忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う

空月 瞭明

文字の大きさ
上 下
31 / 75

第31話 英雄を育てた男 (2)

しおりを挟む
 リチェルはため息をつく。

「そう言うだろうと思っていた。英雄アルキバを見出し、育てたのはそなただからな」

 その言葉に、アルキバがあからさまに不快そうな顔をする。あるいは照れ隠しなのかもしれないが。

「さてはタコの自慢話聞いたな?大していい話でもないのにペラペラあちこちで喋りやがって!」

 かつて浮浪児だったアルキバは、こそ泥で食っていた。
 ある日、大胆にも剣闘士団の養成所に盗みに入った。が、見つかった。大男達は小さな泥棒を追いかけ回した。
 アルキバ少年は華麗な身のこなしで追っ手をかわす。だが最後、塀の穴から外に脱出したところで、穴の向こうに待ち構えていたバルヌーイに捕まった。もちろんその場で半殺しの目にあった。

 バルヌーイは、逃げ回る時の敏捷性と、半殺しの目にあっても気絶しなかった打たれ強さに目をつけた。
 そして腫れ上がった血まみれの顔で、バルヌーイを睨みつける強い眼光に惚れた。

 ――おい坊主、剣闘士になってみないか?

 少年は怪訝な顔をし、バルヌーイはにやりと笑った。

 その一言から、アルキバの剣闘士としての鍛錬と修行の日々が始まった。
 それがたった、九歳の時。小さな子供が一人、大男達に混じって剣を振るその姿は微笑ましく、アルキバは皆に可愛がられた。
 暗い目をした浮浪児は、だんだんと明るさを取り戻し、見込まれた通りの才能を開花させていく。

 初めて試合に出たのは平均よりかなり早い十五歳。
 そして十七歳で御前試合の史上最年少制覇を果たす。

 その時のバルヌーイの喜びようと言ったらなかった。バルヌーイばかり泣きじゃくって、当の本人は照れたようなぶっきらぼう、その対比はいまだに剣闘士団の語り草だ。

 以上のことを知っているらしいリチェルはしみじみとつぶやいた。

「いい話じゃないか」

 ルシスもぼそりと割って入る。

「ああ、なかなかいい話だ」

「いやいや、大した話じゃねえだろ!」

 アルキバはむきになって否定し、バルヌーイは悦に入った表情でうんうんと嬉しそうにうなずいた。

「そういうわけだから、お引取り下さいサイルさん」

 リチェルは長い息をついた。
 そして何かを決心したように、目をつむる。

 リチェルは自らの覆面を剥ぎ取った。その顔を晒し、名乗る。

「私の本当の名は、リチェル=ドナ=ナバハイル。この国の王子だ。私がジルソン、オルワードとの王位継承争いに勝てるまで、アルキバを借り受けたい。今はまだ一人の私の、最初の兵として」

 部屋中、水を打ったように静まった。
 三人とも口を閉じ、ただ魅入られたように、リチェルから目が離せなかった。

 アルキバもまだ、こんなリチェルは知らなかった。
 ただのリチェルではない、ナバハイルの王族としてのリチェル。

 王子はバルヌーイの手を取り、両手で包んだ。
 青い目で真っ直ぐ見据え、言葉を繋ぐ。

「そなたの育てたアルキバを、未来の王に貸してはくれぬか」

 これが「王威」というものか、と魅入られた者は体で理解する。
 リチェルは確かに、この国の王となるべく生まれてきた存在なのだと。

 バルヌーイは自分があたかも、物語の中の登場人物になったような錯覚に陥った。
 痺れ切った頭で悟る。

 ――そうか俺は、この王に捧げるために、アルキバを育ててきたのか。

◇  ◇  ◇

------------------------------------------------------------------------
バルヌーイ

33歳で剣闘士引退&興行師引き継ぎ
35歳でアルキバ発見 
現在52歳
しおりを挟む
↓旧作。第8回BL小説大賞奨励賞作品です
魔道暗殺者と救国の騎士
感想 11

あなたにおすすめの小説

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

処理中です...