44 / 75
第44話 救出 (4)
しおりを挟む
メイドにアルキバが呼んでいると言われ、リチェルは正面玄関に急いだ。
場は騒然としていた。
そこには意識を失ったペリーを縛り上げているアルキバと、悪臭を放ち憔悴した様子のミセス・ダウネス。そしてミセス・ダウネスの手を引き、使用人たちに風呂と着替えの用意を指示しているクラリスがいた。
リチェルは自分の目が信じられなかった。
本当に助け出すことができたなんて。
ミセス・ダウネスを見た瞬間、心からの安堵と喜びと同時に、彼女がいま一番必要としているものが何か、リチェルには分かった。
たった一人、あの地下室で苦しみに耐えて生還した女性。
リチェルは走りよるや、尿の匂いを放つミセス・ダウネスを抱きしめた。
えっ、と皆が驚く。ミセス・ダウネスが一番驚いた様子で、おののきながら言った。
「で、殿下!わ、私はとても汚れています!殿下まで汚れてしまいます!」
リチェルは宝石のような涙を流しながら、ミセス・ダウネスをかたく抱きしめた。
「ご無事で良かった……!恐ろしかったでしょう、苦しかったでしょう?かわいそうに、もう大丈夫です。悪夢は終わりました、もう誰にもあなたを傷つけさせない」
それはリチェル自身が、言われたかった言葉だった。リチェル自身が欲しかった抱擁だった。
あの夜も、あの夜も、誰も地下室から帰還した青ざめた自分を抱きしめてはくれなかった。
使用人たちは目をそらし、リチェルを遠巻きに避けた。
リチェルは自分が肥溜めから這い上がってきた動く汚物であるかのように感じ、恥じ入った。
本当は、このように抱きしめて救いの言葉を言って欲しかった。
「リ……チェル殿下……」
ミセス・ダウネスの目から涙が溢れ出す。
「ああああっ……!」
美しい王子の腕の中、ミセス・ダウネスは泣き崩れた。
リチェルは柔和に微笑みながら、その背中をさすり、髪を撫でた。
「もう大丈夫です、よく耐えましたね。あなたは強い女性だ、さすがヴィルターの母君だ」
アルキバは口の端を上げ、髪をかきあげた。
屋敷の者たちは、魅入られたようにものも言えず見つめていた。
それはまるで、地獄から救い出された人間が、天使によって至高の光で癒されているような。
奇跡のように美しい光景だった。
◇ ◇ ◇
すぐに風呂の準備が出来、ミセス・ダウネスはメイドたちに連れられてそちらに行き、クラリスは執事らに事情の説明をした。
地下室から救出後、白蘭邸の者たちに見つからないよう窓から出て馬車に乗り、リチェル邸まで引き戻してきたのだという。
リチェルはまなじりに涙を浮かべてアルキバを見上げた。
「ミセス・ダウネスを助け出してくれて、本当にありがとう。正直に言う、私は挫けかけていた、諦めかけていた。それなのにそなたは……」
アルキバは優しく微笑み、大きな手でリチェルの頭をなでた。
「礼を言うのは早いぜ、まだ何も終わっちゃいない。人質とペリーを連れて、今すぐ本宮殿に向かおう、王のところに。敵は動きが速い、今度はこっちが先手を取りに行くぞ。王の前で全てを白日の下に晒してやる」
リチェルは緊張の面持ちで、しかし力強くうなずいた。
先ほどまで弱弱しく揺らいでいた自分を恥じた。
アルキバはやり遂げてくれた。今度は自分が自分の足で歩き、戦わねば。
◇ ◇ ◇
場は騒然としていた。
そこには意識を失ったペリーを縛り上げているアルキバと、悪臭を放ち憔悴した様子のミセス・ダウネス。そしてミセス・ダウネスの手を引き、使用人たちに風呂と着替えの用意を指示しているクラリスがいた。
リチェルは自分の目が信じられなかった。
本当に助け出すことができたなんて。
ミセス・ダウネスを見た瞬間、心からの安堵と喜びと同時に、彼女がいま一番必要としているものが何か、リチェルには分かった。
たった一人、あの地下室で苦しみに耐えて生還した女性。
リチェルは走りよるや、尿の匂いを放つミセス・ダウネスを抱きしめた。
えっ、と皆が驚く。ミセス・ダウネスが一番驚いた様子で、おののきながら言った。
「で、殿下!わ、私はとても汚れています!殿下まで汚れてしまいます!」
リチェルは宝石のような涙を流しながら、ミセス・ダウネスをかたく抱きしめた。
「ご無事で良かった……!恐ろしかったでしょう、苦しかったでしょう?かわいそうに、もう大丈夫です。悪夢は終わりました、もう誰にもあなたを傷つけさせない」
それはリチェル自身が、言われたかった言葉だった。リチェル自身が欲しかった抱擁だった。
あの夜も、あの夜も、誰も地下室から帰還した青ざめた自分を抱きしめてはくれなかった。
使用人たちは目をそらし、リチェルを遠巻きに避けた。
リチェルは自分が肥溜めから這い上がってきた動く汚物であるかのように感じ、恥じ入った。
本当は、このように抱きしめて救いの言葉を言って欲しかった。
「リ……チェル殿下……」
ミセス・ダウネスの目から涙が溢れ出す。
「ああああっ……!」
美しい王子の腕の中、ミセス・ダウネスは泣き崩れた。
リチェルは柔和に微笑みながら、その背中をさすり、髪を撫でた。
「もう大丈夫です、よく耐えましたね。あなたは強い女性だ、さすがヴィルターの母君だ」
アルキバは口の端を上げ、髪をかきあげた。
屋敷の者たちは、魅入られたようにものも言えず見つめていた。
それはまるで、地獄から救い出された人間が、天使によって至高の光で癒されているような。
奇跡のように美しい光景だった。
◇ ◇ ◇
すぐに風呂の準備が出来、ミセス・ダウネスはメイドたちに連れられてそちらに行き、クラリスは執事らに事情の説明をした。
地下室から救出後、白蘭邸の者たちに見つからないよう窓から出て馬車に乗り、リチェル邸まで引き戻してきたのだという。
リチェルはまなじりに涙を浮かべてアルキバを見上げた。
「ミセス・ダウネスを助け出してくれて、本当にありがとう。正直に言う、私は挫けかけていた、諦めかけていた。それなのにそなたは……」
アルキバは優しく微笑み、大きな手でリチェルの頭をなでた。
「礼を言うのは早いぜ、まだ何も終わっちゃいない。人質とペリーを連れて、今すぐ本宮殿に向かおう、王のところに。敵は動きが速い、今度はこっちが先手を取りに行くぞ。王の前で全てを白日の下に晒してやる」
リチェルは緊張の面持ちで、しかし力強くうなずいた。
先ほどまで弱弱しく揺らいでいた自分を恥じた。
アルキバはやり遂げてくれた。今度は自分が自分の足で歩き、戦わねば。
◇ ◇ ◇
1
お気に入りに追加
446
あなたにおすすめの小説
聖女召喚に応じて参上しました男子高校生です。
谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中
BL
俺、春翔は至って平凡な男子高校生だ。
だというのに、ある日トラックにつっこむ女子高生を助けたら……異世界に転移してしまった!
しかも俺が『聖女』って、どんな冗談?
第一王子、カイン。宮廷魔法師、アルベール。騎士団長、アーサー。
その他にも個性的な仲間に囲まれつつ、俺は聖女として、魔王にかけられた呪いを解く仕事を始めるのだった。
……いややっぱおかしくない? なんか色々おかしくない?
笑ってないで助けろ、そこの世話係!!
※作中にBL描写はありますが、主人公が通してヘテロ、最後まで誰とも結ばれないため、「ニアBL」としています。
※全体コメディタッチ~部分的シリアス。ほぼ各話3000文字以内となるよう心掛けています。
【完結】かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜
倉橋 玲
BL
**完結!**
スパダリ国王陛下×訳あり不幸体質少年。剣と魔法の世界で繰り広げられる、一風変わった厨二全開王道ファンタジーBL。
金の国の若き刺青師、天ヶ谷鏡哉は、ある事件をきっかけに、グランデル王国の国王陛下に見初められてしまう。愛情に臆病な少年が国王陛下に溺愛される様子と、様々な国家を巻き込んだ世界の存亡に関わる陰謀とをミックスした、本格ファンタジー×BL。
従来のBL小説の枠を越え、ストーリーに重きを置いた新しいBLです。がっつりとしたBLが読みたい方には不向きですが、緻密に練られた(※当社比)ストーリーの中に垣間見えるBL要素がお好きな方には、自信を持ってオススメできます。
宣伝動画を制作いたしました。なかなかの出来ですので、よろしければご覧ください!
https://www.youtube.com/watch?v=IYNZQmQJ0bE&feature=youtu.be
※この作品は他サイトでも公開されています。
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
(R18短編BL)憧れの美形先輩がゲイだった。地味平凡な俺を溺愛してくる
空月 瞭明
BL
大学の美形ゲイ先輩 × 平凡地味ノンケ後輩
甘々イチャラブ
憧れてたので体を許したら気持ちよかった
全4話・5,000文字弱
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
神獣の僕、ついに人化できることがバレました。
猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです!
片思いの皇子に人化できるとバレました!
突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。
好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています!
本編二話完結。以降番外編。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる