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第34話 狂王子 (2)

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 アルキバは事務室のような所で椅子に座らされ、執事のルパードに左腕の鉄輪の交換をされる。交換されながら釘を刺された。

「王城内は下級使用人もほとんどが自由民、奴隷などわずかしかいない。くれぐれも粗相のないようにな。後で護衛用の兵服と剣を支給するから着替えろ」

 アルキバは無視してまた同じ質問をした。

「なんで主人の言うことを信じないんだ?」

 ルパードは不快そうに顔をしかめる。

「お前も見ただろう、リチェル殿下の先ほどの錯乱を。殿下は心を病んでおられる。いつも被害妄想にとらわれて、夢とうつつの区別がつかなくなっていらっしゃる」

「錯乱?本当のことを言っても誰にも信じてもらえなかったら、声を荒げたくもなる。毎日ああやって追い詰めてるのか?そりゃ夜遊びだってしたくもなるな」

 執事はふんと鼻で笑った。

「一緒に暮らしてみれば、用心棒、お前だってすぐに音を上げよう。ヴィルター殿の代わりになってくれるなら、ありがたいことだがな。ヴィルター殿は本当に、殿下のお守りが上手だった。実際のところ、ヴィルター殿も狂王子についに付き合いきれなくなって逃げ出したのだろう。みんな分かっている、ヴィルター殿に同情している」

 アルキバは舌打ちをする。

「主君殺しの外道騎士に同情だと?ヴィルターは俺の目の前でリチェルを刺した」

「そんなことを言っているのは、殿下と殿下が連れてきた奴隷のお前だけだ。殿下にそう言うように命令されているのだろう?」

 何を言っても無駄だと分かり、アルキバはただ不快げにため息をついた。

 想像していた以上に、リチェルの王城での立場は弱い。
 弱いなんてもんじゃない、最悪だ。最も身近な臣下と言える屋敷内の人間すら、リチェルの言葉に耳を傾けようとしないとは。

 おそらく、第一王子と第二王子の根回しによるものだろう。リチェルは狂人だと皆に信じさせれば、暗殺を謀ってリチェルに訴えられても、狂人の被害妄想の一言で片付けられる。

(ヴィルターは母と田舎に帰った、か)

 リチェルが戻ってきて余計なことをしゃべる前に、随分と迅速な対処をしやがる、とアルキバは苛立ちを覚えた。

 その時ふと気づく。今、自分がリチェルのそばにいてやれていないことに。アルキバはいきなり立ち上がった。

「リチェルは今どこだ!」

「だから殿下とお呼びしろと……。先ほど言ったであろう、お部屋にお戻りだ」

「部屋はどこだ!守ってやらないと命が危ない!」

 ルパードは呆れ顔になる。

「お前、本当に殿下の妄想を信じてるのか?それともお前も狂っているのか?まあいい、せいぜい踊らされてみたらいい。お前がまともなら、そのうち虚言だと気づくだろう。護衛したければ好きにしろ、二階の南側の部屋だ」

 アルキバは事務室の扉を乱暴にあけ、屋敷内を駆け抜けた。
 正面玄関の階段を駆け上り、途中で通りすがりのメイドの腕を取って聞く。

「リチェルの部屋はどこだ」

「あらアルキバさん!そこの青い扉のお部屋ですよ」

 指差された扉に駆け寄り、どんどんとノックする。

「リチェル!俺だアルキバだ!」

 返事を待ちきれずドアノブに手をかけた。体重をかけたとたん、向こう側に扉が開いて誰かにぶつかる。

「わっ……!」

 小さな声と共に、開け放たれたドアの向こう、リチェルが床にしりもちをついた。どうやらちょうど、ドアを開けようとしていたところだったらしい。

「す、すまん!」

 アルキバは入室してすぐドアを閉めて鍵をかけ、倒れたリチェルの手をひいて立たせる。

「無事か!?刺客は来てないか!?」

 問われたリチェルはきょとんと、しかし泣きはらした顔をしていた。

 服はもう着替えている。青地に朱子織で光沢の装飾を施した長い上着、その中はレースをふんだんに使ったシルクシャツで、下肢にはぴったりとした白い脚衣。王子様らしい装いになった。

「ぶ、無事だ」

「そうか」

 アルキバはほっと肩で息をつく。リチェルは驚いた様子だ。

「私を、そんなに心配してくれるのか……」

「当たり前だ!」

「誰も私の心配などしていないのに」

 アルキバはその濡れた頬を親指でぬぐう。

「泣いてたのか?」

 リチェルはおどおどした様子で顔をそむけた。

「ああ、これは、私のいつもの錯乱だから気にしないでくれ」

 アルキバはその言葉に引っ掛かりを感じた。

「自分で錯乱なんて言うな。あんな態度を取られたら、誰だって泣いて当然だ」

 リチェルはほうけたような顔でアルキバを見た。

「当然……?私は頭がおかしくは、ないか?」
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