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第31話 英雄を育てた男 (2)
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リチェルはため息をつく。
「そう言うだろうと思っていた。英雄アルキバを見出し、育てたのはそなただからな」
その言葉に、アルキバがあからさまに不快そうな顔をする。あるいは照れ隠しなのかもしれないが。
「さてはタコの自慢話聞いたな?大していい話でもないのにペラペラあちこちで喋りやがって!」
かつて浮浪児だったアルキバは、こそ泥で食っていた。
ある日、大胆にも剣闘士団の養成所に盗みに入った。が、見つかった。大男達は小さな泥棒を追いかけ回した。
アルキバ少年は華麗な身のこなしで追っ手をかわす。だが最後、塀の穴から外に脱出したところで、穴の向こうに待ち構えていたバルヌーイに捕まった。もちろんその場で半殺しの目にあった。
バルヌーイは、逃げ回る時の敏捷性と、半殺しの目にあっても気絶しなかった打たれ強さに目をつけた。
そして腫れ上がった血まみれの顔で、バルヌーイを睨みつける強い眼光に惚れた。
――おい坊主、剣闘士になってみないか?
少年は怪訝な顔をし、バルヌーイはにやりと笑った。
その一言から、アルキバの剣闘士としての鍛錬と修行の日々が始まった。
それがたった、九歳の時。小さな子供が一人、大男達に混じって剣を振るその姿は微笑ましく、アルキバは皆に可愛がられた。
暗い目をした浮浪児は、だんだんと明るさを取り戻し、見込まれた通りの才能を開花させていく。
初めて試合に出たのは平均よりかなり早い十五歳。
そして十七歳で御前試合の史上最年少制覇を果たす。
その時のバルヌーイの喜びようと言ったらなかった。バルヌーイばかり泣きじゃくって、当の本人は照れたようなぶっきらぼう、その対比はいまだに剣闘士団の語り草だ。
以上のことを知っているらしいリチェルはしみじみとつぶやいた。
「いい話じゃないか」
ルシスもぼそりと割って入る。
「ああ、なかなかいい話だ」
「いやいや、大した話じゃねえだろ!」
アルキバはむきになって否定し、バルヌーイは悦に入った表情でうんうんと嬉しそうにうなずいた。
「そういうわけだから、お引取り下さいサイルさん」
リチェルは長い息をついた。
そして何かを決心したように、目をつむる。
リチェルは自らの覆面を剥ぎ取った。その顔を晒し、名乗る。
「私の本当の名は、リチェル=ドナ=ナバハイル。この国の王子だ。私がジルソン、オルワードとの王位継承争いに勝てるまで、アルキバを借り受けたい。今はまだ一人の私の、最初の兵として」
部屋中、水を打ったように静まった。
三人とも口を閉じ、ただ魅入られたように、リチェルから目が離せなかった。
アルキバもまだ、こんなリチェルは知らなかった。
ただのリチェルではない、ナバハイルの王族としてのリチェル。
王子はバルヌーイの手を取り、両手で包んだ。
青い目で真っ直ぐ見据え、言葉を繋ぐ。
「そなたの育てたアルキバを、未来の王に貸してはくれぬか」
これが「王威」というものか、と魅入られた者は体で理解する。
リチェルは確かに、この国の王となるべく生まれてきた存在なのだと。
バルヌーイは自分があたかも、物語の中の登場人物になったような錯覚に陥った。
痺れ切った頭で悟る。
――そうか俺は、この王に捧げるために、アルキバを育ててきたのか。
◇ ◇ ◇
------------------------------------------------------------------------
バルヌーイ
33歳で剣闘士引退&興行師引き継ぎ
35歳でアルキバ発見
現在52歳
「そう言うだろうと思っていた。英雄アルキバを見出し、育てたのはそなただからな」
その言葉に、アルキバがあからさまに不快そうな顔をする。あるいは照れ隠しなのかもしれないが。
「さてはタコの自慢話聞いたな?大していい話でもないのにペラペラあちこちで喋りやがって!」
かつて浮浪児だったアルキバは、こそ泥で食っていた。
ある日、大胆にも剣闘士団の養成所に盗みに入った。が、見つかった。大男達は小さな泥棒を追いかけ回した。
アルキバ少年は華麗な身のこなしで追っ手をかわす。だが最後、塀の穴から外に脱出したところで、穴の向こうに待ち構えていたバルヌーイに捕まった。もちろんその場で半殺しの目にあった。
バルヌーイは、逃げ回る時の敏捷性と、半殺しの目にあっても気絶しなかった打たれ強さに目をつけた。
そして腫れ上がった血まみれの顔で、バルヌーイを睨みつける強い眼光に惚れた。
――おい坊主、剣闘士になってみないか?
少年は怪訝な顔をし、バルヌーイはにやりと笑った。
その一言から、アルキバの剣闘士としての鍛錬と修行の日々が始まった。
それがたった、九歳の時。小さな子供が一人、大男達に混じって剣を振るその姿は微笑ましく、アルキバは皆に可愛がられた。
暗い目をした浮浪児は、だんだんと明るさを取り戻し、見込まれた通りの才能を開花させていく。
初めて試合に出たのは平均よりかなり早い十五歳。
そして十七歳で御前試合の史上最年少制覇を果たす。
その時のバルヌーイの喜びようと言ったらなかった。バルヌーイばかり泣きじゃくって、当の本人は照れたようなぶっきらぼう、その対比はいまだに剣闘士団の語り草だ。
以上のことを知っているらしいリチェルはしみじみとつぶやいた。
「いい話じゃないか」
ルシスもぼそりと割って入る。
「ああ、なかなかいい話だ」
「いやいや、大した話じゃねえだろ!」
アルキバはむきになって否定し、バルヌーイは悦に入った表情でうんうんと嬉しそうにうなずいた。
「そういうわけだから、お引取り下さいサイルさん」
リチェルは長い息をついた。
そして何かを決心したように、目をつむる。
リチェルは自らの覆面を剥ぎ取った。その顔を晒し、名乗る。
「私の本当の名は、リチェル=ドナ=ナバハイル。この国の王子だ。私がジルソン、オルワードとの王位継承争いに勝てるまで、アルキバを借り受けたい。今はまだ一人の私の、最初の兵として」
部屋中、水を打ったように静まった。
三人とも口を閉じ、ただ魅入られたように、リチェルから目が離せなかった。
アルキバもまだ、こんなリチェルは知らなかった。
ただのリチェルではない、ナバハイルの王族としてのリチェル。
王子はバルヌーイの手を取り、両手で包んだ。
青い目で真っ直ぐ見据え、言葉を繋ぐ。
「そなたの育てたアルキバを、未来の王に貸してはくれぬか」
これが「王威」というものか、と魅入られた者は体で理解する。
リチェルは確かに、この国の王となるべく生まれてきた存在なのだと。
バルヌーイは自分があたかも、物語の中の登場人物になったような錯覚に陥った。
痺れ切った頭で悟る。
――そうか俺は、この王に捧げるために、アルキバを育ててきたのか。
◇ ◇ ◇
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バルヌーイ
33歳で剣闘士引退&興行師引き継ぎ
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現在52歳
1
↓旧作。第8回BL小説大賞奨励賞作品です
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