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第44話 救出 (4)
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メイドにアルキバが呼んでいると言われ、リチェルは正面玄関に急いだ。
場は騒然としていた。
そこには意識を失ったペリーを縛り上げているアルキバと、悪臭を放ち憔悴した様子のミセス・ダウネス。そしてミセス・ダウネスの手を引き、使用人たちに風呂と着替えの用意を指示しているクラリスがいた。
リチェルは自分の目が信じられなかった。
本当に助け出すことができたなんて。
ミセス・ダウネスを見た瞬間、心からの安堵と喜びと同時に、彼女がいま一番必要としているものが何か、リチェルには分かった。
たった一人、あの地下室で苦しみに耐えて生還した女性。
リチェルは走りよるや、尿の匂いを放つミセス・ダウネスを抱きしめた。
えっ、と皆が驚く。ミセス・ダウネスが一番驚いた様子で、おののきながら言った。
「で、殿下!わ、私はとても汚れています!殿下まで汚れてしまいます!」
リチェルは宝石のような涙を流しながら、ミセス・ダウネスをかたく抱きしめた。
「ご無事で良かった……!恐ろしかったでしょう、苦しかったでしょう?かわいそうに、もう大丈夫です。悪夢は終わりました、もう誰にもあなたを傷つけさせない」
それはリチェル自身が、言われたかった言葉だった。リチェル自身が欲しかった抱擁だった。
あの夜も、あの夜も、誰も地下室から帰還した青ざめた自分を抱きしめてはくれなかった。
使用人たちは目をそらし、リチェルを遠巻きに避けた。
リチェルは自分が肥溜めから這い上がってきた動く汚物であるかのように感じ、恥じ入った。
本当は、このように抱きしめて救いの言葉を言って欲しかった。
「リ……チェル殿下……」
ミセス・ダウネスの目から涙が溢れ出す。
「ああああっ……!」
美しい王子の腕の中、ミセス・ダウネスは泣き崩れた。
リチェルは柔和に微笑みながら、その背中をさすり、髪を撫でた。
「もう大丈夫です、よく耐えましたね。あなたは強い女性だ、さすがヴィルターの母君だ」
アルキバは口の端を上げ、髪をかきあげた。
屋敷の者たちは、魅入られたようにものも言えず見つめていた。
それはまるで、地獄から救い出された人間が、天使によって至高の光で癒されているような。
奇跡のように美しい光景だった。
◇ ◇ ◇
すぐに風呂の準備が出来、ミセス・ダウネスはメイドたちに連れられてそちらに行き、クラリスは執事らに事情の説明をした。
地下室から救出後、白蘭邸の者たちに見つからないよう窓から出て馬車に乗り、リチェル邸まで引き戻してきたのだという。
リチェルはまなじりに涙を浮かべてアルキバを見上げた。
「ミセス・ダウネスを助け出してくれて、本当にありがとう。正直に言う、私は挫けかけていた、諦めかけていた。それなのにそなたは……」
アルキバは優しく微笑み、大きな手でリチェルの頭をなでた。
「礼を言うのは早いぜ、まだ何も終わっちゃいない。人質とペリーを連れて、今すぐ本宮殿に向かおう、王のところに。敵は動きが速い、今度はこっちが先手を取りに行くぞ。王の前で全てを白日の下に晒してやる」
リチェルは緊張の面持ちで、しかし力強くうなずいた。
先ほどまで弱弱しく揺らいでいた自分を恥じた。
アルキバはやり遂げてくれた。今度は自分が自分の足で歩き、戦わねば。
◇ ◇ ◇
場は騒然としていた。
そこには意識を失ったペリーを縛り上げているアルキバと、悪臭を放ち憔悴した様子のミセス・ダウネス。そしてミセス・ダウネスの手を引き、使用人たちに風呂と着替えの用意を指示しているクラリスがいた。
リチェルは自分の目が信じられなかった。
本当に助け出すことができたなんて。
ミセス・ダウネスを見た瞬間、心からの安堵と喜びと同時に、彼女がいま一番必要としているものが何か、リチェルには分かった。
たった一人、あの地下室で苦しみに耐えて生還した女性。
リチェルは走りよるや、尿の匂いを放つミセス・ダウネスを抱きしめた。
えっ、と皆が驚く。ミセス・ダウネスが一番驚いた様子で、おののきながら言った。
「で、殿下!わ、私はとても汚れています!殿下まで汚れてしまいます!」
リチェルは宝石のような涙を流しながら、ミセス・ダウネスをかたく抱きしめた。
「ご無事で良かった……!恐ろしかったでしょう、苦しかったでしょう?かわいそうに、もう大丈夫です。悪夢は終わりました、もう誰にもあなたを傷つけさせない」
それはリチェル自身が、言われたかった言葉だった。リチェル自身が欲しかった抱擁だった。
あの夜も、あの夜も、誰も地下室から帰還した青ざめた自分を抱きしめてはくれなかった。
使用人たちは目をそらし、リチェルを遠巻きに避けた。
リチェルは自分が肥溜めから這い上がってきた動く汚物であるかのように感じ、恥じ入った。
本当は、このように抱きしめて救いの言葉を言って欲しかった。
「リ……チェル殿下……」
ミセス・ダウネスの目から涙が溢れ出す。
「ああああっ……!」
美しい王子の腕の中、ミセス・ダウネスは泣き崩れた。
リチェルは柔和に微笑みながら、その背中をさすり、髪を撫でた。
「もう大丈夫です、よく耐えましたね。あなたは強い女性だ、さすがヴィルターの母君だ」
アルキバは口の端を上げ、髪をかきあげた。
屋敷の者たちは、魅入られたようにものも言えず見つめていた。
それはまるで、地獄から救い出された人間が、天使によって至高の光で癒されているような。
奇跡のように美しい光景だった。
◇ ◇ ◇
すぐに風呂の準備が出来、ミセス・ダウネスはメイドたちに連れられてそちらに行き、クラリスは執事らに事情の説明をした。
地下室から救出後、白蘭邸の者たちに見つからないよう窓から出て馬車に乗り、リチェル邸まで引き戻してきたのだという。
リチェルはまなじりに涙を浮かべてアルキバを見上げた。
「ミセス・ダウネスを助け出してくれて、本当にありがとう。正直に言う、私は挫けかけていた、諦めかけていた。それなのにそなたは……」
アルキバは優しく微笑み、大きな手でリチェルの頭をなでた。
「礼を言うのは早いぜ、まだ何も終わっちゃいない。人質とペリーを連れて、今すぐ本宮殿に向かおう、王のところに。敵は動きが速い、今度はこっちが先手を取りに行くぞ。王の前で全てを白日の下に晒してやる」
リチェルは緊張の面持ちで、しかし力強くうなずいた。
先ほどまで弱弱しく揺らいでいた自分を恥じた。
アルキバはやり遂げてくれた。今度は自分が自分の足で歩き、戦わねば。
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