忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う

空月 瞭明

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第13話 夜伽 (3)

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 サイルはおずおずと言う。

「な……何か、飲むか。極上の葡萄酒を……用意してある」

 サイルは微かに震えながらアルキバに背を向けると、ガラス戸棚からボトルと銀の杯を取り出した。

 そのガラス戸棚の上に、果物ナイフらしきものが無造作に置いてあった。

 アルキバはナイフに「ん?」と思う。
 あんな丁寧に武器チェックしたくせに、目の前に武器を転がすとは。
 刃渡りは大きく、凶器と呼んで差し支えない代物だ。

 サイルは取り出したボトルと銀杯を長椅子の前のテーブルに置いた。
 テーブルの上には陶器の器があり、その器には山盛りのチョコレートの粒が盛られていた。アルキバはそれを見て鼻で笑う。

 サイルは自らボトルを開けた。そして銀の杯に赤ワインを注ぎ、アルキバに差し出す。
 アルキバは受け取り、聞かなくても分かることをあえて聞いた。

「サイル様の分はよろしいのですか?」

 サイルは視線を彷徨わせた。

「私は……覆面が……」

 存外、真面目に答えるのだな、とアルキバは笑いをかみ殺す。どう考えてもただの嫌味なのに。

 杯の中身の匂いをかいで確かめた。何か盛られてはいないか、と。
 旨い酒は振舞われ慣れている。例えば夫である将軍の遠征中にアルキバを屋敷に連れ込み情事にふける、貴族のパトロン女などに。
 だからアルキバは良い葡萄酒をかぎ分ける鼻も舌も確かだった。薬でもいれられていればすぐ分かる。杯を浅く傾け、舌先で少量転がした。

 大丈夫、何も入っていない。確かに極上の葡萄酒だ。アルキバはぐいと豪快に、赤い液体を飲み干した。

 サイルがアルキバのその様子を、食い入るように見つめている。
 アルキバはその視線に妙なものを感じた。まるで何かを待っているような。
 やはり何か、盛られていたか?そんなはずはないが。

「私の顔に、何かついていますか?」

 サイルの目に困惑の色が浮かぶ。

「なんとも……ないのか?」

 アルキバは肩をすくめた。分かりやすい奴だ。どうやら盛られていたようだ。少なくとも、サイルはアルキバに一服盛ったつもりでいたようだ。

 アルキバは意地の悪い笑みをたたえ、サイルの顔を覗き込み尋ねた。

「どういう意味でございますか?」

「うっ……その……」

 サイルの視線がテーブルの上に落ちる。そこにあるチョコレートに。アルキバはそのチョコレートを一つつまんでみた。

 白々しい演技もそろそろ飽きてきた。

「媚薬入りチョコレートも食ったほうがいいか?」

 サイルの目が驚愕に見開かれ、そしてがくりと肩を落とした。

「知っているのか」

「媚薬入りワインのことは知らなかったけどな。ウーノにはチョコレートだったんだろ」

「あの者は酒を飲めないと言っていたので……」

「なるほど」

 下戸は大抵、甘いものが好きだ。酒かチョコレートか、なかなかうまい選択肢だ。その両方を用意しておけば、どちらか一方は嗜むだろう。
 気を落とした様子のサイルはこう言った。

「帰っていい」

 いきなりの解放宣言に、アルキバは失笑せざるを得なかった。

「おいおい、なんだよ、やらねえのか?」

「そなたは媚薬が効かない体質のようだ。嫌がる者に無理矢理はできない」

 アルキバはその不可解な思考回路に呆れ返る。

「は?散々、剣闘士食いしてるあんたの言うセリフかよそれ」

「とにかく帰れ」

「せっかく俺を呼べたのに?あんた毎回欠かさず俺の試合見に来てるよな」

「そ、それは……」

 サイルは恥ずかしそうに口ごもる。

 アルキバはくっと笑い、サイルの体を横抱きに抱き上げた。その痩身は簡単にアルキバに捕らえられる。

「なっ……!は、離せっ!」

 サイルは暴れるが、蚊ほどの抵抗にもならない。アルキバはサイルを抱えベッドにまで運ぶ。
 シーツの上に投げ出されたサイルは、恐怖に硬直している。その覆面に手を伸ばした。

「や、やめ……」

 さてどんな化け物が現れるのか、まさに怖いもの見たさ。

 アルキバはサイルの顔を覆う黒い布を、一気に剥ぎ取った。
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