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第23話 魂の傷跡 (4)

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 隣室のソファに寝そべっていたロワが、「おっ」と顔を上げる。

「仲直りはしたかい?」

 リチェルはその傍らに近づいた。

「そなたがロワ殿か。命を助けてくれてありがとう、礼ははずむ。今は持ち合わせがないが、後日必ず。金はいくらでも出そう」

 ロワは手を伸ばすと、リチェルの腕をとりぐっと引き寄せた。

「!?」

 ロワは自らの隣にリチェルを座らせ、その両手を握って、ずいと鼻先まで顔を寄せた。

「いや金よりも体で払ってもらえたらありがたい。剣闘士食いまくってんだって?いいねえ若いちんこは元気で。俺は入れられるのもイケる口なんだ。たまには魔術師なんてどうだい?大丈夫こう見えて体は鍛えてるんだ、ローブの下はそこそこだぜ。そりゃあ剣闘士ほどとはいかないが」

 狼狽するリチェルの目線が、ふとロワの背後に向けられる。口をぱくぱくさせた。

「あ、あの、後ろ……」

 ロワの背後から、アルキバがその首に腕を回し、締め上げた。

「うぐえっ」

「この色狂い魔術師が!」

「し、しぬ……」

 ぐりぐりと力強く締められて、ロワは手足をじたばたさせ白目を剥いている。

「ア、アルキバやめてっ!」

 リチェルの一言でアルキバが腕を離す。その憤怒の眼差しはそのままだったが。
 ロワがべろを出して首をさすった。

「はあ助かった、地獄の門が見えた。いや本気で殺しにかかるかね普通?」

 アルキバはロワのローブの襟首をつかんで凄む。

「そのまま門の向こうに行っちまえ!なんて見境のない奴なんだてめえは!」

 ロワはにやにや笑うと、リチェルに流し目で視線を寄越した。

「こいつ面白いだろ?あんたへの初めての恋にイカレちまってんだ。恋愛できない男がやっと落とされたかと思えば相手は王子だって。ったく何様のつもりだろうね」

 アルキバの顔がかっと熱くなる。からかわれたことに、やっと気がついた。ロワのローブから手を離し、顔をそむけてクソっとつぶやく。ペラペラと妙なことを言いやがって、リチェルにどう思われたか。
 アルキバはちら、とリチェルを見た。

 リチェルは顔を真っ赤にしていた。
 アルキバの呼吸が止まる。その朱に染まる美しい顔を見つめてしまう。

 アルキバの視線に気づいたリチェルは、慌てて首を横に振った。

「だ、大丈夫だ、信じてなどいない!ロワ殿の冗談だろう、分かっている」

「あっ……、いや、そ、そうか……」

 ロワはくつくつと声をこらえて笑っている。もっと長いこと締めてやればよかった、とアルキバは忌々しく思った。

「まあ城に戻るなら、アルキバが送っていけよ」

「当たり前だ!こんな寝巻き姿の王子を一人で放逐できるか!」

「いや馬さえ貸してもらえれば、一人で戻れる」

 リチェルの遠慮がちな申し出をアルキバは言下に拒否した。

「駄目だ、貸せる馬なんてない」

 ロワが手であごを抑えた。

「ないこともないが……」

「ない!」

「あー分かった、ないよ、ないない」

 ロワは愉快そうに肩をすくめた。アルキバはむすっとしながら頼む。

「馬はいらんが、ローブと覆面になる布を貸せ」

「はいよ」

 ロワは別の部屋から黒いローブを持って来て、リチェルに着せてやった。そして黒い布も渡す。

「何から何まですまない、ありがとう」

 リチェルは自らの顔に布を巻き、目から下を隠した。
 アルキバは腰に剣を差し、壁掛けにつるしてあった灰色のローブを取って羽織る。

「じゃあもう行く。助かったよ、ロワ」

「ああ、最後まで守りきれよ、大事な大事な御方だ」

「分かってる。……なあ、最後って」

「最後は、最後だ」

 最後とはどこだ。城なのか。
 どうもすっきりしなかった。城に戻したところで、また兄達に命を狙われるだろう。今度こそリチェルは殺されるかもしれない。

 アルキバは思い悩みながら、魔術師邸の扉を押し開いた。

◇  ◇  ◇
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