13 / 75
第13話 夜伽 (3)
しおりを挟む
サイルはおずおずと言う。
「な……何か、飲むか。極上の葡萄酒を……用意してある」
サイルは微かに震えながらアルキバに背を向けると、ガラス戸棚からボトルと銀の杯を取り出した。
そのガラス戸棚の上に、果物ナイフらしきものが無造作に置いてあった。
アルキバはナイフに「ん?」と思う。
あんな丁寧に武器チェックしたくせに、目の前に武器を転がすとは。
刃渡りは大きく、凶器と呼んで差し支えない代物だ。
サイルは取り出したボトルと銀杯を長椅子の前のテーブルに置いた。
テーブルの上には陶器の器があり、その器には山盛りのチョコレートの粒が盛られていた。アルキバはそれを見て鼻で笑う。
サイルは自らボトルを開けた。そして銀の杯に赤ワインを注ぎ、アルキバに差し出す。
アルキバは受け取り、聞かなくても分かることをあえて聞いた。
「サイル様の分はよろしいのですか?」
サイルは視線を彷徨わせた。
「私は……覆面が……」
存外、真面目に答えるのだな、とアルキバは笑いをかみ殺す。どう考えてもただの嫌味なのに。
杯の中身の匂いをかいで確かめた。何か盛られてはいないか、と。
旨い酒は振舞われ慣れている。例えば夫である将軍の遠征中にアルキバを屋敷に連れ込み情事にふける、貴族のパトロン女などに。
だからアルキバは良い葡萄酒をかぎ分ける鼻も舌も確かだった。薬でもいれられていればすぐ分かる。杯を浅く傾け、舌先で少量転がした。
大丈夫、何も入っていない。確かに極上の葡萄酒だ。アルキバはぐいと豪快に、赤い液体を飲み干した。
サイルがアルキバのその様子を、食い入るように見つめている。
アルキバはその視線に妙なものを感じた。まるで何かを待っているような。
やはり何か、盛られていたか?そんなはずはないが。
「私の顔に、何かついていますか?」
サイルの目に困惑の色が浮かぶ。
「なんとも……ないのか?」
アルキバは肩をすくめた。分かりやすい奴だ。どうやら盛られていたようだ。少なくとも、サイルはアルキバに一服盛ったつもりでいたようだ。
アルキバは意地の悪い笑みをたたえ、サイルの顔を覗き込み尋ねた。
「どういう意味でございますか?」
「うっ……その……」
サイルの視線がテーブルの上に落ちる。そこにあるチョコレートに。アルキバはそのチョコレートを一つつまんでみた。
白々しい演技もそろそろ飽きてきた。
「媚薬入りチョコレートも食ったほうがいいか?」
サイルの目が驚愕に見開かれ、そしてがくりと肩を落とした。
「知っているのか」
「媚薬入りワインのことは知らなかったけどな。ウーノにはチョコレートだったんだろ」
「あの者は酒を飲めないと言っていたので……」
「なるほど」
下戸は大抵、甘いものが好きだ。酒かチョコレートか、なかなかうまい選択肢だ。その両方を用意しておけば、どちらか一方は嗜むだろう。
気を落とした様子のサイルはこう言った。
「帰っていい」
いきなりの解放宣言に、アルキバは失笑せざるを得なかった。
「おいおい、なんだよ、やらねえのか?」
「そなたは媚薬が効かない体質のようだ。嫌がる者に無理矢理はできない」
アルキバはその不可解な思考回路に呆れ返る。
「は?散々、剣闘士食いしてるあんたの言うセリフかよそれ」
「とにかく帰れ」
「せっかく俺を呼べたのに?あんた毎回欠かさず俺の試合見に来てるよな」
「そ、それは……」
サイルは恥ずかしそうに口ごもる。
アルキバはくっと笑い、サイルの体を横抱きに抱き上げた。その痩身は簡単にアルキバに捕らえられる。
「なっ……!は、離せっ!」
サイルは暴れるが、蚊ほどの抵抗にもならない。アルキバはサイルを抱えベッドにまで運ぶ。
シーツの上に投げ出されたサイルは、恐怖に硬直している。その覆面に手を伸ばした。
「や、やめ……」
さてどんな化け物が現れるのか、まさに怖いもの見たさ。
アルキバはサイルの顔を覆う黒い布を、一気に剥ぎ取った。
「な……何か、飲むか。極上の葡萄酒を……用意してある」
サイルは微かに震えながらアルキバに背を向けると、ガラス戸棚からボトルと銀の杯を取り出した。
そのガラス戸棚の上に、果物ナイフらしきものが無造作に置いてあった。
アルキバはナイフに「ん?」と思う。
あんな丁寧に武器チェックしたくせに、目の前に武器を転がすとは。
刃渡りは大きく、凶器と呼んで差し支えない代物だ。
サイルは取り出したボトルと銀杯を長椅子の前のテーブルに置いた。
テーブルの上には陶器の器があり、その器には山盛りのチョコレートの粒が盛られていた。アルキバはそれを見て鼻で笑う。
サイルは自らボトルを開けた。そして銀の杯に赤ワインを注ぎ、アルキバに差し出す。
アルキバは受け取り、聞かなくても分かることをあえて聞いた。
「サイル様の分はよろしいのですか?」
サイルは視線を彷徨わせた。
「私は……覆面が……」
存外、真面目に答えるのだな、とアルキバは笑いをかみ殺す。どう考えてもただの嫌味なのに。
杯の中身の匂いをかいで確かめた。何か盛られてはいないか、と。
旨い酒は振舞われ慣れている。例えば夫である将軍の遠征中にアルキバを屋敷に連れ込み情事にふける、貴族のパトロン女などに。
だからアルキバは良い葡萄酒をかぎ分ける鼻も舌も確かだった。薬でもいれられていればすぐ分かる。杯を浅く傾け、舌先で少量転がした。
大丈夫、何も入っていない。確かに極上の葡萄酒だ。アルキバはぐいと豪快に、赤い液体を飲み干した。
サイルがアルキバのその様子を、食い入るように見つめている。
アルキバはその視線に妙なものを感じた。まるで何かを待っているような。
やはり何か、盛られていたか?そんなはずはないが。
「私の顔に、何かついていますか?」
サイルの目に困惑の色が浮かぶ。
「なんとも……ないのか?」
アルキバは肩をすくめた。分かりやすい奴だ。どうやら盛られていたようだ。少なくとも、サイルはアルキバに一服盛ったつもりでいたようだ。
アルキバは意地の悪い笑みをたたえ、サイルの顔を覗き込み尋ねた。
「どういう意味でございますか?」
「うっ……その……」
サイルの視線がテーブルの上に落ちる。そこにあるチョコレートに。アルキバはそのチョコレートを一つつまんでみた。
白々しい演技もそろそろ飽きてきた。
「媚薬入りチョコレートも食ったほうがいいか?」
サイルの目が驚愕に見開かれ、そしてがくりと肩を落とした。
「知っているのか」
「媚薬入りワインのことは知らなかったけどな。ウーノにはチョコレートだったんだろ」
「あの者は酒を飲めないと言っていたので……」
「なるほど」
下戸は大抵、甘いものが好きだ。酒かチョコレートか、なかなかうまい選択肢だ。その両方を用意しておけば、どちらか一方は嗜むだろう。
気を落とした様子のサイルはこう言った。
「帰っていい」
いきなりの解放宣言に、アルキバは失笑せざるを得なかった。
「おいおい、なんだよ、やらねえのか?」
「そなたは媚薬が効かない体質のようだ。嫌がる者に無理矢理はできない」
アルキバはその不可解な思考回路に呆れ返る。
「は?散々、剣闘士食いしてるあんたの言うセリフかよそれ」
「とにかく帰れ」
「せっかく俺を呼べたのに?あんた毎回欠かさず俺の試合見に来てるよな」
「そ、それは……」
サイルは恥ずかしそうに口ごもる。
アルキバはくっと笑い、サイルの体を横抱きに抱き上げた。その痩身は簡単にアルキバに捕らえられる。
「なっ……!は、離せっ!」
サイルは暴れるが、蚊ほどの抵抗にもならない。アルキバはサイルを抱えベッドにまで運ぶ。
シーツの上に投げ出されたサイルは、恐怖に硬直している。その覆面に手を伸ばした。
「や、やめ……」
さてどんな化け物が現れるのか、まさに怖いもの見たさ。
アルキバはサイルの顔を覆う黒い布を、一気に剥ぎ取った。
1
↓旧作。第8回BL小説大賞奨励賞作品です
魔道暗殺者と救国の騎士
魔道暗殺者と救国の騎士
お気に入りに追加
450
あなたにおすすめの小説
【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト
しゃもじ
BL
貴族の間で婚約破棄が流行し、歪みに歪んだサンドレア王国。
飛竜騎士団率いる悪役令嬢のもとに従者として転生した主人公グレイの目的は、前世で成し遂げられなかったゲームクリア=大陸統治を目指すこと、そして敬愛するメルロロッティ嬢の幸せを成就すること。
前世の記憶『予知』のもと、目的達成のためグレイは奔走するが、メルロロッティ嬢の婚約破棄後、少しずつ歴史は歪曲しグレイの予知からズレはじめる……
*主人公の股緩め、登場キャラ貞操観念低め、性癖尖り目、ピュア成分低めです。苦手な方はご注意ください。
*他サイト様にも投稿している作品です。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される
葉月めいこ
BL
マイペースなキラキラ王子×不憫で苦労性な大公閣下
命尽きるその日までともに歩もう
全35話
ハンスレット大公領を治めるロディアスはある日、王宮からの使者を迎える。
長らく王都へ赴いていないロディアスを宴に呼び出す勅令だった。
王都へ向かう旨を仕方なしに受け入れたロディアスの前に、一歩踏み出す人物。
彼はロディアスを〝父〟と呼んだ。
突然現れた元恋人の面影を残す青年・リュミザ。
まっすぐ気持ちを向けてくる彼にロディアスは調子を狂わされるようになる。
そんな彼は国の運命を変えるだろう話を持ちかけてきた。
自身の未来に憂いがあるロディアスは、明るい未来となるのならとリュミザに協力をする。
そしてともに時間を過ごすうちに、お互いの気持ちが変化し始めるが、二人に残された時間はそれほど多くなく。
運命はいつでも海の上で揺るがされることとなる。


【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる