27 / 75
第27話 海の王の呪い
しおりを挟む
リチェルが魔術師邸で目覚める数刻前、未明。
ナバハイル城では、国王ダーリアン三世が寝所でうなされていた。黄金をふんだんに使い、緑のシルクカーテンの天蓋を持つベッドの中。
王はまた、いつもの悪夢を見ているのだ。
夢の中、恐ろしく美しい男が、冷酷な笑みを浮かべている。
水晶のような長い金髪に白磁の肌、青空のような瞳を持つその男は、絢爛な王の衣装をまとっている。
彼は高台からまるで退屈しのぎのように、強制労働の現場を見ている。
その視線の先には、立派な体躯の、褐色肌の奴隷がいた。半裸に鞭を打たれながら、大きな石材を肩に乗せ運ばされている。
それはかつてこの「海の国」の王だった者の落ちぶれた姿。
恩を仇で返され、惨めに蹴落とされた姿だ。
だが奴隷に落とされてもなお、男は威風堂々としていた。王としての威容は損なわれていなかった。
裏切られた「海の王」は、裏切った「森の王」を見上げる。
海の王は、静かに淡々と、呪いの言葉を述べた――。
呪いを受けた森の王は、憤り、怒鳴り、海の王は強制労働どころか拷問の場へと引きずられていく――。
海の王は数年に渡って拷問を受け続け、むごい死に方をした――。
場面変わって、一面の血の海が広がる。
血の海に沈んでいるのは、白い肌に金髪碧眼の者達……すなわちナバハイル王家の者、森の王の末裔達だ。
凄惨な血の海を、海の王が見下ろしている。ナバハイルの地の真の支配者が。
海の王は不意に、「こちら」を見る。夢見の主である、ダーリアン三世を。
そして厳かに問いかけた。
『友よ、いつ過ちに気づく』
もう時間は残されていないぞ、と言外に示しながら。
「陛下、陛下!どうかお目覚めになって下さい!」
王は、はっと目を開ける。上体を起こした王は、全身に寝汗をかき、怯えた瞳を王妃に向ける。
王の褥の傍らにいるのは、後妻である王妃ミランダス。
もう四十代半ばだが、その美貌も金髪も、若い頃と変らぬ輝きを保っている。
「おお、ミランダス。そなたが目覚めさせてくれたのか」
王妃は王の肩を抱き、額を寄せた。
「またあの夢でございますか?」
長く伸ばした明るい金髪の髭をなでつけながら、王はうなずく。
額に深い皺が刻まれ、王妃とは反対に、実年齢である五十代半ばよりもだいぶ、老いて見えた。
「ああ、海の王の呪いの夢だ」
「お可哀相な我が君。いつまで迷信に囚われていらっしゃるのです。もう呪いを伝える石碑は破棄いたしました」
「本当に、良かったのだろうか。伝承に向き合うべきではないのだろうか」
ミランダスは小さく嘆息し、諭すように語る。
「陛下にそのようなことをおっしゃったのは、前王妃様でございましょう。それは間違いだったのです。そのせいで陛下は悪夢を見るようになってしまわれた。前王妃様の言葉こそが陛下を苦しめていらっしゃる」
ダーリアン三世は青ざめながら、既に口癖のようになっているその「呪いの言葉」をつぶやく。
「『最後の王は全ての 咎を負い、奴隷より悲惨な人生を送り、非業の死を遂げる』……。ナバハイルはもう間もなく約束の日、建国五百年の日を迎える……」
「せっかく破棄したのに、覚えておいででは意味がないではありませんか。どうかお忘れ下さい。忘れれば夢も見なくなりましょう。我がナバハイル王家は永久に繁栄いたします。五百年たとうと千年たとうと、美しい森の民がとわに、この地を支配し続けるのです」
「海の王の呪いは、本当にわが身に降りかからないのか?」
「当然でございます」
そのはっきりした物言いに、王はようやく力づけられる。悪夢の余韻も去っていった。
「そうだな、ミランダス。呪いなどあるわけがない」
王妃は微笑んだ。そしてついでのように付け足した。
「それでも……もし。もしどうしてもお気になさるのでしたら、建国五百年を迎える前に、ジルソンに王位を譲ってしまうのはいかがでございましょう。そうすればジルソンが『最後の王』となり、陛下は、『最後の王』ではなくなりましょう?」
王はうろたえる。
「た、確かにそうだが、それは息子に業を押し付けるようなものではないか」
「だって業も呪いも存在しないのですよ。ジルソンは賢い子です、そんな呪いなど気に病みません」
ダーリアン三世は複雑な表情を浮かべる。
「確かにジルソンは賢い息子だ。近頃は家臣たちも、余よりジルソンに意見を求める」
「それでよろしいじゃございませんか。陛下は楽になって構わないのですよ」
ふう、と王はため息をつき、苦笑に似た笑みをこぼした。
「優しい王妃と賢い息子に恵まれて、余はまことに幸福な王だな」
「その通りでございます」
王妃は王の胸に擦り寄るように頭をもたれ、美しく微笑んだ。
-------------------------------------------------------------------------------------------------
Q .森とか海とかなんか出てきた気もするけどなんだっけ
A.「第4話 栄光の通路 (2)」です!
ナバハイル城では、国王ダーリアン三世が寝所でうなされていた。黄金をふんだんに使い、緑のシルクカーテンの天蓋を持つベッドの中。
王はまた、いつもの悪夢を見ているのだ。
夢の中、恐ろしく美しい男が、冷酷な笑みを浮かべている。
水晶のような長い金髪に白磁の肌、青空のような瞳を持つその男は、絢爛な王の衣装をまとっている。
彼は高台からまるで退屈しのぎのように、強制労働の現場を見ている。
その視線の先には、立派な体躯の、褐色肌の奴隷がいた。半裸に鞭を打たれながら、大きな石材を肩に乗せ運ばされている。
それはかつてこの「海の国」の王だった者の落ちぶれた姿。
恩を仇で返され、惨めに蹴落とされた姿だ。
だが奴隷に落とされてもなお、男は威風堂々としていた。王としての威容は損なわれていなかった。
裏切られた「海の王」は、裏切った「森の王」を見上げる。
海の王は、静かに淡々と、呪いの言葉を述べた――。
呪いを受けた森の王は、憤り、怒鳴り、海の王は強制労働どころか拷問の場へと引きずられていく――。
海の王は数年に渡って拷問を受け続け、むごい死に方をした――。
場面変わって、一面の血の海が広がる。
血の海に沈んでいるのは、白い肌に金髪碧眼の者達……すなわちナバハイル王家の者、森の王の末裔達だ。
凄惨な血の海を、海の王が見下ろしている。ナバハイルの地の真の支配者が。
海の王は不意に、「こちら」を見る。夢見の主である、ダーリアン三世を。
そして厳かに問いかけた。
『友よ、いつ過ちに気づく』
もう時間は残されていないぞ、と言外に示しながら。
「陛下、陛下!どうかお目覚めになって下さい!」
王は、はっと目を開ける。上体を起こした王は、全身に寝汗をかき、怯えた瞳を王妃に向ける。
王の褥の傍らにいるのは、後妻である王妃ミランダス。
もう四十代半ばだが、その美貌も金髪も、若い頃と変らぬ輝きを保っている。
「おお、ミランダス。そなたが目覚めさせてくれたのか」
王妃は王の肩を抱き、額を寄せた。
「またあの夢でございますか?」
長く伸ばした明るい金髪の髭をなでつけながら、王はうなずく。
額に深い皺が刻まれ、王妃とは反対に、実年齢である五十代半ばよりもだいぶ、老いて見えた。
「ああ、海の王の呪いの夢だ」
「お可哀相な我が君。いつまで迷信に囚われていらっしゃるのです。もう呪いを伝える石碑は破棄いたしました」
「本当に、良かったのだろうか。伝承に向き合うべきではないのだろうか」
ミランダスは小さく嘆息し、諭すように語る。
「陛下にそのようなことをおっしゃったのは、前王妃様でございましょう。それは間違いだったのです。そのせいで陛下は悪夢を見るようになってしまわれた。前王妃様の言葉こそが陛下を苦しめていらっしゃる」
ダーリアン三世は青ざめながら、既に口癖のようになっているその「呪いの言葉」をつぶやく。
「『最後の王は全ての 咎を負い、奴隷より悲惨な人生を送り、非業の死を遂げる』……。ナバハイルはもう間もなく約束の日、建国五百年の日を迎える……」
「せっかく破棄したのに、覚えておいででは意味がないではありませんか。どうかお忘れ下さい。忘れれば夢も見なくなりましょう。我がナバハイル王家は永久に繁栄いたします。五百年たとうと千年たとうと、美しい森の民がとわに、この地を支配し続けるのです」
「海の王の呪いは、本当にわが身に降りかからないのか?」
「当然でございます」
そのはっきりした物言いに、王はようやく力づけられる。悪夢の余韻も去っていった。
「そうだな、ミランダス。呪いなどあるわけがない」
王妃は微笑んだ。そしてついでのように付け足した。
「それでも……もし。もしどうしてもお気になさるのでしたら、建国五百年を迎える前に、ジルソンに王位を譲ってしまうのはいかがでございましょう。そうすればジルソンが『最後の王』となり、陛下は、『最後の王』ではなくなりましょう?」
王はうろたえる。
「た、確かにそうだが、それは息子に業を押し付けるようなものではないか」
「だって業も呪いも存在しないのですよ。ジルソンは賢い子です、そんな呪いなど気に病みません」
ダーリアン三世は複雑な表情を浮かべる。
「確かにジルソンは賢い息子だ。近頃は家臣たちも、余よりジルソンに意見を求める」
「それでよろしいじゃございませんか。陛下は楽になって構わないのですよ」
ふう、と王はため息をつき、苦笑に似た笑みをこぼした。
「優しい王妃と賢い息子に恵まれて、余はまことに幸福な王だな」
「その通りでございます」
王妃は王の胸に擦り寄るように頭をもたれ、美しく微笑んだ。
-------------------------------------------------------------------------------------------------
Q .森とか海とかなんか出てきた気もするけどなんだっけ
A.「第4話 栄光の通路 (2)」です!
2
お気に入りに追加
450
あなたにおすすめの小説
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる