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第39話 追憶 (3)
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やっとリチェルに平穏な日々が訪れた。
が、今度は身辺に妙なことが起こり始めた。
壁際を歩いたら上からレンガが落ちてきたり、乗っていた馬が突然暴れだしたり。食事に毒を盛られたこともあった。
ある日、朝食のパンの味がおかしかったので一口で食べるのをやめた。
味がおかしいので食べてみてくれ、と使用人に言ったが、「申し訳ございません」とだけ言って片付けようとした。
リチェルはその妙に冷静な様子に眉をひそめた。見慣れない下男だった。
「おい、食べろと言ってるのだ!」
「申し訳ございません」
下男は淡々と同じ言葉を口にし、立ち去ろうとした。リチェルは下男の持つ皿からそのまずいパンをひったくり、窓からばらまいた。
すぐに一羽の鳩がやってきた。鳩はパンをついばんだ。
が、そのうち挙動がおかしくなった。ふらついたかと思えば、泡を吹いてひっくり返った。
「毒だ!」
リチェルは下男を睨みつけた
「お前、毒入りだと知っていたのか?お前が毒を入れたのか?」
剣幕を聞きつけて他の使用人たちがやってきた。
「いかがなされましたか」
「聞いてくれ、こいつが私に毒を盛った!」
先の下男は、窓をかっちり締めカーテンを引きながら言い放った。
「リチェル様がご乱心を起こしているだけです、被害妄想を」
「妄想だと?お前だって今、窓の外を見ただろう!確かに鳩が死んでいる!」
若いメイドたちは、恐れるような哀れむような視線をリチェルに向ける。年かさのメイドはリチェルの背を優しくさすり、手を優しく握った。
「お疲れなのですね、さあお庭でお散歩などどうでしょう」
その様子に、リチェルはあることに気づく。
「お前たち、まさか私の頭がおかしいと思っているのか?」
リチェルの手を取るメイドは口元に笑みを浮かべ、優しげに首を振った。
「そんなわけがございませんでしょう、さあこちらにおいでください」
リチェルは愕然とした。
おそらく兄たちがリチェルは精神病だと言い触らしたのだろう。先日の自殺未遂も精神病のせいだと言えば説得力が増す。
リチェルが何を訴えてもこの者たちは虚言と思う、おかしな王子の妄言だと思う。
こんな所にいることは耐えられない。
リチェルは数日後、一人、馬を駆って王城を飛び出した。
城は当然騒ぎになり、近衛騎士たちがリチェルの捜索に駆り出された。
その時リチェルを見つけたのが、ヴィルターだった。
リチェルは運河に架かる橋の上から身を投げ出そうとしていた。元、リチェルの母の護衛騎士だった男との、久方ぶりの再会だった。
懐かしい顔を見て、リチェルは泣いた。
泣きじゃくりながら橋の上で、ヴィルターに全てを話した。その時はどこまで信じてもらえたのかは分からない。半信半疑だったかもしれない。
でもとても誠実に耳を傾けてくれた。
「少し遊びましょうか」
そう言ってヴィルターは、リチェルを闘技会に連れて行った。闘技会を見るのは、まだ幸せだった幼い頃、父と母と共に見た御前試合以来だった。
剣闘士たちの勇猛さと強さに、リチェルは一目で虜になった。
そして、自分が金の冠を授けた少年剣闘士が、そのまま戦神のごとき美丈夫に成長していたことも知った。
十二の頃の鮮烈な印象以来、ずっと心の片隅で思慕していた少年。
アルキバは大人になった今、より強く、より美しく、より神々しかった。自分とは真逆の、人間の理想の姿のように思われた。
アルキバは王族である自分より、はるかに本物の王者らしかった。
アルキバこそナバハイルの真の王。リチェルは心からそう感じた。
リチェルはアルキバに恋をした。
恋と言ってもそれは、天の星に憧れるような、夢幻のような淡い想いだったが。
リチェルは、闘技会にまた連れてきてくれ、とヴィルターに懇願した。
さらに、近衛騎士をやめてリチェル専属の護衛騎士として同じ屋敷に住んでくれとも頼んだ。ヴィルターは王に相談しますと答えた。
やがてヴィルターは晴れてリチェル付きの護衛騎士となった。
が、今度は身辺に妙なことが起こり始めた。
壁際を歩いたら上からレンガが落ちてきたり、乗っていた馬が突然暴れだしたり。食事に毒を盛られたこともあった。
ある日、朝食のパンの味がおかしかったので一口で食べるのをやめた。
味がおかしいので食べてみてくれ、と使用人に言ったが、「申し訳ございません」とだけ言って片付けようとした。
リチェルはその妙に冷静な様子に眉をひそめた。見慣れない下男だった。
「おい、食べろと言ってるのだ!」
「申し訳ございません」
下男は淡々と同じ言葉を口にし、立ち去ろうとした。リチェルは下男の持つ皿からそのまずいパンをひったくり、窓からばらまいた。
すぐに一羽の鳩がやってきた。鳩はパンをついばんだ。
が、そのうち挙動がおかしくなった。ふらついたかと思えば、泡を吹いてひっくり返った。
「毒だ!」
リチェルは下男を睨みつけた
「お前、毒入りだと知っていたのか?お前が毒を入れたのか?」
剣幕を聞きつけて他の使用人たちがやってきた。
「いかがなされましたか」
「聞いてくれ、こいつが私に毒を盛った!」
先の下男は、窓をかっちり締めカーテンを引きながら言い放った。
「リチェル様がご乱心を起こしているだけです、被害妄想を」
「妄想だと?お前だって今、窓の外を見ただろう!確かに鳩が死んでいる!」
若いメイドたちは、恐れるような哀れむような視線をリチェルに向ける。年かさのメイドはリチェルの背を優しくさすり、手を優しく握った。
「お疲れなのですね、さあお庭でお散歩などどうでしょう」
その様子に、リチェルはあることに気づく。
「お前たち、まさか私の頭がおかしいと思っているのか?」
リチェルの手を取るメイドは口元に笑みを浮かべ、優しげに首を振った。
「そんなわけがございませんでしょう、さあこちらにおいでください」
リチェルは愕然とした。
おそらく兄たちがリチェルは精神病だと言い触らしたのだろう。先日の自殺未遂も精神病のせいだと言えば説得力が増す。
リチェルが何を訴えてもこの者たちは虚言と思う、おかしな王子の妄言だと思う。
こんな所にいることは耐えられない。
リチェルは数日後、一人、馬を駆って王城を飛び出した。
城は当然騒ぎになり、近衛騎士たちがリチェルの捜索に駆り出された。
その時リチェルを見つけたのが、ヴィルターだった。
リチェルは運河に架かる橋の上から身を投げ出そうとしていた。元、リチェルの母の護衛騎士だった男との、久方ぶりの再会だった。
懐かしい顔を見て、リチェルは泣いた。
泣きじゃくりながら橋の上で、ヴィルターに全てを話した。その時はどこまで信じてもらえたのかは分からない。半信半疑だったかもしれない。
でもとても誠実に耳を傾けてくれた。
「少し遊びましょうか」
そう言ってヴィルターは、リチェルを闘技会に連れて行った。闘技会を見るのは、まだ幸せだった幼い頃、父と母と共に見た御前試合以来だった。
剣闘士たちの勇猛さと強さに、リチェルは一目で虜になった。
そして、自分が金の冠を授けた少年剣闘士が、そのまま戦神のごとき美丈夫に成長していたことも知った。
十二の頃の鮮烈な印象以来、ずっと心の片隅で思慕していた少年。
アルキバは大人になった今、より強く、より美しく、より神々しかった。自分とは真逆の、人間の理想の姿のように思われた。
アルキバは王族である自分より、はるかに本物の王者らしかった。
アルキバこそナバハイルの真の王。リチェルは心からそう感じた。
リチェルはアルキバに恋をした。
恋と言ってもそれは、天の星に憧れるような、夢幻のような淡い想いだったが。
リチェルは、闘技会にまた連れてきてくれ、とヴィルターに懇願した。
さらに、近衛騎士をやめてリチェル専属の護衛騎士として同じ屋敷に住んでくれとも頼んだ。ヴィルターは王に相談しますと答えた。
やがてヴィルターは晴れてリチェル付きの護衛騎士となった。
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