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第17話 夜伽 (7)

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 その口を塞ぐことすらできず、アルキバは放心したように、絶叫するリチェルを見つめた。

 長い咆哮の末、その声がやっと枯れ、リチェルは体を弓なりにそらせたまま、ひーひーと息をはいた。
 その大きく開けた口からはまだ、聞き取れぬ叫びが放たれているかのようだった。

 やがてドアが乱暴に開けられた。背後から、護衛の怒鳴り声が降ってきた。

「サイル様!アルキバめ、サイル様に何を!」

 リチェルはその声にはっとしたように、口を閉じた。
 アルキバは気まずく顔をしかめながら、リチェルの両手を縛っていた帯を解く。

 来たか、と思いながら。そりゃあ来るだろう。来るのが遅すぎるくらいだった。

 アルキバはベッドから立ち上がり、両腕を広げ肩をすくめた。

「あー悪かったよ、未遂だから安心しろ」

 リチェルが上体を起こし、護衛を見て涙ぐむ。その目には生気が戻っていた。

「ヴィルター……!」

 ヴィルターと呼ばれた護衛は無言でベッドの傍らに歩み寄る。
 リチェルは泣きながら、ヴィルターの腰に抱きついた。

「来てくれた……。お前はいつも、私を守ってくれる、私が信じているのはお前だけだ、ヴィルター……」

 アルキバはやれやれ、とそんな様子を眺めていたが、不意に眉をひそめた。
 ヴィルターの様子が明らかにおかしかった。

(なんだ、その表情は)

 ヴィルターの顔は緊張にこわばっていた。その額から冷や汗が流れている。

 ヴィルターは身をかがめ、左手をリチェルの背中に回してあやすようにさすりながら、右手を後ろに引いた。

 右手に握られているのは、ガラス戸棚の上に置いてあった、あの果物ナイフ。

 アルキバは息を飲んだ。

「逃げろリチェル!」

 叫んだのと、そのナイフがリチェルの腹に沈められたのは同時だった。
 リチェルの青い瞳が飛び出さんばかりに見開かれる。
 ヴィルターはリチェルの腹からナイフを引き抜くと、後ずさる。

 リチェルが震えながら自分の腹を見た。どくどくと血を流す己の腹を見て、顔を上げる。
 絶望の表情でヴィルターを見つめ、囁いた。

「お前も、なのか、ヴィルター……」

 ヴィルターはかたり、と血塗れのナイフを落とした。
 主君を見下ろし、嗚咽を漏らした。その両眼から涙を流す。

「申し訳ございません殿下、母を……!兄君達に母を人質に取られました……!」

 リチェルはその美しい顔を哀しみに歪める。

「そうか……」

 と一言。そのまま横ざまに倒れる。目をつぶり、動かなくなった。

 アルキバはクソ、と小さく悪態をついた。
 はめられた、と気づいた。リチェルのみならず、自分が。

 ヴィルターは手で涙をぬぐうと、剣を抜きはなち、その切っ先をアルキバに突きつけた。

「奴隷、貴様は殺人者だ。我が主人を殺した貴様を、この場で処刑する」
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