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第24話 誓い (1)
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リチェルは無言で、アルキバの駆る馬に跨っていた。背中でアルキバの肌の温度を感じながら。
たった一人の、信じていた臣下を失った。
これから敵だらけの城へと戻る。
間違いなく最悪の状況だ。
なのに不思議なほど、リチェルの心は今、凪いでいた。
いつかヴィルターに裏切られたら?その不安に怯えたことは一度ならずあった。だがついにその時がやってきてみれば、むしろやっと解放されたような心地さえしていた。
元々、自殺を図ってヴィルターに引き止められた命だった。そのヴィルターに死を望まれた。ならば。
(今度こそ死のう)
どうせただ泡を吐くだけの、なんの存在意義もない汚泥のようなものだったのだから。
あとは息を止めて土塊に戻るだけだ。
ただアルキバには、申し訳ないことをしたと心底思う。
こんな事態に巻き込まれ、王子殺しの罪を着せられ殺されそうになっただなんて。さぞヴィルターにもリチェルにも憤慨していることだろう。なのにリチェルに恨み言も言わず、謝罪さえしてくれた。
(立派な男だ)
必ずアルキバの冤罪は晴らさねば、と思う。
そして父王に事情を話し、ヴィルターの母を助け出してもらおう。
それらが済めば、あとは全てを終わらせるだけ。
北の森の木々がまばらになり、視界が明るくなってきた。
ふいに草生す丘の上に出た。その眼下に、王都とその中心に座す王城、さらにその向こうの青い大海を望むことができた。
丘の上でアルキバは、馬の脚を止めた。
そのままじっと、何かを思い悩むかのようにとどまっている。
どうしたのだろう、とリチェルはアルキバに振り向いた。
「どうかしたか?」
アルキバが、リチェルの目をじっと見下ろして尋ねた。
「あんた、城に味方はいるのか?」
思いもよらない質問にリチェルは面食らう。
「な、なんだ急に」
「あの護衛のことを唯一の味方と言ってただろ」
リチェルは視線を横に流した。
「そうだな、ヴィルターは私が唯一信じられる男だった。まだ母上が存命の頃、王妃付き護衛騎士の一員だった。頼んで私の護衛騎士になってもらったのに、私のせいで母堂を人質にとられ、申し訳ないことをした」
込み上げて来るのは怒りより哀しみ。
裏切りはとてつもないショックだが、それでもヴィルターを憎むことなど出来るわけもない。
アルキバはなぜか、不快そうに口を曲げた。
「あいつはあんたを殺そうとしたんだ。申し訳ないもクソもない。騎士なら親より主君を選ぶべきだ。俺には親がいないから、親がどれほど大切なものか知らねえが」
リチェルは力なく笑った。
「私には主君としての価値などない。こんな私に最後まで仕えてくれただけで感謝してる。私もなんだか、吹っ切れた」
その時、アルキバの眼光が鋭く光った。
アルキバは突然、リチェルのフードを外し、覆面を剥ぎ取った。リチェルの顔が晒される。
リチェルは驚き目を見開いた。
「なにを!」
「大丈夫、この辺りに来る人間なんていない。それより吹っ切れたって、どういう意味だ?」
アルキバは怒った声で詰問してくる。リチェルは目を伏せた。
「……気にするな」
アルキバはリチェルの肩をつかんだ。
「せっかく助けた命、無駄にする気じゃないだろうな」
アルキバの、人の心の機微を読み取る力にリチェルは舌を巻く。
リチェルは誤魔化すように笑みを作った。
「大丈夫、そなたの冤罪は必ず晴らす。心配するな」
「話をそらすな!諦めるなって言ってんだよ俺は!九年前、俺はあんたにこう言った。おう……」
リチェルの心臓がどきりと跳ねる。
(覚えていたのか)
思わず口から、続きが出た。
「王子としての誇りを忘れるな」
リチェルの言葉に、アルキバは眉を上げた。
「覚えてるじゃないか」
忘れられるわけもない。
ただ、アルキバに憧れアルキバのように強い男になろうと誓った幼い日は、あまりにも遠くに過ぎ去ってしまった。
「言ったであろう、ゆめゆめ忘れぬと。だが私はもはや、王子ではない」
「何言ってんだ、あんたは王位第一継承者だろ」
「それはもう、第一王子のジルソン兄上だ」
「法律破りの後妻の蛮行なんて許すな!法に従えば本当はあんたこそが第一王子だろ」
「私には王位への野心などない。だから放棄すると言ってるのに兄上たちはそれでは安心できない、私が死ぬまで諦めない気だ。かといって私には城しか住む場所は無い。もう私は、いつか殺されるのを待つだけの身だ」
ちっ、とアルキバは舌打ちをした。
「王位への野心がないだと?だから駄目なんだあんたは」
「だ、駄目とはなんだ」
リチェルはムッとしてアルキバを見上げる。まさか、王位への野心のなさを咎められるとは思わなかった。
「あんたは王と王妃の間に生まれ、その生誕を国中で祝われた第一王子様だ。俺はまだガキだったが、あんたが生誕したときの国中のお祭り騒ぎをよく覚えてる。あんたは国中に望まれて生まれてきた存在だ。なのに、国民が知らねえうちに愛人の腹から産み落とされていた兄貴たちなんかにあっさり王位を譲るのかよ!なぜ命を狙われるのかって考えてみろ、それが、あんたが今もこの国の第一王子である証拠だ!」
責めるような物言いに、リチェルはかっとして反論した。
「私にどうしろと言うのだ!父上は現王妃の言いなりで、唯一信じていた臣下にも裏切られた!もはや私はたった一人だ!」
「でもあんたは王子だろ」
「もういい、もう沢山だ、私は疲れた!ここが私の死に時なんだ!城に戻って毒をあおる!それで私は楽になれる!」
リチェルは青ざめた顔で言い切った。
興奮した胸を押さえて肩で息をした。
アルキバは、はあ、とため息をついた。
「空いた護衛騎士の枠、俺によこせ」
「は……?」
さらりと言われた言葉の意味が理解できなかった。
「ああ、奴隷だから騎士にはなれねえか。じゃあリチェル所有の用心棒奴隷ってことでいい、肩書きなんてなんでもいい」
「な、何の話をしてるんだ」
「俺がヴィルターの代わりに、あんたのたった一人の味方になってやるって言ってる」
たった一人の、信じていた臣下を失った。
これから敵だらけの城へと戻る。
間違いなく最悪の状況だ。
なのに不思議なほど、リチェルの心は今、凪いでいた。
いつかヴィルターに裏切られたら?その不安に怯えたことは一度ならずあった。だがついにその時がやってきてみれば、むしろやっと解放されたような心地さえしていた。
元々、自殺を図ってヴィルターに引き止められた命だった。そのヴィルターに死を望まれた。ならば。
(今度こそ死のう)
どうせただ泡を吐くだけの、なんの存在意義もない汚泥のようなものだったのだから。
あとは息を止めて土塊に戻るだけだ。
ただアルキバには、申し訳ないことをしたと心底思う。
こんな事態に巻き込まれ、王子殺しの罪を着せられ殺されそうになっただなんて。さぞヴィルターにもリチェルにも憤慨していることだろう。なのにリチェルに恨み言も言わず、謝罪さえしてくれた。
(立派な男だ)
必ずアルキバの冤罪は晴らさねば、と思う。
そして父王に事情を話し、ヴィルターの母を助け出してもらおう。
それらが済めば、あとは全てを終わらせるだけ。
北の森の木々がまばらになり、視界が明るくなってきた。
ふいに草生す丘の上に出た。その眼下に、王都とその中心に座す王城、さらにその向こうの青い大海を望むことができた。
丘の上でアルキバは、馬の脚を止めた。
そのままじっと、何かを思い悩むかのようにとどまっている。
どうしたのだろう、とリチェルはアルキバに振り向いた。
「どうかしたか?」
アルキバが、リチェルの目をじっと見下ろして尋ねた。
「あんた、城に味方はいるのか?」
思いもよらない質問にリチェルは面食らう。
「な、なんだ急に」
「あの護衛のことを唯一の味方と言ってただろ」
リチェルは視線を横に流した。
「そうだな、ヴィルターは私が唯一信じられる男だった。まだ母上が存命の頃、王妃付き護衛騎士の一員だった。頼んで私の護衛騎士になってもらったのに、私のせいで母堂を人質にとられ、申し訳ないことをした」
込み上げて来るのは怒りより哀しみ。
裏切りはとてつもないショックだが、それでもヴィルターを憎むことなど出来るわけもない。
アルキバはなぜか、不快そうに口を曲げた。
「あいつはあんたを殺そうとしたんだ。申し訳ないもクソもない。騎士なら親より主君を選ぶべきだ。俺には親がいないから、親がどれほど大切なものか知らねえが」
リチェルは力なく笑った。
「私には主君としての価値などない。こんな私に最後まで仕えてくれただけで感謝してる。私もなんだか、吹っ切れた」
その時、アルキバの眼光が鋭く光った。
アルキバは突然、リチェルのフードを外し、覆面を剥ぎ取った。リチェルの顔が晒される。
リチェルは驚き目を見開いた。
「なにを!」
「大丈夫、この辺りに来る人間なんていない。それより吹っ切れたって、どういう意味だ?」
アルキバは怒った声で詰問してくる。リチェルは目を伏せた。
「……気にするな」
アルキバはリチェルの肩をつかんだ。
「せっかく助けた命、無駄にする気じゃないだろうな」
アルキバの、人の心の機微を読み取る力にリチェルは舌を巻く。
リチェルは誤魔化すように笑みを作った。
「大丈夫、そなたの冤罪は必ず晴らす。心配するな」
「話をそらすな!諦めるなって言ってんだよ俺は!九年前、俺はあんたにこう言った。おう……」
リチェルの心臓がどきりと跳ねる。
(覚えていたのか)
思わず口から、続きが出た。
「王子としての誇りを忘れるな」
リチェルの言葉に、アルキバは眉を上げた。
「覚えてるじゃないか」
忘れられるわけもない。
ただ、アルキバに憧れアルキバのように強い男になろうと誓った幼い日は、あまりにも遠くに過ぎ去ってしまった。
「言ったであろう、ゆめゆめ忘れぬと。だが私はもはや、王子ではない」
「何言ってんだ、あんたは王位第一継承者だろ」
「それはもう、第一王子のジルソン兄上だ」
「法律破りの後妻の蛮行なんて許すな!法に従えば本当はあんたこそが第一王子だろ」
「私には王位への野心などない。だから放棄すると言ってるのに兄上たちはそれでは安心できない、私が死ぬまで諦めない気だ。かといって私には城しか住む場所は無い。もう私は、いつか殺されるのを待つだけの身だ」
ちっ、とアルキバは舌打ちをした。
「王位への野心がないだと?だから駄目なんだあんたは」
「だ、駄目とはなんだ」
リチェルはムッとしてアルキバを見上げる。まさか、王位への野心のなさを咎められるとは思わなかった。
「あんたは王と王妃の間に生まれ、その生誕を国中で祝われた第一王子様だ。俺はまだガキだったが、あんたが生誕したときの国中のお祭り騒ぎをよく覚えてる。あんたは国中に望まれて生まれてきた存在だ。なのに、国民が知らねえうちに愛人の腹から産み落とされていた兄貴たちなんかにあっさり王位を譲るのかよ!なぜ命を狙われるのかって考えてみろ、それが、あんたが今もこの国の第一王子である証拠だ!」
責めるような物言いに、リチェルはかっとして反論した。
「私にどうしろと言うのだ!父上は現王妃の言いなりで、唯一信じていた臣下にも裏切られた!もはや私はたった一人だ!」
「でもあんたは王子だろ」
「もういい、もう沢山だ、私は疲れた!ここが私の死に時なんだ!城に戻って毒をあおる!それで私は楽になれる!」
リチェルは青ざめた顔で言い切った。
興奮した胸を押さえて肩で息をした。
アルキバは、はあ、とため息をついた。
「空いた護衛騎士の枠、俺によこせ」
「は……?」
さらりと言われた言葉の意味が理解できなかった。
「ああ、奴隷だから騎士にはなれねえか。じゃあリチェル所有の用心棒奴隷ってことでいい、肩書きなんてなんでもいい」
「な、何の話をしてるんだ」
「俺がヴィルターの代わりに、あんたのたった一人の味方になってやるって言ってる」
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