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第37話 追憶 (1) ※
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自室に戻ったリチェルは物思いに沈んた。深いため息をつく。
「自分で確かめに行くこともできないのか、私は……」
アルキバにキスされた首筋を、リチェルはきゅっと握った。
『可哀想に……。たった一人でこんなとこで、よく頑張ってきたな……』
耳元に囁かれた優しい言葉。思い出すだけで頬が熱くなり、胸が締め付けられた。
母を亡くしてから、リチェルをあのように優しく抱きしめてくれた人も、あんなに優しく口付けしてくれた人もいなかった。ヴィルターは優しかったが、必要以上にリチェルの体に触れることはなかった。
舞い上がりそうになる自分を懸命に諌めた。
剣闘士はとてもモテる。アルキバはただ、そういう行為をし慣れているだけだろう。アルキバにとっては気軽な挨拶程度のことなのだろう。
こんな自分がアルキバに特別に愛されるわけがないのだから。
だがせめて、王となって恩に報いたい。そう思った。
奴隷解放を成し遂げたら、アルキバはきっと喜んでくれる。
その為にどんなことでもしようと、やっと自分が生きる意味、生きる目標を見出せた気がしていた。
なのに城に戻ってきたら、この体たらくだ。
現場かもしれない白蘭邸の地下室まで、自ら案内することすらできないなんて。
自分が情けなかった。こんな心根でどうやって王になるつもりなのか。
せっかく逃げ出したのに。
自分の精神はいつまでも、あの地下室に囚われたままであるような気がした。
◇ ◇ ◇
リチェルが逃げ出したきっかけは、それが本来は愛の行為であると知ったからだった。
九年前、アルキバ初優勝の御前大会の後あたりから、母ユリアーナは持病が悪化し、 床にふせがちになった。そしてあっという間に崩御してしまった。
母の死の半年後、リチェルが十三歳の時、父王ダーリアン三世は後妻を迎えた。
後妻ミランダスには二人の息子、十八歳のジルソンと十六歳のオルワードがいた。息子二人も父王の子だという。
新しい母は、リチェルをあからさまに疎んじた。
リチェルが幼い頃からそばにいた教育係や侍従は、何かと理由をつけられ次々と辞めさせられた。
文武両道で穏やかな人格を持ち、名君としての将来を期待されていたリチェル。
そんなリチェルへの教育は、ぱたりと停滞することになる。
公の場への参加も禁じられ、使用人以外との交流の機会も失われた。
だが孤立を深めていく中、それでもリチェルは、独学で修練や勉学を続けた。一人で馬に乗り、剣を振り、書庫に篭り本を読んだ。
ただ、性教育を受ける機会は失われてしまった。
無知で無垢なまま、リチェルは童の殻を脱ぎ、美しい青年へと成長していく。
清らかでいてどこか艶のある、男の欲情を喚起する美青年に。
そんなリチェルに、最初に「性」を教えたのは兄達だった。
それは壮絶な暴力を伴う陵辱だった。
性は暴力。
著しく社交と教育を制限され、情報を遮断された中、「性」はそのようにリチェルの心に刻み込まれた。
最初の頃こそリチェルは泣き叫んだが、そのうち兄達はリチェルが大声を出せないように、行為前に喉を潰す薬を飲ませるようになった。
声の出せないリチェルへの行為はどんどんエスカレートした。リチェルが痛がり苦しむほど、兄達は興奮し愉悦した。
「ゆるんだ」と言ってなじられ、必死に直腸を締めた。それでも足りないと殴られれば。
「お、締まりが良くなった。痛めつければいいらしい」
「どうすれば一番締まるか試してみよう」
兄たちは挿入しながらリチェルを殴り、首を絞め、皮膚を焼き、指の骨を一本づつ折っていった。
凶行が終わると必ず、ある魔術師がやってきた。非常に年老いた、両眼に銀色の義眼をはめた、不気味な魔術師だった。罪を犯し逃げて来た、異国の大魔術師の成れの果てだという。
その者は、大変な治癒魔術の使い手だった。
行為の最中に負わされた、怪我も骨折も火傷も、いつも最後、奇跡のように跡形もなく治された。悪事がばれぬために。悪事を続けるために。
また明日破壊するために、修理する。
その地獄としか形容できない狂気の日々は、一年前まで続いた。
「自分で確かめに行くこともできないのか、私は……」
アルキバにキスされた首筋を、リチェルはきゅっと握った。
『可哀想に……。たった一人でこんなとこで、よく頑張ってきたな……』
耳元に囁かれた優しい言葉。思い出すだけで頬が熱くなり、胸が締め付けられた。
母を亡くしてから、リチェルをあのように優しく抱きしめてくれた人も、あんなに優しく口付けしてくれた人もいなかった。ヴィルターは優しかったが、必要以上にリチェルの体に触れることはなかった。
舞い上がりそうになる自分を懸命に諌めた。
剣闘士はとてもモテる。アルキバはただ、そういう行為をし慣れているだけだろう。アルキバにとっては気軽な挨拶程度のことなのだろう。
こんな自分がアルキバに特別に愛されるわけがないのだから。
だがせめて、王となって恩に報いたい。そう思った。
奴隷解放を成し遂げたら、アルキバはきっと喜んでくれる。
その為にどんなことでもしようと、やっと自分が生きる意味、生きる目標を見出せた気がしていた。
なのに城に戻ってきたら、この体たらくだ。
現場かもしれない白蘭邸の地下室まで、自ら案内することすらできないなんて。
自分が情けなかった。こんな心根でどうやって王になるつもりなのか。
せっかく逃げ出したのに。
自分の精神はいつまでも、あの地下室に囚われたままであるような気がした。
◇ ◇ ◇
リチェルが逃げ出したきっかけは、それが本来は愛の行為であると知ったからだった。
九年前、アルキバ初優勝の御前大会の後あたりから、母ユリアーナは持病が悪化し、 床にふせがちになった。そしてあっという間に崩御してしまった。
母の死の半年後、リチェルが十三歳の時、父王ダーリアン三世は後妻を迎えた。
後妻ミランダスには二人の息子、十八歳のジルソンと十六歳のオルワードがいた。息子二人も父王の子だという。
新しい母は、リチェルをあからさまに疎んじた。
リチェルが幼い頃からそばにいた教育係や侍従は、何かと理由をつけられ次々と辞めさせられた。
文武両道で穏やかな人格を持ち、名君としての将来を期待されていたリチェル。
そんなリチェルへの教育は、ぱたりと停滞することになる。
公の場への参加も禁じられ、使用人以外との交流の機会も失われた。
だが孤立を深めていく中、それでもリチェルは、独学で修練や勉学を続けた。一人で馬に乗り、剣を振り、書庫に篭り本を読んだ。
ただ、性教育を受ける機会は失われてしまった。
無知で無垢なまま、リチェルは童の殻を脱ぎ、美しい青年へと成長していく。
清らかでいてどこか艶のある、男の欲情を喚起する美青年に。
そんなリチェルに、最初に「性」を教えたのは兄達だった。
それは壮絶な暴力を伴う陵辱だった。
性は暴力。
著しく社交と教育を制限され、情報を遮断された中、「性」はそのようにリチェルの心に刻み込まれた。
最初の頃こそリチェルは泣き叫んだが、そのうち兄達はリチェルが大声を出せないように、行為前に喉を潰す薬を飲ませるようになった。
声の出せないリチェルへの行為はどんどんエスカレートした。リチェルが痛がり苦しむほど、兄達は興奮し愉悦した。
「ゆるんだ」と言ってなじられ、必死に直腸を締めた。それでも足りないと殴られれば。
「お、締まりが良くなった。痛めつければいいらしい」
「どうすれば一番締まるか試してみよう」
兄たちは挿入しながらリチェルを殴り、首を絞め、皮膚を焼き、指の骨を一本づつ折っていった。
凶行が終わると必ず、ある魔術師がやってきた。非常に年老いた、両眼に銀色の義眼をはめた、不気味な魔術師だった。罪を犯し逃げて来た、異国の大魔術師の成れの果てだという。
その者は、大変な治癒魔術の使い手だった。
行為の最中に負わされた、怪我も骨折も火傷も、いつも最後、奇跡のように跡形もなく治された。悪事がばれぬために。悪事を続けるために。
また明日破壊するために、修理する。
その地獄としか形容できない狂気の日々は、一年前まで続いた。
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