危険ですから早く捕らえましょう」
「捕らえるなら同時に国が救護院を作らねばならない。余はかねてから廃棄奴隷の救済制度を作れと言っているのにそなたが反対をして……」
「甘いんですよ父上は。父上がそんなだから、この国の奴隷が付け上がっているんじゃないですか?皆さんもそう思いません?」
言ってジルソンは同意を求めるように重臣たちを見回し、重臣たちはこびへつらうように笑い声をあげた。オルワードはわざとらしいほど大きな動きでうんうんとうなずいて兄への同意を示す。
あからさまに王を軽んずる空気が、場を支配していた。
ジルソンは家臣の取り込みが異様にうまい。気がつけばいつも、会議で父子の意見が対立した時は、息子側の意見が通るようになっていた。
ミランダス王妃の父でありジルソンとオルワードの祖父である、パルティア辺境伯オッド・カニエルの後ろ盾も大きい。
老獪なオッドはダーリアン三世に、孫であるジルソンに早く譲位してもらいたがっている。
オッド・カニエルが臣下たちに賄賂を配って権勢を強めている、という噂もあった。だが土地の痩せたパルティアにそれほどの資金力があるとも思えず、噂の域を出ない。
いずれにせよダーリアン三世はまだ老いているわけでもなく、王としてこの状態が面白いわけはなかったが、生来の愚直さが災いして、この賢い息子にいいように権力を侵食されるままになっていた。
近年は会議中の発言も控え、黙って息子の望むがままに国政を任せていたが、今日の王はいつもより発言が多かった。
議題が奴隷だからかもしれない。
奴隷、すなわち海の民の末裔。
王の心に巣食う、海の王の呪いへの恐れが、口を滑らかにさせた。
「ジルソン。この国の人口の半数が奴隷だ。人口の半分が一斉に反乱を起こせば、それはもう内戦だ。内戦状態になれば、停戦中の北の赤眼の蛮族、メギオン王国だって食指を伸ばして来よう。国の崩壊だ。そこまで考えておるか?」
ジルソンは父を哀れむように見て、諭すような口調で言う。
「堂々巡りですね。考えているから、反乱奴隷は厳罰に処すべきと言ってるんですよ」
ダーリアン三世がため息をつき、長く伸びる金の髭を撫で付けた時。
奇妙な闖入者たちがやってきた。
廊下が何やら騒がしいと思ったら、突然その両開き扉は開いた。
扉の向こうには、狂王子リチェルと、リチェル邸の侍女頭クラリスと、田舎に帰ったはずのヴィルターの母親。そして気絶から目が覚め暴れるペリーと、それを取り押さえる超有名剣闘士。
リチェルを中心に据えた、不可解な五人が会議室の中に入ってくる。
後ろ手に縛られたペリーが叫んだ。
「離せ奴隷!お助けください陛下!リチェル殿下の乱心で捕らえられてしまいました!」
アルキバは子猫でもつまむようにその襟首を持ち上げ宙にぶら下げた。
「黙れ誘拐犯。ジルソン殿下と共謀してヴィルターの母親を監禁し、ヴィルターにリチェル殿下の暗殺を依頼しただろ」
言って、会議の席に着く王と二人の王子に視線を向けた。にっと笑いながら。
困惑するダーリアン三世と、顔面蒼白になっているジルソンとオルワード。重臣たちはただ呆気に取られている。
王とその息子王子二人、そして重臣たちが定例会議を行なっていた。
今の議題は地方で頻発する奴隷反乱への対応についてだった。
縦長の机の端に座すダーリアン三世は、重々しく口を開いた。王の背後の大きなアーチ窓から、陽光が室内に注がれていた。
「原因はやはり三年前の増税であろう。納税者たる自由民たちが奴隷を酷使することで増税に対応しようとするから、奴隷に不満がたまっている。減税をし、二年前に撤廃した奴隷保護法を復活させるべきだ」
王の斜め横に座るジルソンが反発する。
「待って下さい父上。それじゃあ反乱に屈するのと同じことではありませんか!奴隷は反乱すれば自分たちの待遇がよくなると味をしめて、ますます反乱を起こすようになりますよ」
「だが早急に対処せねばならぬ。今はまだ地方の話だが、次は王都で反乱が起きるかもしれない」
今の所、王都で奴隷反乱は起きていない。王都の奴隷は生活周りの雑用奴隷が多く、さほど過重労働ではないから不満は溜まりにくい。
その代わり重税で養えなくなって廃棄された、廃棄奴隷と呼ばれる浮浪者たちが城下町の路地裏に急増していた。
ジルソンは首をすくめて笑った。侮るような表情を滲ませて。
「ですから取締りを強化するんですよ。元来、この国の奴隷は自由すぎる。王都で危険なのは溢れる廃棄奴隷たちです。彼らを早めに処分するべきです」
「殺せ、と?」
「他に方法がないでしょう。憲兵隊の報告によると、街の廃棄奴隷たちを集める救護院なるものを勝手に作った、ハイラドという名の僧侶がいるらしい。体制に不満を持つ連中がハイラドの弟子と称してこの救護院に出入りしているとも聞きます。この胡散臭い坊主は反乱を扇動しかねない。非常に危険ですから早く捕らえましょう」
「捕らえるなら同時に国が救護院を作らねばならない。余はかねてから廃棄奴隷の救済制度を作れと言っているのにそなたが反対をして……」
「甘いんですよ父上は。父上がそんなだから、この国の奴隷が付け上がっているんじゃないですか?皆さんもそう思いません?」
言ってジルソンは同意を求めるように重臣たちを見回し、重臣たちはこびへつらうように笑い声をあげた。オルワードはわざとらしいほど大きな動きでうんうんとうなずいて兄への同意を示す。
あからさまに王を軽んずる空気が、場を支配していた。
ジルソンは家臣の取り込みが異様にうまい。気がつけばいつも、会議で父子の意見が対立した時は、息子側の意見が通るようになっていた。
ミランダス王妃の父でありジルソンとオルワードの祖父である、パルティア辺境伯オッド・カニエルの後ろ盾も大きい。
老獪なオッドはダーリアン三世に、孫であるジルソンに早く譲位してもらいたがっている。
オッド・カニエルが臣下たちに賄賂を配って権勢を強めている、という噂もあった。だが土地の痩せたパルティアにそれほどの資金力があるとも思えず、噂の域を出ない。
いずれにせよダーリアン三世はまだ老いているわけでもなく、王としてこの状態が面白いわけはなかったが、生来の愚直さが災いして、この賢い息子にいいように権力を侵食されるままになっていた。
近年は会議中の発言も控え、黙って息子の望むがままに国政を任せていたが、今日の王はいつもより発言が多かった。
議題が奴隷だからかもしれない。
奴隷、すなわち海の民の末裔。
王の心に巣食う、海の王の呪いへの恐れが、口を滑らかにさせた。
「ジルソン。この国の人口の半数が奴隷だ。人口の半分が一斉に反乱を起こせば、それはもう内戦だ。内戦状態になれば、停戦中の北の赤眼の蛮族、メギオン王国だって食指を伸ばして来よう。国の崩壊だ。そこまで考えておるか?」
ジルソンは父を哀れむように見て、諭すような口調で言う。
「堂々巡りですね。考えているから、反乱奴隷は厳罰に処すべきと言ってるんですよ」
ダーリアン三世がため息をつき、長く伸びる金の髭を撫で付けた時。
奇妙な闖入者たちがやってきた。
廊下が何やら騒がしいと思ったら、突然その両開き扉は開いた。
扉の向こうには、狂王子リチェルと、リチェル邸の侍女頭クラリスと、田舎に帰ったはずのヴィルターの母親。そして気絶から目が覚め暴れるペリーと、それを取り押さえる超有名剣闘士。
リチェルを中心に据えた、不可解な五人が会議室の中に入ってくる。
後ろ手に縛られたペリーが叫んだ。
「離せ奴隷!お助けください陛下!リチェル殿下の乱心で捕らえられてしまいました!」
アルキバは子猫でもつまむようにその襟首を持ち上げ宙にぶら下げた。
「黙れ誘拐犯。ジルソン殿下と共謀してヴィルターの母親を監禁し、ヴィルターにリチェル殿下の暗殺を依頼しただろ」
言って、会議の席に着く王と二人の王子に視線を向けた。にっと笑いながら。
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