上 下
26 / 75

第26話 誓い (3)

しおりを挟む
「こういうのはどうだろう!私が王になったあかつきには、奴隷制度をやめる!この国の全ての奴隷を解放して自由民と同じ権利を与える。もちろん剣闘士も。闘技会は真剣を使った試合である必要はないと常々思っていたんだ。剣闘士を奴隷身分から解放して、闘技会を、殺さない、誰も死なないものに変えたい!」

 いいことを思いついた子供のように語るリチェルを、アルキバはひどく驚いた様子で見つめていた。
 何も言わないアルキバに、リチェルは不安になる。

「嫌だったか?この褒美では」

 アルキバは首を横に振った。そして感嘆するように息をついた。

「いや、これ以上ない最高の褒美だ。よく分かったな、俺が最も喜ぶこと」

 リチェルはとても嬉しくなった。誇らしげに笑む。

「 信奉者ファンは贔屓の剣闘士のことなら、なんでも知っているんだ」

 アルキバは吹き出した。

「ははは、参ったよ。いいのかい、そんな国中ひっくり返るようなことを安請け合いしちまって」

「ああ、奴隷解放は母上の願いでもあったんだ。ずっと忘れていたが、そなたが思い出させてくれた。亡き母上と大好きなアルキバの為に、王になって奴隷を解放したい」

 言ってしまって、リチェルは慌てて手で口元を隠した。

「す、すまない、大好きというのはつまり、私はアルキバの信奉者ファンだから、そういう意味で……」

 そんなリチェルに、アルキバは目を細めた。

「抱きしめてもいいか?」

「えっ……」

 そっ……と、ふんわりと。アルキバはリチェルの半身をゆるく抱いた。
 リチェルはびっくりしながら、無言でアルキバの遠慮がちな抱擁に、包まれた。

 アルキバがその耳元に囁く。

「俺はあんたを裏切らない」

 リチェルは息を飲んだ。

 ——ヴィルターのように裏切ることはない。

 そういう意味だろう。

 きっと本気ではない。大人の慰め、大人の気遣いだ。 
 だがたとえ気休めでも、それは今、リチェルを最も揺さぶり、救い上げる言葉だった。

「アル……キバ……」

 目頭が熱を帯びる。
 涙があふれ、こぼれ落ちた。
 ヴィルターに刺され、目覚めてから。初めてリチェルはちゃんと泣いた。
 生きることを諦め、凪いでいた心に灯りがともる。

 泣き出したリチェルの淡い金色の髪を、アルキバの手が優しくなでた。

「たとえ俺に親がいて、親を人質にとられたとしても、俺はあんたを選ぼう」 

 リチェルは嗚咽した。額をアルキバの胸に寄せ、泣きじゃくりながら途切れ途切れの言葉を繋げる。

「あり……が……。そな……たの心遣い、感……謝す……、なぐ……さめ……」

「慰めなんかじゃねえ、俺は誓って裏切らない」

 アルキバはリチェルの頬を両手ではさみ、上に向けさせた。
 どきりとするほど真摯な眼差しが、リチェルを見ている。

 まるで本気だと信じてしまいそうな眼差しが。

 そこでアルキバが、何かに迷う表情を見せた。
 やがてためらいがちに、少し照れた様子で申し出る。

「誓いの口づけをしてもいいか?」

 リチェルはぎこちなくうなずいた。

 アルキバは、リチェルのひたいにそっと唇を落とした。
 そしてリチェルの表情を確かめる。
 リチェルが嫌がっていないか、確認するように。

 リチェルはただ、赤面していた。アルキバはほっとした表情になる。
 もう一度、今度はほおにキスをしてくれた。
 次にあごに、次にもう片方のほおに。

 唇以外の全ての場所に、アルキバのキスが降って来る。

(これはまだ夢の中……?)

 泣き濡れたリチェルはその優しい誓いを、信じられない思いで受け止めた。

◇  ◇  ◇
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

【完結】一途な想いにも、ほどがある!

空条かの
BL
御曹司の天王寺尚人が一般家庭の姫木陸に初恋をしてしまい、一途に恋心を募らせて暴走していく物語です。 愛してやまない恋の行方は、果たしてハッピーエンドを迎えられるのか? そんな暴走初恋の長編ストーリーです。(1章ずつ完結タイプのお話) ※性的表現(R18)ありのページは、マークをつけて分かるようにしておきます。 (わりとしっかりめに書くため、ダメな人はお気をつけください) ※設定を変更しましたので、違和感がある場合があります。 ◆4章で一旦完結OK。11章で完全完結。 【お詫び】 他サイトにも掲載しておりますが、掲載サイトにより内容を修正しているため、若干異なる部分などがあります。どこかでお見かけの際は、あれ? なんか違うってこともありますので、ご了承ください。

断捨離オメガは運命に拾われる

大島Q太
BL
番になる約束をした夫が浮気した。何もかも捨てて一人で生きる決意をして家を出た直哉が運命に出会い結婚するまでの話。《完結しました 後日談を追加しています。オメガバースの設定を独自の解釈を織り交ぜて書いています。R18の話にはタイトルに※を付けています》

恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした

水瀬かずか
BL
仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。 好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。 行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。 強面騎士×不憫美青年

消えない幻なら、堕ちるのもいい

Kinon
BL
美少年系バリタチSの高畑玲史と、ゴツめでマジメなM素質アリの川北紫道。セックスの経験はあれど恋愛経験ナシの2人は、気持ちが曖昧なままつき合うことになった。『リアルBL!不安な俺の恋愛ハードルート』と同じ学園モノです。 ※玲史視点:R、紫道視点:Sですが、同じシーン(セリフ重複)はありません。

A Caged Bird ――籠の鳥【改訂版】

夏生青波(なついあおば)
BL
 因習に囚われた一族の当主に目をつけられた高遠遥は背に刺青を施された後、逃亡した。  再び捕まった遥は当主加賀谷隆人の調教を受け、男に抱かれることに慣らされていく。隆人にはそうすべき目的があった。  青年と男が出会い、周囲の人間模様も含めて、重ねられていく時の流れを書き続けている作品です。  この作品は自サイト「Katharsis」で公開しています。また、fujossy・エブリスタとも同一です。 ※投稿サイトでは、主人公高遠遥視点の作品のみアップします。他の人物の視点作品は自サイト「Katharsis」に置いてあります。 ※表紙絵は、松本コウ様の作品です。(2021/07/22) ※タイトル英語部分を、全角から半角に変更しました。(2021/07/22)

絶望の終わり

雪紫
BL
一応ファンタジー世界。 倹約家の警官×レイプ被害者(?) 初めの方は受けが可哀想です。 ハピエンいちゃらぶ完結済み!

処理中です...